第12話:十月のゾンビは哲学的な夢を見ない 中
休憩時間になったので、メイクを落として、男子トイレから出る。
人混みに紛れて銀千代を巻こうとしたが、
「あ、ゆーくん、はぐれちゃうよ。ほら、手!」
手首を掴まれた。振りほどこうとしたが、握力が強く、敵わなかった。
「銀千代ね。行きたい出し物あるんだ」
「そうか。奇遇だな。俺もゲーム研究部のスマブラトーナメントとかいうやつに参加し」
「ほらこれ!」
文化祭のパンフレットを広げて突きつけられる。
「占いの館!」
占い研究部とかいう胡散臭い部活の催し物だ。けっこう当たると評判らしいが、
「おまえ、占いとか嫌いじゃなかったっけ?」
随分前に銀千代があまりにもねだるので、駅前で手相を見ているおばあさんに二人の相性を占ってもらったことがある。
「これは最悪ね」
席につくやいなや、おばあさんは眉間に皺寄せながら呟いた。
「彼女の愛が重すぎて、彼の気持ちが遠く離れていってるわ。二人の趣味も好みもバラバラで、仮に結婚したとしても上手くいくことはないでしょう。悪いことは言わないから早く別れなさい」と辛辣なコメントをもらった。
帰り道にさすがにしょげ返る銀千代に「ドンマイ」と声をかけたら「運命は自分の手で切り開いていくもんなんだよ!」とジャンプ主人公みたいなことを力説された。少しはしょげ返っててほしかった。
「占いは別に嫌いじゃないよ。他人に未来を決められたくないだけだから、参考にはしたいんだ」
「ふぅん。まあいいや。暇だし行くか」
鼻唄でも歌いそうなぐらい軽やかな足取りの銀千代に半ば引きずられながら、占い研究部の部室に移動した。
薄暗く柑橘系のお香が焚かれた室内の雰囲気は抜群で、占い研究部の部長さんが水晶玉を撫でながら、俺と銀千代に座るように促した。
「なにを占ってほしいの?」
「えー、そうだなぁ、ゆーくんー、どうするぅ?」
媚びるような猫なで声で聞いてくる。白々しい。
「聞きたいこと聞けば?」
心底どうでもいいのでさっさと終わってほしかった。
「えー、そうだなぁ、じゃあ、二人の未来についてー、とか、訊こうかなぁ」
「二人の未来ね。わかったわ。それでは、こちらのタロットを五枚、二人で選んで引いて」
タロットカードに二人で手を伸ばす。
「ゆーくん、選んでいいよ」
「お前が占ってほしかったんだから自分で引きなよ」
「じゃあ、いっしょにひこ。ふふ、ケーキ入刀みたいだね」
てきとーに五枚、上から引き、部長さんに手渡す。
「ふむふむ」
選ばれた五枚を眺める部長さん。
「な、なんてこと!?」
部長さんはガタリと椅子を揺らして立ち上がった。
「あなたたちの未来、すごいわよ」
「え、なにが」
思わせ振りな発言に、さすがに結果が気になってくる。
「とてつもなく幸せそうな家庭が見える」
「は?」
「占いを初めて十数年経つけどここまで相性が抜群の二人に会ったことないわ。相思相愛ですごい愛情が伝わってくる。お似合いのカップルね」
「……そうし、そうあい?」
ほんとに言ってんのか?
十数年前って言ったらあんた幼稚園児とかじゃないのか?
ヤブっぽいな、この人。
「二人の愛が相乗効果となって、無敵のパワーを産み出してる。幸せが倍々に増えていき、悲しみは半分になっていく。まさしく運命の人。出会えたことが奇跡よ」
J-POPの歌詞みたいなこと言い始めやがった。
「結婚したほうがいいわ。羨ましい限りね。幸せ者!」
嘆息ぎみに息をつかれる。
まじで言ってんのか?
そんなことあるのか?
「えー、困っちゃうなぁ」
デレデレと照れたように銀千代が体をくねらせる。
「やっぱり運命ってあるよねぇ」
駅前のおばさんの時と百八十度違うことほざいてやがる。
俺は認めない。
なぜなら、運命は自分で切り開いていくものだから!
「ともかく貴方たち二人はこのままで十分幸せよ。強いていえば彼氏がもう少し彼女に心を開いたらベストね」
「心を開かなかったらどうなるの?」
銀千代が小さく手を挙げて尋ねた。
「ハゲるわ」
「ハゲ……」
「愛をきちんと受け止めたら、テストもスポーツもなにもかも上手くいくわよ」
進研ゼミかよ。
「心を開かなかったら、ハゲるし、太るし、ニキビは出来るし、志望校には落ちて、彼女から見放され、挙げ句の果てには一生童貞よ。前髪が若干薄くなってきてるし、髪が一本一本細いもの。そうなるに決まっている」
「おい、決めつけんな」
後半は占いじゃない、罵倒だ。
「大体心を開くってなんだよ。もっと具体的なこと言えよ」
「具体的……」
ビクリと部長さんは動きを止めた。
「抽象的なことばっかで誤魔化さないでくださいよ。人がハゲるとか、まったくもって根拠がない。みろよ。いまはちゃんとフサフサして……」
「デートなさい」
「は?」
「彼女の要求をキチンと聞いてデートをするとか、そういうことを言ってるのよ。男の甲斐性を見せなさい。あなたどうせ彼女の愛情にかまけて、ろくに相手にしてこなかったんでしょ? そんなんだからハゲるのよ」
「はげてねーよ。ちゃんと俺の髪見ろよ。フサフサしてんだろーが。うちの家系にハゲはいないんだよ。……つうかなんであんたが銀千代と俺の関係を知ってるんだよ」
「っ……、これが占いです」
最高に胡散臭い。
俺の訝しむ視線を誤魔化すように部長さんは大きく一回手を叩いた。
「はい、というわけで終わり。鑑定料三百円になります」
「はーい」
銀千代は嬉々として部長さんに三百円を支払った。腑に落ちないが俺は百五十円を銀千代に渡した。借りは作りたくなかった。
占い研究部の部室を出る。
廊下は文化祭の喧騒に賑わっていた。
「占い当たってたねぇ」
銀千代が言うので、慌てて、頭頂部に手をやる。フサフサしていた。
「当たって無いだろ」
「いやいや、けっこう的を得てたよ。やっぱりわかる人にはわかるんだね。二人の愛が」
「なんかどうにも胡散臭いな。てきとー言ってるんじゃないのか、あの人」
「そんなことないよ。部長さんの鑑定スキルはSランクらしいし。校長先生がズラだって見抜いたこともあるって」
「誰だって入学式で気づくだろ」
髪の毛しか見てねーのか、あの人。
「そういうもんなのかな。あ!」
手を叩いて銀千代は立ち止まった。
「ちょっとさっきのところに忘れ物しちゃった。ここで待ってて」
「いいけど……なに忘れたんだ?」
「……ないしょ!」
銀千代はペロリと舌を出して元来た道を引き返し始めた。俺は廊下の壁に背中をあずけて、窓から秋の高い空でも眺めることにし、
「いや」
ふと、違和感に気づいた。
忘れ物をしたといっていたが、あいつほぼほぼ手ぶらだった。財布はポッケにしまってたし。
「怪しいな」
こっそり占い研究部の部室に俺も戻ることにした。
ドアを少しだけ開けて、そっと中の様子を伺い見てみる。薄暗く見づらかったが、二人の声はよく聞こえた。
「あれでよかったかしら」
声を潜めて、部長が訊ねた。
「うん。ばっちりだよ。でももう少し大袈裟に伝えてくれたほうがベストだったかな」
「あれ以上は流石に怪しまれるわよ。さ、私は約束をはたしたわ」
「うん、じゃあ、これ」
銀千代は千円を占い研究部の部長に手渡した。
「確かに」
なにこの闇取引の現場みたいなの。
あいつ、結果を金で買ってやがったな。そんなとこだろうと思ったわ。
「あ、ちなみにだけど、本当の相性はどうだったの?」
出口から出ようとする銀千代はふと足を止めて、尋ねた。
「……聞かない方がいいわ」
「なぁんだ。同じ結果だから、銀千代がお金払ったのは無駄だったってことだね」
「……」
「遠慮しないでいいよ。それはほんのわずかなばかりのお礼だから」
「……どうも」
煮えきらなさそうな顔した部長さんは曖昧に頷いて椅子に座った。
銀千代はにっこり微笑んでから、部室から廊下に戻ってきた。
「はっ、ゆーくん!?」
ドアを開けた瞬間、耳をそばだてていた俺の姿を確認し、銀千代はびくりと肩を震わせた。
「なにしてんだよ、お前」
「わ、忘れ物を取りに行ってたんだよ。取りに行くというか、支払いにいくというか」
「しどろもどろじゃねぇか。金で占いの結果ねじ曲げたな?」
「……本来あるべき結果を改めて教えてもらっただけで、千円は、より深い鑑定をしてもらうためのお布施だから……」
「無駄遣いすんなよ。未来を変える力があるんだろ?」
「うん。お金って最強だよね」
「そういうことを言ってるんじゃない……」
こいつ、モデル業初めてから儲かってんだった。




