第15話:十二月の朝は早い
日曜日。
家でのんびりしていたら、玄関チャイムが鳴らされて、出たら銀千代が立っていた。
手に持った小包を、さも当然のように「はい」と差し出して来た。
「なに、これ」
「んっとね。この間、撮影があったんだ」
「主語を言え」
そういえば、先日、カメラクルーを引き連れているのを見かけたことを思い出した。
たまに忘れかけるが、こいつはこれでも芸能人なのだ。
「で、撮ってくれたんだけど、事務所からNGが出て、お蔵入りになっちゃったの」
「そりゃ御愁傷様」
「もったいないからってビデオだけくれたんだ。ゆーくんにあげる」
「いらない」
「銀千代、これからお仕事だから」
「……だから?」
なんの因果関係が?
「浮気とかしないで、これ見てて」
そもそも付き合っていない。何回も言うの疲れたので、もう口にはしないが。
「やだよ。なんか呪われそうじゃん」
突き返すが、頑なに受け取ってくれなかった。
「この世に呪いなんてものはないよ。あったとしても銀千代が守ってあげる」
「化け物には化け物をぶつける、というやつか……」
「それじゃあ、ゆーくんのために今日も元気に働いてくるね。いつでもヒモになっていいからね」
「いまのところ予定ないなぁ……」
銀千代はスカートを翻して去っていた。
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(ナレーション)
某県某所。
閑静な住宅街の一画に変哲もない一軒家がある。
ここに飛ぶ鳥を落とす勢いの芸能人が住んでいるとは誰も思わないだろう。
金守銀千代。
メディアへの露出が少ないのにも関わらず若い世代に絶大な支持を得る大人気カリスマモデル。
我々は彼女の一日を追った。
(BGM)
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バイオリンのアップテンポな音色が響き渡る。
一時停止して頭を抱える。
わりと有名な番組だった。
オープニングまできちんと作られている。にも関わらずお蔵入りとか、損失はとんでもないことになってそうだ。
と、同情する一方で、なんとなく面白くなりそうだ、とも思った。怖いもの見たさというやつだろうか。気分はほとんどホラー映画観賞と変わらないが。
とりあえずキッチンでコーヒーを入れ、居ずまいを正してから、再生ボタンを押した。
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(ナレーション)
夜も明けきらぬ午前四時。
金守銀千代の朝は早い。
彼女はベッドから起き上がり、床に直置きされたモニターの電源をいれる。
Q:いつも朝早いんですか?
「うん。大体この時間には起きてるよ。やることがたくさんあるからね」
カメラクルーの質問に答えて、金守銀千代は筋トレをし始めた。
Q:モーニングルーティーンを教えて下さい
「まずは日課の(ニュースの)チェック。(世界)情勢に置いていかれないようにしないと。それをしつつ、(世間に)嫌われないため体型維持の筋トレ。同時にやることで、時間を節約してるんだ。それが終わったら、シャワーと歯磨きとか……ここらへんは他の人とあんまり変わらないかな」
Q:朝から活動的ですね
「午前中の動きでその一日が決まるって言っても過言じゃないからね。時間に余裕があるときはお祈りしたりするんだ。神様に感謝を伝えるの」
彼女は耳にイヤホンをつけていた。
ラジオでニュースでも聞いているのだろう。ストイックなモデルの姿がそこにはあった。
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銀千代の発言が字幕になっているが、ほとんどが間違いだろう。
イヤホンで聞いているのは、ラジオでもニュースでもなくて、俺の寝息だ。
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朝の走り込みを終えた金守銀千代はシャワーを浴び、朝食を作り始めた。
両親は本日泊まり込み勤務のため一日不在にしているらしい。一通り家事をこなし、ようやく落ち着ける時間になるのが、午前六時頃だという。
Q:一人だと寂しくないですか?
「んー、べつに思ったことないな。(家族の)愛に距離は関係ないし……、会おうと思えばいつでも会えるしね」
イヤホンをつけながら、本を読んでいた金守銀千代は突然、慌てたように二階に上がり、テレビモニターをかじりつくように見つめた。
Q:どうしたんですか?
「起きたんだよ。これから忙しくなるね」
この日、バルデルデ西部の紅海で、石油タンカーがテロ組織パニーハナャにより爆発を起こした。
金守銀千代は女子高生デイトレーダーとしても知られている。この事件により株価がどう変化するか、予想を巡らせているのだろう。
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ただ俺が起きただけである。
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午前七時半。
高校の制服に着替えた彼女はじっと玄関前に佇んでいた。
Q:なにをしてるんですか?
「しっ。静かに!」
指をたてて、我々に騒がないように注意を促す金守銀千代。真剣な眼差しをしている。数秒後、隣の家の玄関が開き、隣人が出かける音が静かに響いた。
「ふぅ。あんまり朝は騒がしくしちゃだめだからね」
Q:いまのは?
「ゆーくんが家を出たんだよ」
Q:ゆーくん?
「とっても素敵な男の子だよ。優しくて、頭がよくてかっこいいんだ」
我々は驚愕した。あの金守銀千代に男の影があったとしたらスキャンダルである。
「一緒に歩いてたりすると騒がれるからって、登校時間ずらすように言われてるんだ」
なるほど、と我々クルーは納得した。
金守銀千代はアイドルである。
根も葉もない噂話がファンを傷付ける。その事を十分に理解している彼女は登校すら注意をしているのだ。
「それじゃあ、出発します」
後程事務所に確認をとったところ、近くにすんでいる【弟】らしい。
なんでも対人恐怖症を患っており、金守銀千代の介抱のお陰でようやく学校に通えるぐらい回復したのだそうだ。献身的な姉の姿がそこにはあった。
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日頃の説教が聞いたのか、最近、朝のお出迎えを控えるようになってくれた。その代わりストーキングが増えた。
ちなみに銀千代は一人っ子だ。
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AM八時。
登校を終えた彼女は普通の女子高生の顔を覗かせる。
「えっ、これテレビっすか? やばー!」
「うん。密着なんだって」
「えー、すごっー! いぇいー、ピースピース!」
「銀千代、そういうの苦手だなぁ。常に誰かに見られてると思うと羽伸ばせないし、リラックスできないよね。やっぱりプライベートってけっこう大事だよ」
友人と楽しそうに談笑する金守銀千代にスタッフは苦笑いで謝罪したが、笑って許してくれた。懐の広さが彼女の魅力なのかもしれない。
彼女の友人の一人に学校での様子はどうか尋ねてみた。
「学校での銀ちゃん? んー、なんていうか、すごくエネルギッシュだよねぇ。あと、うん、やっぱカッコいい。自分を曲げないとことかさぁ、憧れちゃうよね」
友人はけして多い方ではないと金守銀千代は言っていたが、交遊関係は良好らしい。
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顔は写されていないが、雰囲気から花ケ崎さんだとわかる。
銀千代の友達は彼女しかいない。
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授業が始まった。
全国の少年少女は驚愕するかもしれないが、授業中の金守銀千代はほとんど寝ていた。
そんな授業態度で大丈夫なのか、我々クルーは休み時間金守銀千代に詰め寄った。
「授業の内容は朝のうちに頭にいれてあるし、この時間ぐらいしか安心して眠ることができないからね。やっぱり睡眠は大事だよ」
Q:安心?
「うん。授業中なら良からぬ考えをもった羽虫が近づいてくることもないでしょ?」
知名度が高くなればなるほど、ファンは増えていく。過去二回、金守銀千代は行きすぎた行動を取るファンに襲われている。人一倍警戒心が高くなるのは仕方ないのかも知れない。
実際、数学の授業中、寝ていた彼女に教師が解答を尋ねる場面があったが、事も無げに返答をしてみせた。
ここで金守銀千代の来歴を振り替えってみよう。
千葉県東部に生まれる。
魚座のA型。事務所プロフィールによるとIQは180。
並外れた頭脳と観察眼を持ち、幼少期は神童と持て囃されたが、引っ込み思案な性格をしており、人見知りだったらしい。
八歳、東大の柏原教授が開くゼミナールに参加。書いた論文が最優秀に選出される。
十二歳、秋葉原を歩いていたときに、芸能界にスカウトされる。読者モデルとして活動を開始する。
十三歳、複合的アイドルユニット、芋洗坂39に参加。初参加の人気投票では十一位を記録。
十四才、クイズ番組で地上波デビュー。あの美少女は誰だとネットで話題になる。
十五歳、総選挙一位を獲得。記念シングル『上から下から横から銀千代』を発売。オリコンチャート初登場四位。一部音楽通から『メロディラインがドンキホーテじゃねぇか』と騒がれるも、炎上がきっかけでカラオケランキング六週連続一位に輝く。
同年十月、栄志社より1st写真集『With you』発売。発売一ヶ月で三刷、二十万部を達成。
PM四時。
すべての授業が終わると同時に金守銀千代は同級生に別れを告げ、校門前に待機させていたタクシーに飛び乗った。
これから東京で撮影があるらしい。
移動中彼女はスマホを離さなかった。
常に情報収集は怠らない。
我々はトップアイドルの気概を見た気がした。
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最近、ドラマの仕事を頑張っているらしい。お陰で自由な時間が増えたと喜んでいたのだが、常に監視は行われている。恐怖だ。
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「あぶない」
スタジオに着くと同時に彼女は我々はスタッフに「ちょっと電話してくるね」と断りをいれ、数分通話してきた。
「ふぅ、なんとかなった」
Q:なにをしていたんですか?
「危機が迫ってて。なんとか防ぐことができたけど、やっぱりすぐ対応できる場所にいないと厳しいね」
疲れきったようにため息をつく。
十五歳の女の子の顔がそこにはあった。
この日の株価は乱高下が激しく、投資家には油断できない一日だったらしい。
スタジオで撮影が始まる。
カメラマンの指示にしたがい表情を変えていく少女。先程でのあどけなさはすでにない。
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この間、クラスメート数人がクラスラインで有志を募り、男女混合でカラオケに行ったらしい。ラインの通知が来たとき、俺は銀千代と電話していた。
今やっているゲームのイベントの進め方を懇切丁寧に教えてくれたのだ。お陰でレアアイテムは手にはいったが、青春の一ページが刻まれることはなかった。
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二十一時。
仕事を終えた金守銀千代は、自宅に戻り、遅い夕食を食べる。夜勤中の母親が一時的に帰宅をして、夕食を用意してくれたらしい。
ご飯を食べ終えたあと、二階の自室に戻り、軽くストレッチをする。その間もモニターから目を離すことはなかった。
寝る前の数時間。この時間が一番大切だと金守銀千代は語る。
明日への鋭気を養うのだと。
自室の明かりを落とし、じっと精神統一するようにモニターを見つめる。彼女の表情はとても幸せそうだった。
Q:モニターには何が写っているんですか?
「ごめんなさい。プライベートの情報は何一つとして世間に公表するわけにはいかないんだ。銀千代だけのものだから」
Q:いつも何時くらいに寝るんですか?
「んー。まちまちかな。隣の家の電気が消えてから寝るから、はっきり決まった時間はないけど、大体23時くらい? 次の日が休みだとけっこう夜更かししちゃうみたいだね」
Q:隣の家?
「うん。やっぱりこういう生活をしていると、(一般的な感覚が)わからなくなるから。あ、電気消えた」
隣人が床についたらしい。「隣の家がどうしたのか」と質問しようとしたところ「しっ、静かに。夜は騒いじゃダメだよ」と注意を受けた。
そのまま数十分、沈黙し続ける。
「そろそろいいかな」
と彼女は立ち上がり、ベットサイドの窓を開けた。吹き込む冬の空気。
隣の家が、近い。
Q:換気ですか?
「んーん。違うよ。癒されにいくんだ。今日はあんまりゆーくんに触れあえてないから、これから会いにいくの」
Q:……大丈夫ですか?
ゆーくんとは隣の家に住んでいる弟だったはずだ。しかし、我々もバカではない。大体察しがついていた。
それを踏まえた上での質問だったが、彼女は事も無げに「なにが?」と首を捻った。
「会いたいときに会いに行かなきゃ。遅い時間に来るなっていつも言われてるけど、今日は凄く冷えるから、添い寝してゆーくんを暖めてあげようって思って。えへへ……」
密着取材なのにも関わらず、自分を全く偽ろうとしない金守銀千代イズムに我々クルーは感動していた。
「一般的に流通している窓の鍵、クレセント錠はわりと簡単に開けられるんだ。小さな穴を開けてあるから、そこから針金を通して、ほら」
隣の家の窓の鍵を、慣れた手つきで、針金で開ける。熟練の技術が光る。
音もなく解錠すると、窓枠を乗り越えて彼女は隣家に当然のように足を踏み入れた。
「それじゃあ、みなさん。おつかれさまでした。おやすみなさい」
静かに手を振る。密着取材は間もなく終わりを告げる。我々は最後に一つの質問をした。
Q:あなたにとってゆーくんとは?
「んー」
少しだけ考えるそぶりをしたあと、金守銀千代は朗かな笑顔を浮かべた。
「全て」
(BGM)
窓がゆっくり閉じられる。
丁寧に、静かに。
彼女はまたいつも通り、四時に起きるのだろう。
制作・著作
NNK
おしまい
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エンディングに流れるスガシ○オを聞くことなくプレーヤーの電源を落とす。
最近おとなしくなったと思っていたが、まさか深夜に来訪していたとは。恐怖を覚える一方で、この映像が全国に流れなくてよかったと安堵する。
とりあえず文句を言おうとスマホの画面をつけたところタイミングよく銀千代から着信があった。
「あ、銀千代! おまえ、映像見たぞ! 呪いのビデオより恐ろしいじゃねぇか。え、なんだと? いや、いまこれより重要なことなんてな……え、まじ? ヨフセカ診療所? え、いけんの? 最初に寝てたベッド……ふむふむ、えっ、廃城カインハースト!? まじかよ!」
銀千代から有益な情報を得た俺はプレステ4の電源をいれた。
その日、クラスのラインで男女混合のボウリング大会のお知らせが届いていたが、気づいたときには終わっていた。




