第16話:一月にアンドロイドはヴァージンロードの夢を見る 後
それから数時間、パソコンの中の『俺』を落とすために奮闘した。
隣のPCに望む答えをキーボードで打ち込み、それをマイクを通して銀千代が喋る。
「ゆーくん、デートはどこがいい?」
「ゲームセンター……いや、この時期だと東京ゲームショウがやってるな。毎年なんやかんやで行けてないから今年こそって思ってたんだ」
「待って! 世界情勢的に今年もオンライン開催の可能性があるよ。経済協力開発機構(OECD)や国際通貨基金(IMF)のオープンデータと現在の感染者数の割合を考慮しつつ、銀千代が独自に開発したビッグデータを複合的に組み合わせて分析し、今年の東京ゲームショウが幕張で開催されるかどうか予想するね。ちょっと待ってて!」
「お、おう!」
「うん、よし出た。なるほど! ゆーくんチケット取得フォームに!」
「お、おう!」
好感度が上がる。
「ゆーくん、お昼ごはんはなに食べたい?」
「みそラーメン」
「待って! それは今のゆーくんが食べたいものであり、画面のゆーくんは違うかもしれないよ。なぜなら、画面のゆーくんは前日の放課後にラーメン屋さんに寄ってるから。普段のローテーションから考えると今日はカレーの日かもしれないよ」
「カレーか。それもいいな」
好感度があがる。
はじめはルールを飲み込むのに時間がかかったが、慣れてからはわりと楽しめた。
点数を付けるとしたら、八点といったところか。
無料とは思えないやりこみ要素で、時間や天候による細かい変化や情景描写などは秀逸だ。何でもない高校生の一日をよく切り取れている。リアルタイム会話システムも自然で、場の空気がとてもよく伝わる。ただ登場キャラクターが『俺』だけなので、もっと攻略対象を増やした方がバラエティーに富んで良かったかも。
そんなこんなで二時間たった。
校舎に『家路』が流れ始める。現実の話である。
「よしっ!」
なんとか間に合った。ついに好感度がマックスになったのだ。
モニターの中では雪が降っていた。なんでも気象庁の観測データをぶっこみ、その日の天気を統計的に反映させているらしい。
雪のなか、俺と銀千代は手を繋いでいた。
「寒いな」「こうすると温かいよ」「……ばか」という甘々なやり取りも今じゃもう自然だ。
複雑なゲームだったが、どうにかこうにか『俺』を落とすことに成功した。
銀千代とハイタッチする。
「やったね、ゆーくん! ついにゆーくんを落とせたね!」
「ああ、こいつ厄介な性格しやがって。でもまあ、俺の手にかかればチョロいもんよ」
「あ、ついにエンディングだよ」
銀千代に急かされて、画面に目をやると、家の前の別れ際、後頭部に片手をやった『俺』がキザな立ち姿で『俺、銀千代のこと、好きかもわかんね』と呟いていた。そんなポーズとったことないよ。
「ぴゃあああぁぁぁぁぁぁああー!」
「!?」
銀千代は口許を袖で隠し、奇声をあげながら、顔を真っ赤にしてパタパタとその場で足踏みした。
「いや、ちょ、なに、怖いんだけど……」
「ついに、ついに、ゆーくんから告白してくれたぁ! やったああああああ!!」
「いや、してねーよ。お前が勝手に作ったゲームで勝手にエンディング迎えてるだけじゃねぇか。現実ちゃんと見ろ」
「ありがとう、ゆーくん、銀千代も大好きだよ! えへへ!」
マイクに向かって叫ぶもんだから、隣の俺まで赤面してしまった。
銀千代はというと、鼻水ぐちゅぐちゅでいままで見せたことないくらい汚い顔していた。普通に引く。
「やめろ、お前、叫ぶの、まじで!」
「すきぃだよぉお!」
モニターに抱きつく銀千代。いつもにまして発狂ゲージの上がりが早い。
『俺もだぜ、銀千代。愛してるよ』
「うへぇへへ」
画面の俺が出したこともないイケボで言う。はたからみてるとほんとドン引きだ。
画面はやがてゆっくりと暗くなっていった。
モニターのケーブルが抜けたのかと思ったが、どうやら仕様のようだ。
「ふぅ」
至って平然の顔した銀千代が、椅子の背もたれを軋ませながら、顔をあげた。
「いや、なんの茶番だよ」
「ハッピーエンドだよ。ほんとはそのあとの初夜の様子も綿密に描きたかったんだけど、CEROレーティングにひっかかっちゃうから、やむなく暗転させたんだ。CERO Zは十八歳以上だから、高校卒業するまで我慢ね」
「もういい帰るぞ」
鞄を持って立ち上がる。
窓の外は既に夜の帳が降りていて、暗澹たる暗闇が広がっている。校舎内に残っているのは部活動に勤しむ若人か、とてつもない暇人ぐらいで、何でもないのにむなしい気分になった。
「あ、待って、ゆーくん。銀千代もいまいくから」
パソコンの電源を落とした銀千代が振り向く。朗らかな笑顔だ。
「はやくしろよ」
扉を半開きにして待ってやる。
銀千代はパタパタと小走りで俺の方にかけてきた。
「でも、ありがとう、ゆーくん。これで足りなかったデータが取れたよ」
「……え」
銀千代が不穏なことを呟いたとき、「お前らいつまで残ってるんだぁ!」と見回りしていた先生に怒鳴られ、言葉の真意を聞き出すことができなくなってしまった。
なんだ、こいつ、さっきなんて言ったんだ?
ぐるぐると言葉が脳裏をめぐる。
ステータス混乱のまま、俺と銀千代は薄暗い廊下を小走りで抜けて、昇降口で靴を履き替えた。
エントランスから出ると雪がちらついていた。どうりで冷えるわけだ。
「寒いね……?」
耳を赤くした銀千代の手が静かにのびてくる。舞い落ちる雪はしんしんと俺たちの行く道を白く染めていく。
「なんだかヴァージンロードみたいだね……」
バッドエンドの予感がした。ついでに悪寒もした。
神様仏様、俺に銀千代に抗う勇気をください。




