第12話:十月のゾンビは哲学的な夢を見ない 後
とくに見たい出し物もないので、ゲーム研究部のスマブラ大会に参加しようと移動する。銀千代もしつこくついてきたので、諦めて彼女といっしょに行くことにした。
まあ、なんだかんだで彼女は美人だし、周りの野郎共が羨ましそうにこちらを見てくるので気持ちよかった。
「そういえば、五時からミスコンあるらしいな。お前もエントリーされてるって聞いたけど本当か?」
「銀千代は殿堂入りだよー」
「なんで一年生が殿堂入りすんだよ」
「だって銀千代は宇宙一かわいいし、出るまでもないと思うんだけどね、どうして人って争いたがるんだろうね……」
めんどくさそうに銀千代は続けた。
「なんでそんなに自信家なんだよ……慎みをもて慎みを」
「事実だもん。可愛くなるために人一倍研究してるし、知識もつけてるし、無理やり頼まれたから参加するけど、銀千代の努力は全部が全部、ゆーくんに見合う女になるためのものだから安心してね。大衆に媚びるのは本意じゃないから」
「お前の中の俺ってアラブの石油王かなんかなのか?」
「? ゆーくんはゆーくんだよ? 自分をしっかり持って」
「まあ、せいぜい頑張ってくれ。優勝できるといいな」
「うん。ありがとうゆーくん。ところでミスコンってなにするのか知ってる?」
「さぁ……なんか特技とか披露するんじゃないの?」
「特技……うーん。ないなぁ」
「あれ、意外だな。お前のことだからメカニック全般が得意とか言うんじゃないかと思ったけど」
おもに盗撮盗聴関連で詳しくなったのだろうけど。
「うーん、というよりも、苦手がなくて、大抵のことはこなせちゃうから得意も無いんだよね」
「……」
人の感情を読むのは苦手らしい。
「とりあえず、この学校の頂点ぐらい簡単にとれなきゃ、ゆーくんに認められないってことだよね。がんばるから、優勝したら結婚して」
「やだよ」
なんて箸にも棒にもかからない雑談をしながら部室棟にやって来た。文化祭のパンフレットによると、スマブラ大会まで幾ばくもない。参加受付に間に合えばいいのだが。
部室を発見し、なかにはいる。
「あれ?」
部室の前に置いてあるテレビ画面は真っ暗だ。
代わりに机を合わせて出来たテーブルで男子生徒が四人トランプで遊んでいた。
部屋の外では文化祭が開かれ、至るところで青春が繰り広げられているのに、この人たちは何をしているのだろう。
「スマブラ大会って終わったんですか?」
遠巻きにそれを眺めていた男子生徒に声をかけると、
「教頭が来て、文化祭でテレビゲームなんかするなって……」
残念そうに教えてくれた。至極真っ当な意見だ。
「あ、そうなんですね。どうも」
ならば、もうここには用はない。
サンクガーデンのチア部の演技でも眺めにいこう。ミニスカートがミニミニと評判なのだ。花ケ崎さんも出るらしいし、楽しみである。こんな校舎のはしっこで、男四人でトランプするなんて暗い青春まっぴらごめんである。
きびすを返そうとした俺を、
「待て」
何者かが呼び止めた。
一番近くの卓に座る男。制服を着ていないのでおそらく外来だろう。
わざわざ他校の文化祭に来て、トランプ遊びに興じるなんて正気の沙汰ではない。
「久しぶりだな」
「まっつんじゃん。なにしてんの?」
中学の同級生の松崎くんだった。
オンラインでよく遊んでいるが直接会うのは随分と久しぶりである。
「大富豪だ」
俺はなんで他校の生徒である松崎くんがここにいるのか聞いたのだが、まあ、暇潰しにでも来たのだろう。
「ふーん。勝ってるの?」
「たった今、優勝したところだ」
松崎くんは場のカードを八で流した。
「ああ!」残りのメンバーの落胆の声が上がる。
「よかったな。じゃあ、文化祭楽しんで」
部室から出ていこうとしたら、
「待て」
と、また呼び止められた。
「決着をつけようじゃないか」
「なんの?」
「もちろん。大富豪だ」
最後のカードを場に出して、手札をゼロにした松崎くんは勝利のどや顔をしながら俺の方を睨み付けた。
確かに中学の頃は昼休みの度に大富豪をやっていたが、いまは専らテレビゲームで、いまさらトランプに魅力を感じない。
断ろうと俺が声をあげるより先に、松崎くんが、
「だが、学生の大富豪にお金はかけられない。だから、このゲームでお前の一番大切なものをかけてもらう」
「俺の一番大切なもの?」
プレステ4か?
ちらりと松崎くんは俺の後ろで退屈そうに唇を尖らせている銀千代を見た。
「わかってんだろ?」
そういえば松崎くんは銀千代のことが好きなんだった。
「ゆーくんの大切なものは銀千代だよ」
うんうん、頷く銀千代。当事者を蚊帳の外にするな。
「別に大富豪はやってもいいけど、賭けはなしにしようぜ」
「ビビってんのかい?」
なんかこいつ調子に乗ってるな。
そうとう勝ち越しているのだろう。
「……いいだろう」
決着がついたばかりのテーブルに、交代するように座る。どうやら勝ち残り戦らしい。大富豪だけが卓に残り、他は交代だ。流れで俺と銀千代と、先ほど話しかけたゲーム研究部の部員の男子が破れた三人に変わって卓についた。
「俺が勝ったらなにくれるんだ?」
「そうだな。使い捨てマスクを五枚やろう」
「いや、もう普通に買えるし……」
なんにせよ松崎くんはただふつうに遊びたいだけなのだ。
「決闘!」
五分後。
強いカードを序盤に出しすぎた俺と松崎くんはそれぞれ大貧民、貧民となった。こういうゲームは熱くなったら敗けなのだ。思えば松崎くんのエース二枚を潰したときに俺の勝機は途絶えた言っても過言じゃない。
一位はゲーム部員で二位は銀千代だった。
大貧民になってしまった俺は彼らの望むものを差し出すことになった。
「楽しかったからいいですよ」
とゲーム部員は言ってくれたが、
「この後、後夜祭のパーティーに銀千代と出てね!」
という銀千代の要求は飲まざるをえなかった。
そして、松崎くんの要求だが、
「金守さん、いっしょに文化祭まわらない?」
頬をちょっと赤らめて銀千代に誘いをかける松崎くん。チキンだった頃の彼はもういないのだ。
「ゆーくんと回ってるからごめんなさい」
普通に断られた。
「銀千代、俺負けちゃったから松崎くんといっしょに行きなよ」
頭を下げたままの銀千代に声をかけたが、
「ゆーくん、女の子はモノじゃないから、ゲームの景品にするのはよくないよ」
グゥの音もでない正論で松崎くんの要求はお流れになった。代わりにやってるソシャゲの女キャラ、フロレンタール(水着)SSRを要求された。ちくしょう。
「そのキャラ強いの?」
ゲーム部の部室をあとにする。松崎くんは残って再び大富豪に返り咲くため戦いを続けるとのことだ。
廊下に出て、アプリを起動し、プレゼント画面に移行する。
「いや、ぶちゃけ弱い」
「え、でも人気なんでしょ?」
「可愛いから人気なんだ。一生懸命素材マラソンして育てたのに松崎くんにとられるなんて……」
「ちょっとよく見せて」
ぐいと俺のスマホを覗きこむ。シャンプーのいい匂いがした。
「この子、髪がピンクだよ。ゆーくん派手髪苦手じゃないの? それにおっぱいなら銀千代のほうがでかいし」
嘘だろ、こいつ二次元キャラに張り合おうとしてるよ。
「そういうことじゃない。いいキャラしてるんだ。ふだんツンツンしてるけど、たまにデレるのがほんとに可愛くてさ」
「……銀千代だって、いつもツンツンしてるもん。しかも可愛いし……フロなんとかさんよりも銀千代のほうが魅力的だよ」
唇を尖らせる。自分で言うな。
「ボイスも人気の要因の一つだな。いま飛ぶ鳥落とす勢いの大人気女性声優留萌照さんが担当してんだけど」
「銀千代のCVだって、銀千代だもん」
「……なに言ってんだ、お前」
しばし、無言でみつめあう。
目がマジだった。こいつが混迷を極めるのはいつものことだが。
「でも、そのキャラクター、松崎くんに送るんだよね?」
銀千代はこてんと首をかしげて訊いてきた。
「まあ、約束はそうなってるけど、代わりにゴリラックスNRを送ろう」
「え、なんで?」
ゴリラックスNRは筋骨隆々の男キャラだ。小麦色に焼けた健康的な肌でサイドチェストしているナイスガイである。
「男子同士の悪ふざけみたいなもんだからな」
「えー、ゆーくん、友達の約束は守らなきゃだめだよ。友情を失うよ」
「いいんだよ。向こうもわかってるから。それに一生懸命育てたフロレンタールをあげられるわけないだろ」
「一生懸命育てたの?」
「ああ。レアリティ高いキャラは強化素材集めるのも一苦労でさ、クエストを何周もしたんだよ」
「光源氏の紫の上みたいなかんじ?」
「……例えがよくわかんないけど、ともかく、このキャラのためだけに俺はこのソシャゲをやっているといっても過言じゃないんだ」
「銀千代の前で他の女の子、誉めないで」
びしゃりと銀千代が真顔で言った。
「銀千代が好きなゆーくんは常に銀千代が一番好きじゃなきゃだめだよ」
「いや、だから、二次元キャラと比べるなよ。同じ土俵に立ってもいないだろ」
「ゆーくんが本当に好きなのは銀千代だって、それはもちろんわかってるけど、時々無性に不安になるの。だから言葉に出して言ってほしいんだ。愛してるって」
一回も言ったことないし、そもそもにして、
「言うわけないだろ」
往来の激しい廊下の真ん中だ。
しかも銀千代は目立つ容姿をしているのでだんだんと人の目が集まってきている。
「銀千代はいくらでも言えるよ。ゆーくん、愛してるよ」
「やめろよ、ばか、はずいだろ」
「ゆーくんが最近、愛してるって言わなくなったのは本当に愛し始めたからだってわかってるけど」
「一回も言ったことないよね」
そんな歌あったな。
「だけど、やっぱり言葉にして言ってくれないと、愛情は三分の一も伝わらないと思うよ」
まあ、なにも言うまい。
「お前は気にしないかもしれないけどな。つうか、何回も言うけど、そもそも付き合ってないし」
「ゆーくん……。愛していれば、付き合うとかは関係ないんだよ」
銀千代はまっすぐ俺を見つめた。涙目だった。
「強く抱き締めて。一番愛してるのお前だって言って」
「いや、まじでなに言ってんの? いつもに増してウザいぞ」
「っっうー!」
銀千代は小さく唸ると、
「なんで銀千代のことをわかってくれないの」
小さく呟いた。なんだこいつ。無性に腹が立ってきた。俺が何時間かけてフロレンタールを育ててきたと思ってるんだ。
「あのさぁ、ぐっ!」
文句を言おうとした俺の唇を人差し指でふさぎ、
「ゆーくん、少し時間をちょうだい」
と呟いた。
「は? なにが?」
「銀千代、頑張るから。点と線なんかに負けないから」
「はぁ?」
「銀千代は次元の壁を越えるよ。どの次元でも愛されるために」
と囁いた。
え?
疑問符が浮かぶよりもはやく彼女は駆け出した。
「あ、おいっ!」
声をかけたが、止まらなかった。
みる間に人波に紛れて消えてしまった。
なんだ最期の電波な発言。
秋の日は釣瓶落とし。
夕日が射し込む廊下はオレンジ色に染まっていた。
文化祭ももうすぐ終わる。




