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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第二章:金守銀千代はシンデレラに憧れる
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第14話:十一月と破れかけのポスター


「ゆーくん。お願いがあるのです」


「断る」

 お前の頼みは全部ノーだ、と歩みを進めるが、物凄い勢いで回り込まれてしまった。見事すぎる八艘飛びだ。

 放課後、いっしょに帰宅していた友達と「また明日」と別れた瞬間に、後ろを歩いていた銀千代に声かけられたのだ。

 なんでいんだよ、と突っ込みたかったが時間の無駄なのでやめておいた。


「写真とりたいの。ツーショットじゃなくていいから」


 スッ、とポケットからスマホを取り出し、構えられる。


「断るって言ったよな」


「そこに立ってて」


「いや、だから、断るって」


「はい、チーズ」


 パシャア。

 流れるような盗撮!


「くっ、お前、撮るなっていってんだろ」


 フラッシュたかれたので目が眩んだ。突発性難聴になった幼なじみはペコリと頭を下げて、


「ごめんなさい。カメラ目線のが一枚ほしくて」


 ニコニコと撮れたてのものを確認した。訴えたら勝てると思う。


「あ」


「どうした?」


「ゆーくん、目を閉じちゃってるよ。もう一枚」


「やめろ」


 連続して響くシャッター音。パシャパシャパシャパシャパシャ。道行く人が怪訝な顔で過ぎていく。


「連写かよぉ!」


「どの写真もイケメンだよ! うふふ」


「SNSとかにあげんなよ、まじで」


「あげないよー。かっこいいゆーくんは銀千代だけのものだから。ほんとは表も歩かせたくないんだ」


 寒気がした。冬が近いらしい。


「……それで、その写真どうするんだ?」


「引き伸ばしてポスターにするんだ。ベットサイドに貼ってあるのが今のゆーくんとだいぶ変わってきたから」


 聞かなきゃよかった、と後悔。小学生以来こいつの部屋には行っていない。


「俺の写真はってんのかよ……、やめろ、気持ち悪い」


「? ゆーくんは気持ち悪くないよ? 自信もって」


「いや、俺が気持ち悪いんじゃなくて、俺の写真を貼るという行為が気持ち悪いんだよ」

 なんかナチュラルにディスられた気がする。


「えー、そぉかな。恋人の写真持っときたいって思うのは普通じゃない?」


「そもそも恋人じゃないから」


「いまは二人きりだから照れないで大丈夫だよ。そうだ、ゆーくんには銀千代の写真あげるね。はい」


 ごそごそと鞄をあさり、一冊の本を手渡してくる。

「金守銀千代 ファースト写真集 With you」と書かれていた。帯には「金守銀千代 16歳 もう貴方(ゆー)のものです」と書かれていた。全国書店にて好評発売中らしい。狂っているのは世の中の方かもしれない。


「そーだ。サインしてあげるね」


 懐からマジックペンを取り出し、最初の白紙ページに相合い傘と片側に「ぎんちよ」と書いたものを差し出してくる。

「はい! 無くさないようにゆーくんも名前書いて」


「いや、俺はいいや」


 俺の名前書くとメルカリで転売するとき価値落ちるからな。


「照れ屋さん!」


 つん、とほっぺたつついてきた。うざい。


「最近お前馴れ馴れしいな」


 イライラしながら尋ねるときょとんとした表情で見つめ返してきた。


「銀千代とゆーくんの仲が学校公認になったからね」


 後夜祭のアンケートで「学校一のベストカップルは誰!?」というくそみたいな企画があり、俺と銀千代は四千票という全生徒数を凌駕する圧倒的多数票で優勝したのだ。大規模な組織票の匂いしかしないが、ご丁寧に筆跡は全部違ってたらしい。


「まあ、いい。俺は帰る」


「うん、ゆーくん、写真ありがとう! 大切に使うね」


 使う?


 頭に浮かんだ疑問符を振り払い、俺は早々に帰宅した。

 そのまま銀千代は写真をプリントするためにコンビニにむかった。


 やることもないので、部屋着に着替えてから、ベッドの上で銀千代の写真集を広げて眺めてみる。

 くっそ、かわいい。写真とかは言動がないからいいんだよなぁ。力強い目に潤んだ唇、見ているだけ男心をくすぐってくる。

 谷間とか強調されてる写真があって少しだけモヤっとしてたら、

「わー!」

 窓の外から銀千代の悲鳴が聞こえてきた。


 のっそりと立ち上がり、窓を開けて、外の歩道を見てみると、先程まで写真集の中でキリッとした表情を浮かべていた幼なじみが間抜け面で風に飛ばされたA4用紙を追いかけていた。風に舞う色とりどりの木葉が綺麗だった。あまりにも幻想的な光景だったので、夢だと思って、きつく目を閉じて見たが、現実が無情にも窓の向こうで広がっていた。


「なにしてんの?」


「あ、ゆーくん。大変なの。風が急に強く吹いてゆーくんが飛ばされちゃったの」


「風……? あ!」


 どうやらいま風に待っているのは俺の写真らしい。


「お前、ふざけんなっ!」


 外に飛び出す。

 なんとか銀千代といっしょに風に舞ったA4用紙を回収することができた。三かける三のポスターにするらしい。これからラミネート加工して壁に貼るのだそうだ。もう、突っ込むのは飽きた。


「助けてくれてありがとう。やっぱりゆーくんは銀千代のヒーローだね」


 にっこり微笑んでから、別れようしたので、

「おい、まて」と思わず呼び止めていた。


「なぁに、ゆーくん 」


「また紙を落とされたら困るし、お前の家に行っていい?」


「……」


「銀千代?」


「もちろん、いいよー」


 いつもは二つ返事なのに珍しく少し渋ってからオーケーをもらった。



 銀千代のお母さんに「あら、珍しいわね」と微笑まれる、まではよかった。娘の部屋に上がる段階で、「やめたほうがいい」と青い顔で言われたが、怖いもの見たさってのが悪かった。

 銀千代の部屋。俺の部屋の正面に位置しているが、いつもカーテンを閉めているので、部屋の中までは見えない。直接上がるのは随分と久しぶりだった。


「うわっ」


 案の定だった。

 壁一面、俺の写真だらけだ。

 そのほとんど、隠し撮りで狂気しかかんじない。


「くつろいでいってね」


「無理にきまってんだろ」


 窓辺には三脚に設置されたカメラ。 床には直置きされたモニターとそれに接続されたなにかの機械。そして、マットレスとタオルケットが置いてあった。スバイの自宅だってもっと生活感あるよ。


「お茶だよー」


 一階に降りていた銀千代が、トレイに湯飲みをのせ、すぐに戻ってきた。


「……」


 飲むわけなかった。

 銀千代は俺にお茶をしつこく進めてきたが、断固として拒否した。


 しばらくたってから、銀千代は「さ、ポスター貼ろっと!」と立ち上がり、マットレス近くの一枚の写真を優しく丁寧に剥がしていった。

 剥がされていくポスター。おそらく俺が小学生の時のやつで、修学旅行の集合写真を引き伸ばしたやつのようだ。唇の部分がふやけて黒ずんでいたが、気づかないふりをした。


「えへへ」


 空いたスペースに、さっき撮ったやつを貼ってご満悦の銀千代。

 はがしたポスターはどうするのかなと眺めていたが、特にどうする様子もない。


「それ、捨てておいてやるから」


 子供の頃の写真はわりと恥ずかしいので、グシャグシャにしてゴミ箱にインしようと手を伸ばすが、珍しく銀千代は首を横にふった。


「思い出は大切にしたいな」


「いや、捨てろよ。ゴミだろ」


「ゆーくんはゴミじゃないよ! ゆーくんだろうとゆーくんの悪口は言わないで!」


「なにバカなこといってんだろ。いや、それただの写真じゃん」


 頭くらくらしてきた。


「写真……かもしれないけど、四年間、銀千代と寝食ともにしてきたんだ。病める時も健やかなる時も、おはようからおやすみまでいっしょにいてくれたゆーくんなの」


 ぎゅっと抱き締める。シワがよって、苦悶の表情を浮かべているようにも見えた。


「もう、楽にしてやってくれ……」


「うう、わかったよ。ゆーくんがそこまで言うなら思い出部屋に入れるね」


「思い出部屋?」


「えへへ。ほんとは結婚するまで内緒にしようと思ってたんだけど……ついてきて」


 嫌な予感しかしないが、銀千代に黙ってついていく。部屋を出て、家を出て、五分ほど歩いてたどり着いたのは、国道沿いにあるレンタルボックスだった。

 屋外に設置されたコンテナである。存在は知っていたが、利用者を見るのははじめてだった。月々の料金を払えば、自由に利用ができる倉庫のようなものである。

 銀千代は慣れた手つきで鍵を開けると中に俺を招き入れた。

 緑色の金属製のラックには布製の箱がたくさんおいてあり、銀千代はそこに先程のポスターを丁寧にしまっていった。静かに目を閉じて、なにかの祈りを捧げている。

「ここ、なんだよ」

 震える声で、たまらず訊ねた。


「この部屋はゆーくんと銀千代の愛の思い出部屋だよ。ほら、こっち」


「……?」


 倉庫の奥に進むと展示室のようになっていた。


「うわぁ……」


 ガラスケースに入れられた、不細工な猫の置物を見て思い出した。これ、俺が小五の時の図画工作で紙粘土で作ったやつだ。銀千代が欲しいっていったから上げたんだ。

 横にはクリスマスの時に上げたゲームソフト数本、この間いっしょに行った映画の半券、捨てたはずの古いスニーカーなんかが飾られている。


「うふふ、懐かしい」


 恍惚とした笑みを浮かべる銀千代の恐ろしさに総毛立った。

 国道を走るトラックが道路を揺らして走っていく。振動で身体が震えた。


「な、なんか気分悪いから帰るわ」


 くらくらする。額を押さえながら、出口の取っ手に手をかける。


「えっ。もう帰っちゃうの? ゆっくりしていきなよー」


 できるわけがない。


「いや、もう十分堪能したわ」


 屋外に出て、初冬の冷たい風に火照った身体が冷やされていく。改めてこの女とは距離を取らなくてはいけないと再認識した。ふと、横を見ると、隣のコンテナのオーナーも金守銀千代になっていた。


「こっちはなに?」


「あっ、だめ」


 扉が少しだけ空いていたので、覗きこんでみる。隙間から伺えた、部屋の内部。

 檻があった。座敷牢?


「そっちは世界が残酷に包まれたときに、ゆーくんだけは守ろうとおもって作った部屋なんだ」


 背後に立つ銀千代が、しれっと言った。


「……そうか」


 こっくりうなずいてから、


「あっ、どこ行くの! ゆーくん!」


 ダッシュで帰宅した。

 寒気が止まらなかった。

 世界が残酷に包まれるとしたら、元凶はほぼまちがいなく、金守銀千代だろう。アーメン。




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― 新着の感想 ―
[一言] お話の更新ありがとうございます! 凄くうれしいです!更新されたの気づいて半笑いになりました。 お話ですが、後夜祭のアンケの件は色々ツッコミ所がありますがスルーです。 やっぱり銀千代可愛い…
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