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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第17話:二月は遠い春を待つ


 下校中、友達と別れ、一人きりで歩いていると「すみません」と背後から声をかけられた。

 無言で振り向くと銀千代が立っていた。


「道をお尋ねしてもよろしいですか?」


「……」


 目を細くして、柔らかく微笑んでいる。

 なんだこいつ。


 不可解なことに、かつて俺を翻弄した金千代の格好をしていた。

 髪型もショートに変わっているし、つけホクロまでしている。

 申し訳なさそうにペコリとお辞儀をしてから彼女は続けた。 


「富士見一丁目なんですけど、この辺りであってます?」


「……」


「あの……?」


「なんの、遊びだ?」


「え? あ、す、すみません、ご都合も考えずに……。方角だけでも教えていただけると助かるのですが」


「教えるもなにも家の方じゃねぇか。記憶喪失にでもなったのか?」


「……? いえ、記憶力はいいほうです」


 なんか話が噛み合っていない。


「それよりお前、なんで金千代の格好してるんだ?」


「きんち……? え……あの、私は、金音(きね)……という名前ですけど……」


 ジリと一歩後退りされる。

 新しい演技の練習でもしているのだろうか。


「あ、あの、と、とりあえず富士見一丁目までの行き方だけ教えていただければけっこうですので!」


 なぜか警戒したように早口で言われる。悪いものでも食べたのだろうか。いつもの銀千代らしくない。


「この道真っ直ぐだよ」


 正面を指差して教えてあげる。ごっこ遊びに付き合ってあげる辺り、俺の甘さなのかもしれない。


「あ、ありがとうございます!」


 ペコリとお辞儀をして、銀千代は駆けていった。珍しいこともあるもんだ。いつもなら「お手てつなごー」と三歳児のように一緒に帰ろうとするのに。


 とぼとぼと一人通学路を歩く。


 まったり歩くいつも帰り道。冬枯れた街路樹をぼんやり眺めながら春の訪れを肌に感じる。

 しばらく歩くと自宅が見えてきた。家の前に誰かいた。案の定、銀千代だった。彼女は俺の家の前で塀から中を伺おうとしていた。


「おい、なにしてんだ」


「ひゃあ!」


 後ろから声をかけられて銀千代は大きく跳び跳ねた。


「び、びっくりしました……あ、先程の」


「人んち覗くなって何回言ったらわかるんだ、お前は」


「え、いや、……ここ、金守さんの家ですよね? 番地は合ってるんですけど、いまいち確信がなくて……表札を探してたんですけど」


「お前んちは横だろ」


  銀千代の家と俺の家は隣り合っており、番地も同じだった。


「お前んち……?」


 そんなこと説明するまでもなく知っているはずの銀千代は、「あぁ」と頷くと、合点がいったように手のひらをポンと叩いた。


「そういうことですか」


「なにがだ」


「おそらくですが、勘違いされてますよ」


 スッと息を吸ってから少女は続けた。


「私の名前は銀野金音(ぎんのきね)。金守銀千代ちゃんのいとこです」


「そういうのはもういいから」


「ふぇ?」


「どいてくれ」


 玄関門の前にいるのでとてつもなく邪魔だ。手でしっし、と追い払いながら横に退いてもらう。


「騙されるわけねぇだろ」


「……あの……いったい、なんのお話でしょうか?」


「とぼけるのも大概にしろ。よりにもよって金千代の格好しやがって。言っとくけどアレ俺のなかでかなりのトラウマだからな」


「きんちよ……?」


 去年の八月、変装した銀千代に心を奪われそうになったのだ。その際名乗っていたのが、金千代で、そんなアホみたいな演技に騙されそうになった自分が憎い。


「なんだか、よくわかりませんが、それは、申し訳ありませんでした……?」


 きょとんと謝られる。

 反省するぐらいならはじめからやらないでほしいとため息ついて、ドアノブに手を伸ばしたら、俺が触れるよりも先に大きく扉が開かれた。


「おかえり、ゆーくん! 驚いた? えへへ、会いたいって言いたくて会いに来ちゃった! 明日は土曜日だし、パジャマパーティーしよぉお! えへへへ……え?」


「なっ」


 ドアから出てきたのは、銀千代。いつも通りのアホ面。


「あ、銀千代ちゃん」


「……」


 そして俺の背後でキョトンとしているのも銀千代。どういうことだ。一人でももて余すのに二人なんて世界の終わりの始まりじゃないか!


「……っ」


 俺がポカンと口を開けた瞬間だった。玄関から飛び出した銀千代は目に止まらぬ早さで、金千代の格好をした銀千代の背後に回り込み、「え、なにす、ぐぇ」と後ろから羽交い締めにした。そのまま首をロックし、「つぅ……」落とす。がくんと膝から崩れ落ちた少女はびくんびくんと痙攣しながら失神した。

 小学校の時、全校集会で禁じられたやつだ。


「……」


 アスファルトの上にうつ伏せに倒れる少女。それを冷めた目付きで見下ろす銀千代。映画のワンシーンのようでもあった。


「こ、これはいったい」


「ごめん、ゆーくん」


 棒立ちしていた銀千代が振り返る。北風が落ち葉をさらって側溝に誘っていた。


「パジャマ忘れちゃったみたいだから取ってくるね。ちょっと待ってて」

 といっても失神した少女をおんぶするとそのまま自宅に向かって歩き始めたので、


「ちょっと待て!」


 慌てて呼び止める。


「その女の子、えっと金音、さん、はなんなんだよ」


 銀千代は少しだけ唇を尖らせてから、続けた。


「ホモサピエンスのメスだね」


 それは分類……。


「そういうことじゃなくて……お前のいとこなんだろ?」


「……んー、銀千代の母方の親戚……血縁上はいとこにあたるね」


「なんで親戚を出会い頭に失神させるんだよ」


「どんな女もゆーくんに近づかせるのは危険だと思ってるからだよ。危険因子は出来るだけ排除しておかないと」


「金千代にすごい似てるんだが……」


「去年の夏の話なら、金音をベースに演技しただけだよ。ゆーくんが好きそうな要素をプラスして。メソッド演技っていうんだ。昔ジャンプの漫画で読んだんだけど……」


 銀千代の説明は耳に入らなかった。

 あの可憐にして慈愛に満ちた金千代さんは、現実に存在したのだ!


「とりあえず、俺の家で休ませよう。今日も冷えるし、こんなとこで寝てたら風邪をひいてしまう」


「もう強制送還させるから大丈夫だよ。悪いものは目に写らないようにしないと。金音が次に来るのは、ゆーくんと銀千代の結婚式の時かな。ライスシャワーぐらいはさせてあげよう」


「いや、わりと真面目にしっかり休ませないと危ないだろ」


 気を失った金音さんを銀千代に託すのは非常に危険と判断した。下心などはない、けっして。


「さすがゆーくん。誰にたいしても優しいね」


 意識のない金音さんをおんぶしたまま銀千代は屈託のない笑顔で俺の家に入って行った。お前は呼んでいない。


 客間に布団を敷いて、そこに金音さんを横にする。

 白目を向いていたので、まぶたを閉じさせる。なんて可愛らしい寝顔だろう、と見つめていたら、

「何しにきたんだろ、この女」

 と横で銀千代が呟いた。


「訊く前に昏倒させたのはお前だろ。っていうなんか当たりが強くないか?」


「そうかな? べつにいつも通りだけど……」


 普段よりピリピリしている気がする。


「初手が暴行が通常運転だとしたら、お前の居場所は留置場の中だよ」


「うん。そうなるとまずいから最近はゆーくんと出会う可能性のある女の子 ― もちろん男の子もだけど ― はあらかじめ面接するようにしてたんだ」


「あー、あの噂マジだったのか」


 最近、銀千代が「好きなタイプは?」とか「異性のどきっとする仕草は?」とか、生徒や先生一人一人に質問をしている噂になっていた。それで勘違いした男子が告白とかして、ふつうにフラれるのが定番の流れになっているのだとか。


「だけど、予想外の動きをされたりとか、この女みたいにいきなり来られたりするとチェックが漏れちゃうんだ。もっと厳重に管理体制強化しないとだね。よりにもよって危険度ランクSが来るなんて」


「あー、なんか花ケ崎さんの時もそれ言ってたな。でも、お前のいとこなんだろ?」


「うん。『銀野金音』 年齢十五歳。これ以上は秘密。金音については極秘事項なの。興味を持たせることすら危険行為」


「別に教えてくれって頼んでないだろ。つうか、なにが危険なんだよ」


「……言いたくない」


 銀千代が言い渋るのは珍しい。なんでも俺の言うことは聞いてくれるのに。

 とはいえ、拒否られると気になってくるのが男のサガた。「教えてくれ」と頼んだら、銀千代は渋々といったかんじで、

「銀千代よりおっぱいがおっきいから」としょんぼりと言われた。


「そんなんどうでもいいだろ」


「ほんとに? でもゆーくん大きければ大きいほどいいって言ってたじゃん」


「お前には言ってないだろ」


 男友達との馬鹿話のときにはしたかもしれないけど。


「そっか。それなら良かった。金音はね。ゆーくんと銀千代の生まれる四日前に生まれたんだよ。性格は控えめで温厚。囲碁部で休日はボランティア活動に勤しんでるだって。趣味はゲームで最近はスイッチで遊んでばかりいるらしいよ。ただなんか裏がありそうなんだよね……」


 ゲームが趣味とか最高じゃねぇか。紹介してくれと頼もうとしていたら、「うーん」と唸り声を上げて金音さんが目を覚ました。


「うう……ここは……」


「おはよう。ここはね、ゆーくんの家だよ。ゆーくんは優しいから」


「あ、銀千代ちゃん。お久しぶりです……って、あれ、私、気を失って……? ゆーくんって……あ」


 目があった。

 がばり、と起き上がると金音さんは慌てたように頭を下げた。


「す、すみません。お見苦しいとこをお見せしてしまって。なんでだろう、道の真ん中で気絶するなんて……」


「ああ、いや、気にしないでください」


 犯人はこの中にいるけど内緒にしておこう。


「さっきは失礼しました。俺、てっきり銀千代とばかり思ってたから失礼な対応とっちゃって」


「いえ、とんでもないです。銀千代ちゃんと私が似てるのが悪いだけですから……えへへ」


 少しだけ嬉しそうに頬をかく。性格までは似てないらしい。


「ところで、金音さんはなにをしにここへ?」


「銀千代ちゃんに会いに来たんです」


 と言って、ちらりと銀千代を見る。


「銀千代は別に会いたくなかったなぁ。用ないし」


「もう、銀千代ちゃんたら冗談ばっかし」


 ふふふ、と口許を隠して笑う。二人並ぶと双子のようだった。


「お願いがあってきたんです。銀千代ちゃん、料理うまいでしょ? だから教えてもらいたくて。それに最近忙しいって全然会ってくれてなかったし」


「いまが一番大事な時期だから他のことにかまけている暇がないんだよ」


「高校一年生ですもんね。青春謳歌しないと。だから、私、苦手な料理を克服したいんですよ」


「そうなんだ。頑張ってね」


「はい! 今度のバレンタインデーにクッキー作りたくて!」


 あ、いやな予感してきた。


「作ってどうするの?」


「好きな人にあげるんです。ちょっとだけ、気合いいれて……えへへ」


 やっぱりか。くそが。


「そうなんだ、断るね。銀千代の秘密レシピ使ったら、ゆーくんも落とせちゃうから」


「ええ、そんな。当たり前ですけど、いとこのカレシは奪いませんよ」


「金音はゴールキーパーいたらシュートはうたないの?」


「え?」


「銀千代は敵となりうる対象に、塩を送るような真似はしない。油断はしない。というわけだから帰ってね」


「そんな冷たいこと言わないでくださいよー……。お母さんにも、ちゃんと許可もらってるんですよ。明日は土曜日だし、今日はお泊まりで、久々に銀千代ちゃんとパジャマパーティーしていいって」


 照れ照れと可愛らしくお辞儀する金音さん。


「パジャマパーティーとかではしゃげるほど銀千代はもう子供じゃないから」


 至極冷たい瞳のまま銀千代は続けた。


「泊めてあげてもいいけど、レンタルボックスでいいかな?」


 いつか見た座敷牢みたいなやつを思い出す。せめてベッドで寝させてあげて。




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