第2話:十二月からプレゼント
中学三年生の冬休み、自分の部屋でくつろいでいたら、
「おじゃましまーす」
と隣の家に住む、幼馴染が至って普通に窓を開けて入ってきた。入室の許可はしていない。
二階の窓が隣家の屋根と密接しており、構造的欠陥を逆手に取って彼女はよく俺の部屋に不法侵入してきた。
なにも言えずに呆然としていると、
「これでよしっ、と」
本棚の上のぬいぐるみの位置を調整し、
「お邪魔しました」
と、小さくお辞儀をしてから、また窓から帰ろうとした。
「ちょっ、まてや!」
思わず呼び止めてしまう。
「なに? どうしたの?」
「いまなにしたんだよ!」
「何って、カメ……えっと、ぬいぐるみの位置が風水的にあんまりよくなかったから直したんだよ」
「嘘だろ、おい!」
そのテディベアは銀千代から一年前の誕生日にプレゼントされたものだ。
震える手でテディベアを掴み、頭の部分を握ってみると、中になにか固いものが入っているのがわかった。よくよく観察してみると、鼻の部分がレンズになっている。
「なんじゃこりゃあ!」
戦慄する。
「赤外線録画可能の超コンパクトカメラだよ。昨日ゆーくんが部屋の掃除をしたせいで、位置がちょっとずれちゃったの。学習机とベッドが同時に撮影できる位置がベストなんだ」
「監視と盗聴はもうやめるってこないだ約束したばかりだろぉ!」
「うん、ごめんなさい」
謝罪だけは素直にしやがる。
「でも今日だけは許して」
「なんでだよ」
「わからないの? 今日はクリスマスイブだよ。ゆーくんが浮気しないように目を光らせないと。銀千代、がんばるね!」
晴れやかな笑顔でそう言って、サッシを乗り越えようとする。思わず手をつかんで止めた。
「浮気もなにも付き合ってないだろ、俺ら」
「大丈夫、運命の赤い糸はいつか交わるものだから」
ぱちん、とウインクされる。未来永劫ないことを明言しておこう。
「それにクリスマスイブだろうがなんだろうがカメラを仕掛けていい理由にはなんないんだよ!」
「銀千代もそう思うけど、ゆーくん、これから友達の家にパーティーに行くんでしょ?」
「なんで知ってるんだよ……」
「ラインのアカウント、銀千代のiPadと共有してるから」
「許可した記憶ねぇぞ!!」
「うふふ……」
笑ってごまかされた。
「それよりも銀千代は心配だよ」
「なにがだよ。パーティーは男しかいねぇぞ。女人禁制の男祭りなんだ」
「そんなことより勉強した方がいいと思うな。いまの成績じゃ、第一志望受からないよ。受験生にクリスマスも大晦日も無いんだよ」
「急に現実を突きつけんな……」
超絶ストーカーのこいつはいつ勉強しているのだろうか。最優秀生徒に選ばれるような模範的な行動は一切とっていないのに。
「よかったら銀千代が勉強、教えてあげようか?」
ちょっと上目づかいで媚びるように俺のことを見てきた。
悪魔の誘いにしか聞こえなかった。
「いえ、結構です」
「遠慮しないで。あの男子には銀千代から断りの連絡いれとくね」
あの男子扱いされた松崎くんは修学旅行の夜に金守銀千代のことが好きだとカミングアウトしていた。顔がかわいくて好きらしい。みんな見た目に騙されるのだ。
「風邪ひいたって理由でいい?」
「おい、やめろ!」
いつの間にか銀千代の手には俺のスマホが握られていた。パターン認識があるはずなのに事も無げにロック画面を解除されている。銀千代は目に止まらぬ親指のスピードで文字を打とうとしていたので、慌てて、スマホを取り上げる。
「ばかっ! はなせ!」
「きゃっ!」
拍子にベッドに押し倒すような感じになってしまった。
「……」
「……」
「性の六時間、する?」
「しねぇよ!」
頬を赤らめて、言われたので、ちょっと心が揺らいでしまったが、我慢だ。
「さっさと帰れよ。なんと言われようが俺は遊びに行くからな」
「仕方ないなぁ、今回だけだよ。あんまりハメを外しちゃだめだからね!」
俺に対しては聞き分けがいいから不気味だ。
銀千代はパッパッと窓を開けて、屋根をつたって自分の部屋に戻っていった。室内に吹き込む夕方の風が冷たかった。
さあ、俺も外出の準備をしなくては。
と、コートを羽織り、プレゼント交換用の中古ゲームが入った紙袋をつかむ。
色恋沙汰がない中学三年間だったけど、男友達と友情が深められたので結果オーライなのだ。
そう思っていたのに。
松崎くんの家に銀千代がいた。
「なんでいんだよ!」
「来ちゃった」
松崎くんは当初男子だけでクリスマスパーティーを企画していたが、たまたま買い出しをしていたときに銀千代に会い、事情を話したら「私も参加したい」と懇願されたので、仕方なしに許可したのだそうだ。
仕方なし、と照れ照れとのたまう松崎くんの鼻の下は伸びていた。このバカ。
「ゆーくんが浮気しないようにちゃんと目を光らせるからね!」
銀千代が鼻息荒く俺の背後に立っている。
「ここには男子しかいないっての」
「銀千代は油断しないよ。信条は男女平等だから。ゆーくんの性癖は完全に理解してるつもりだけど、なにがきっかけでアブノーマルに転ぶかわからないもんね」
なんで理解してるの?
と思ったが、聞けなかった。
「いいから、飯食おうぜ。松崎くん家のお母さん、調理師免許もってるらしくて、ご飯本当に美味しいって有名なんだよ」
「銀千代も料理得意だよ。花嫁修行は一通り済ませたからいつでもお嫁に行けるんだ」
十四歳なので法律的にはまだいけない。
銀千代からなるたけ距離を取るようにして、料理が並べられた皿を回る。
北京ダックは絶品だった。
いろんな料理に舌鼓を打っていると、銀千代が俺の肩を強く叩いた。
「ゆーくん、プレゼント交換しよ」
「みんなでな」
「プレゼントは銀千代です。好きにしていいんだよ。都合のいい女だよ」
「貞操観念ちゃんとしてる人がタイプです」
「ゆーくんだけ特別だから、安心して。銀千代が乱れるのは、ゆーくんの前だけ」
ぼそりと耳元で囁かれたので、心臓がどきりとしてしまった。
「ゆーくん、こんな感じで言われるの好きだもんね」
「は、はぁー? なにいってんだ」
「あれ、違った? グーグルの検索履歴に「淫語 痴女」とかあったから、てっきり……」
「おい、それ以上口を開くな!」
ちきしょう。性癖を完全に把握されてる。
銀千代と一緒にいると俺の黒歴史が明らかにされそうなので、距離を取ることにした。
秘密を知っている幼馴染ほど厄介な存在はいない。
「はいー。じゃあ、これからプレゼントを右の人に渡していってください。音楽が止まったときに持っていたものがあなたのプレゼントです」
しばらくたってから、松崎くんが手を叩いて、食事の中断を呼び掛けた。
みんなに輪になるように言ってから、YouTubeでジングルベルを流し始める。
俺たちはリズムに合わせて、手元に来たプレゼントを右の人に回していく。
曲の終盤、異変が起こった。
「か、金守さん、はやく回してくれないと」
「……」
穏やかな笑みを浮かべて、シカトぶっこく銀千代。
「金守さん?」
「……」
ニコニコ笑ってるが、お陰で流れが止まっている。
「おい、銀千代!」
「なに、ゆーくん?」
ようやく返事をしたところで、曲が終わった。
異議を唱えようとするよりもはやく銀千代は手元のプレゼントの包装を破っていた。
「わー、なにこれ! ピコピコのカセット? カラフルで宝石みたいだね!」
白々しく手を叩いて歓びの声をあげる。かくして銀千代は俺のプレゼントを手に入れたのだった。
みんな、静静自分の手元のプレゼントを開けはじめた。
ちなみに俺は図書カード千円分だった。送り主は松崎くんだった。
ちなみに銀千代が持ってきたプレゼントは来る途中道に落ちていた椿の花だった。受け取った田口くんは微妙な顔をしていた。
こうしてまた思い出が一つ、銀千代にぶっ壊された。
帰り道、しきりに一緒に帰ろうとする銀千代を振り払おうと大股の早歩きで帰宅を急ぐが、キックボードを華麗に乗りこなす銀千代に直ぐに追い付かれてしまった。
「乗ってく?」
「二人乗り出来ないだろ」
諦めて、普通に歩き出す。
銀千代もキックボードを降りて、ゆっくり歩き始めた。
「今日はいいクリスマスイブだね」
キックボードの車輪がアスファルトをがらがらと鳴らす。サイレントナイトからもほど遠い。
「最悪だよ。せっかく男子だけのクリスマスパーティーだったのに」
「パーティーではそうだったかも知れないけど、あのあとみんなデートに出かける予定があったみたいだよ」
「え」
「予定ないのは、松崎くんぐらいだよ。ゆーくんも銀千代と一緒だしね」
にっこり微笑まれる。
「おまえ俺の青春邪魔して楽しいのかよ」
呆れながらついたため息は、白く染まって夜空に溶けた。
「青春のカタチは人それぞれだよ」
「ほんとになんでお前俺に執着すんの?」
「理由なんてないよ。銀千代の遺伝子がゆーくんを求めてるだけだもん。あ、そうだ。はい、これ」
銀千代は肩から下げていたポシェットからラッピングされた箱を取り出して俺に差し出した。
「クリスマスプレゼントだよ」
「あ、ああ、ありがとうな」
「給料三ヶ月ぶんだよ」
「べつにお前バイトしてないだろ」
「お小遣い三ヶ月ぶんってこと」
「ふぅん。開けていい?」
「もちろんだよ」
包装紙を丁寧に破き、中に入っていた箱を開ける。
「ペンダント?」
「うん。たくさんお店をみて回って、これだって、思ったの」
「ふぅん、まあ、ありがとな」
鞄に仕舞おうとしたら、
「つけて」
と懇願された。
まぁ、いいや、と首からぶら下げる。
「ふふ、お揃いだね」
銀千代がニコニコしながらそう言って、自身がつけていたネックレスを服の内側から取り出した。そんなとこだろうと思ったよ。
「ここの部分、ロケットになってて、お互いの写真が入ってるんだ」
「……」
あまりにも嬉しそうな横顔に率直な感想を伝えることが出来ないところが、俺の心の弱さかもしれはい。
「今日はいいクリスマスイブだったね」
白い息を吐いて、夜空を見上げる彼女は綺麗なだけにたちが悪かった。