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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第16話:一月にアンドロイドはヴァージンロードの夢を見る 前


 放課後、夕方からの予報が雨だったので、急いで帰宅しようと帰り支度を整えていると、銀千代が教室(クラス)の敷居を跨ぎ、さも当然といった顔で声をかけてきた。


「ゆーくん、「普通」ってなんだと思う?」


「ズカズカと他クラスに侵入しないこと」


「銀千代もそう思う。この世界はゆーくんと銀千代だけでいいのにね。二人の愛の領域に、この人たちほんと邪魔だよね」


 クラスメートを邪魔呼ばわりした来訪者銀千代は物憂げにため息をついた。

 窓の向こうの曇り空は、何でもないのに憂鬱な気分にしてくる。校庭からバットの小気味良い打撃音が聞こえてきた。


「実はね。相談したいことがあるんだ」


 媚びるように軽く顎を引き、上目遣いでこちらを見てきた。


「駅前の心療内科(メンタルヘルス)にでも行ってろ」


「ゆーくんの思考をトレースした完全な人工知能を生み出そうと思ってるんだけど、うまくいかなくて」


「……」


 感じる。自分の感情がどんどん無くなっていくのを。銀千代と会話するときの自己防衛本能かもしれない。

 メンタルヘルスが必要なのは俺の方だ。


「シミュレーション続けてると、なぜか最終的に嫌われちゃうの。おかしいよね。【普通】の行動をとれば、相思相愛になるはずなのに。これがアンドロイドの限界ってやつなのかな」


 作り手に反して、わりとちゃんとした人工知能らしい。


「だから、ゆーくんの【普通】を機械学習させてほしいの。ね、お願い」


 と、頭を軽く下げられる。


「……なんでそんなもん開発したんだよ?」


「最近芸能活動が忙しくなってきちゃって、直接お話しする時間減っちゃったからだよー。本物のゆーくんと話すとき普通に会話できるように練習しておこうと思って」


「どゆこと?」


「対面時、好きがあふれちゃいそうになるんだ。今だって我慢するの大変なんだよ。ほんとうは今すぐハグしたいし、キスしたいし、そのあとめちゃくちゃセ」


「とりあえずその人工知能とやら見せてみ」


「うん!! ついてきて!」


 いい返事をもらった。

 突っ込みどころが満載だが、一つ一つ処理すると日が暮れそうなので我慢だ。

 嫌な予感しかしないが、それは何時ものことなので心の警報器は作動すらしなかった。俺の感覚もだいぶ麻痺してきたらしい。

 自宅にいくのかと思ったら、銀千代はそのまま西棟に向かい始めた。

 西棟は選択授業で使用される教室が多くある。地階に行くと、一つの教室のドアに鍵をさして、解錠した。

 情報教室だった。


「え?」


 ずらりと並ぶデスクトップパソコンは建ち並ぶ墓標のようにも見えた。


「家のじゃ処理能力足りないから、学校のパソコンを十六台、並列処理して使ってるんだ」


「やめろよ……」


 銀千代は俺を無視して手でメガホンの形を作ると、


「オーケーゆーくん、起動して!」


 と叫んだ。


 ピピッと音がして、目の前のパソコンが一台立ち上がる。モニターがつき、やがて一つのソフトが起動した。

 ウイルス除去ソフトかなって思ったら、

『ときめき、ゆーくんとのメモリアル』と書かれていた。ウイルスに近いものだった。冷却ファンが回転する音だけが空しく響いている。

 銀千代はニコニコしながら、スタンド式マイクのケーブルを挿入し、

「スタート!」

 と叫びながら画面をクリックした。表示ウィンドウが一度暗転してから、場面が切り替わり、俺の部屋が俯瞰的に写される。

 俺の部屋!?


「銀千代の思考をトレースした行動が、選択肢として発現するようになってるんだ。例えばここだと、はい」


「いやその前になんでナチュラルに俺の部屋が写されてるんだよ!」


「……妥協したくないから」


「答えになってないぞ」


「それよりゆーくん、選択肢、はい!」


 起こすか起こさないかという選択肢が出ている。見慣れたベッドには一人分の膨らみがあり、部屋の壁に設置された時計は早朝の三時をさしていた。


「いや、こんなの……考えるまでもないだろ」


 起こさない、に決まっているが、銀千代は「だよねぇー」と、ためらうことなく、マイクに向かって、


「えへへー、おはよーゆーくんー。朝だよー。起きよー!」


「お前の朝の範囲、広すぎじゃね?」


 どうやら音声認識ソフトが搭載されていて、画面の中の『俺』に話しかけるようになっているらしい。ピカチュウげんきでちゅうかな。


『こんな時間に来るなんて非常識にもほどがあるだろ! 帰って寝ろ!!』


 画面に表示された立ち姿の俺に怒鳴られる。

 フルボイスかよ、と頭を抱える俺とリンクするように銀千代も項垂れた。右上の好感度ゲージが五十から二十に減った。

 わりとちゃんとできているらしい。


「ね? おかしいよね。本物のゆーくんならこのまま朝までいちゃいちゃするところなのに。奇妙だよ」


 と銀千代がこちらを見てくる。記憶の改竄と願望を吐露するのやめろ。


「なにしても嫌われちゃうの。右上のゲージがゼロになるとまたはじめからやり直しに設定してあるから、無限ループしちゃうんだ。銀千代の言葉に最適な言葉を返すようにプログラムしたはずなのに……。深層学習(ディープラーニング)のデータ収集から見直さないとダメなのかな……。ゆーくんの行動原理を全て把握してる銀千代が開発したソフトだから間違いないハズなんだけど……」


「どこの世界に朝の三時に無理やり起こされて上機嫌になるバカがいるんだ!」


「えっ!? でも、ゆーくんの息子(ゆーくん)は元気に……」


「生理現象だっ! ナチュラルに下ネタぶっこむな! どうしても話しかけたいなら、朝食をとって十分後くらいにしろ!」


「そうなの? ゆーくんは銀千代のこと愛してるからいつでもウェルカムだと思うんだけど……」


 うつむきかげんになって、ぶつぶつと考え更ける銀千代。

 俺は浅くため息をついてから、彼女の隣の椅子を引いて、腰かけた。


「見とけ」


 銀千代からマウスを奪い取る。左クリックすると時間が進む設定らしい。クリックを繰り返しているとやがて画面のなかの俺は家を出て、場所が通学路にきりかわった。

 新緑の隙間から爽やかな陽光が降り注いでいる。朝の穏やかな空気。小鳥のさえずりと学生の話し声。好きな時間の一つだった。


「このタイミングだな」


 話しかけるを選択。俺は顎をしゃくり喋りかけるように促す。

 銀千代はおずおずとマイクを持った。


「ゆーくん、おはようー!」


 至って普通に『おはよう』と返ってくる。銀千代は目を見開いて手を叩いた。小さく「本当だ!」と嬉しそうに微笑む。あとは普通に会話すればいいだけだ。


「えへへ。今日も会えて嬉しいよ。それじゃあ、おはようの濃厚接触(チュー)しよ。大丈夫、銀千代はほぼ毎日PCR検査受けてるから、自粛しなくていいんだよ」


 好感度ゲージがゼロになった。一瞬だった。ゲームオーバーだ。当たり前である。


「あれ……」


 銀千代は首を捻った。なぜわからないのかわからない。


「もう、お前……引っ込んでろ」


 こうなれば完全攻略というものを見せてやろうとひそかに意気込む。

 まあ、あくまで『俺』が攻略対象らしいし、望む答えを入力していけば簡単だろう。一般的な常識を持ち合わせ、発言と行動を間違えなければゆるゲーなのだ。




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