第108話:West End Girls 3
涙が落ち着いたころ、ピザの配達が来て、母さんといっしょにそれを食べた。テレビはつけず、なんでもない会話をぽつりぽつりとした。
意味はなく、だからこそ、なんだか救われるような気持ちがした。
俺がとやかく足掻いてもしょうがない。銀千代は大変な目にあっている。それがわかっていても、手も足も出せないなら、いっそ考えないで物事の決着がつくまで、見守るしかない。
ただ無事を祈るだけだ。無力さに唇噛み締めても、結果はきっと変わらない。
自嘲ぎみに鼻をならし、ベッドに腰をおろす。お腹はふくれたが、満たされた気持ちになれなかった。ぼんやりと天井を眺めていたら、ポケットでスマホが震えた。いじりまくっていたから、充電が切れかかっているのだろうか、と画面を確認したら、メールが届いていた。
メール?
PCから送信されたメールだ。スパムだろうか?
「ぎっ……!」
宛先をみると金守銀千代と書かれている。
目を見開いて文面を追うが、どうやら現状を伝えるものではないみたいだった。
『ゆーくんがこのメールを読んでいるとき、銀千代はもうこの世にいないでしょう』
ろくでもない書き出しに、縁起でもないと突っ込む前に次の文を読む。
『このメールは予約発信で銀千代がPCを二日間いじらなかったら自動的に発信されるように設定されてます。
人生なにが起こるかわかりません。突然死んじゃうこともあるし、念のため設定しておきました。言いたいことも言えずいなくなってしまうのは、とても悲しいことだと思うから』
あまりにも「冗談がきつい」とひとりごちる。
銀千代は今どこで何をしているのだろうか。思いを馳せても一方的に文章が並ぶだけだった。
『さて、いろいろと話すまえに、始めに伝えて起きたいことがあります。
1、銀千代の卵子はさる機関で凍結保存されています。
2,遺伝子も保存されています。もしクローンを作りたい場合、国際法で禁止されていない国に渡航してください。
3,銀千代の脳を電子空間にコピーした電人を用意してあります。
4,二月現在の銀千代の身体データはドール製作会社に渡してあります。
以上、1から4までの住所と連絡先は国道沿いの思い出部屋の金庫にしまってあります。暗証番号はゆーくんの誕生日です』
「きつぅ……」思わず呟いていた。
このメールなんだ?
荒唐無稽を重ねるようなカオスな世界観だが、不思議と気持ちは落ち着いた。いつも通りにイカれた銀千代を見て、俺は妙に冷静さを取り戻していた。
浅く深呼吸する。
部屋はしんと静まり返り、なんの音もしなかった。また窓を勝手に開けて銀千代が入ってくるんじゃないかと期待するが、静寂がただ耳を打つだけだった。
『ここからが本題です』
そのあともメールは続いていた。
俺はもう何も考えずに、彼女の言葉を素直に受け止めることにした。思考することに疲れていたのかもしれない。ただ銀千代の言葉を読めるのが嬉しかったのかもしれない。わからないけど、文字を読んでいるだけで不思議と気持ちは落ち着いた。
『たとえどんな手段を用いても、残されるのはきっと違う銀千代になってしまうから、今の意識ある段階で、ありのままの言葉をゆーくんに伝えたいと思っています。
最後だし、できるだけ、ちゃんと順をおって。
ゆーくんは銀千代とはじめて会った時のこと覚えてる?
十三年前。
引っ越しの挨拶でゆーくんチに行ったとき、銀千代は恥ずかしくて母さまの足に隠れたのを覚えています。
昔は人見知りだったからというのもあるけど、あのね、いまだから言うけど、ゆーくんがかっこよくて照れちゃったんだよ。
一目惚れでした。
はじめて異性を意識したのが、あのときだったの。それから、ずっと、燃え上がるような気持ちは変わりません。
その時の銀千代は幼すぎて、胸の高鳴りの正体がわからなくて、すごく混乱しました。それまで全部わかってきたのに、その気持ちが何なのかまったくわからなかったの。
だから、他人を傷つけることばかり言って気を引こうとしたんです。バカだよね。だけど、それしか方法を知らなかったの。
ゆーくんが、自分に素直になって良いって言ってくれたこと、本当に嬉しかった。
小学四年生の精神的に参ってたとき、ゆーくんの言葉に救われたし、本当にヒーローに思えたの。
その時に、その感情が恋と呼ぶことを始めて知ったの。頭でなく、心で意味を理解した。
あの神社で二人きりで過ごした誕生日を、銀千代はきっと走馬灯の最後に思い出すと思う。
ゆーくんと過ごした日々は全て宝物です。
家族旅行で行った白浜。
神社の境内。
田園の花火。
雪景色。
修学旅行で見た朝焼け。
夕闇に飛ぶ蛍や海岸に浮かぶ電柱。
いつも一緒だったね。特別なんてなくても、隣にゆーくんがいるだけで銀千代は幸せでした。幼馴染みでほんとうによかった。
伝えたいことや言いたいことを考え出したらキリがありません。
こういう後悔をしないよう生きてきたつもりだけど、やっぱりどんなに伝えても、思いが溢れて涸れそうにありません。
ゆーくんはいつも、しつこい、って笑うけど、その笑顔さえ愛しいと思ってしまうの。
いつも困らせてごめんなさい。だけど、どうしても嘘をつけません。この気持ちを誤魔化すことも、隠すこともできないの。
好きです。
好きなんです。心の底から、あなたのことを愛しています。
はじめて会った時から、きっと灰になったとしても、この感情は冷めることなく、熱を帯び続けています。
大好きです。
メールが発信された理由はわかりませんが、ゆーくんと一緒にいられなくなるのは寂しいです。だけど、元気で過ごしていてくれたら、それだけでいいんです。
先にいなくなってしまって、ごめんなさい。ゆーくんはどうか長生きしてください。
あなたが幸せなら、銀千代以外の伴侶とくっついて子孫を残しても恨み言は言いません。後悔だけはしてほしくありません。どうか前を向いて、上を向いて、生きていてほしいです。
ゆーくんが落ち込んでいたら、銀千代もきっと悲しい気持ちになるから。ずっと笑って生きていてくれたら、銀千代も心の底から嬉しいです。たとえ私を忘れても、銀千代はゆーくんが幸せなら、それでいいんです。
ごめんなさい、いろいろ言ってきたけど、さっきのは嘘です。やっばり無理です、さみしいです。十年以上は引きずっててほしいです。銀千代だけを愛して欲しいです。私がそうしたように、骨まで愛して欲しいと願うのです。これはエゴでしょうか? でも、ゆーくんの幸せを心の底から祈ってしまうのです。
どうするべきか、相談できたら、いいのだけど……。
支離滅裂になってしまって、ごめんなさい。
文章なら、落ち着いた気持ちで書けるかなって思ったけど、やっぱり無理でした。結局気持ちをおさえられませんでした。
ゆーくん、愛しています。
いつも隣にいてくれて、一緒にいてくれて、本当に感謝しています。
ありがとう。
さようなら。
どうか、お幸せに。』




