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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ3:金守銀千代ラン
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第108話:West End Girls 2


 学び舎を旅立つ日の空は、今日と同じように晴れていた。吸い込まれてしまいそうなほど空は青く澄みわたり、花の香りが鼻孔をくすぐった。


 思い出を振り返っても、なにも特筆すべきことはない。普通という言葉で自分を慰めるには、充分すぎるほど素敵な三年間だった。

 幼馴染のせいで台無しにされそうになったのは事実だが、こうして無事に卒業証書を受け取れたのだから、振り返ればこの高校生活は、青春と名付けるには及第点だったのではないだろうか。


 皆勤賞やら優秀賞もなにも貰えないが、それでも俺は自分に頑張ったで賞を送りたい。

 仰げば尊しを歌い、涙を流すことはなかったけど、それなりにセンチメンタルな気分で学舎を見上げることができた。クリーム色の校舎が雲一つない青空に映えていた。

 普段はあまり話さないクラスメートと写真を取り合って、思い出話で盛り上がり、進路は違ってもまた遊ぼうなと社交辞令で肩を叩きあった。校門のところで後輩や部活の仲間に囲まれた花ケ崎さんがボロボロ泣いていて、なんだかつられて悲しい気持ちになったが、満開には程遠い桜の木の下に立つ銀千代を見て、涙が一気に引っ込んだ。


 白無垢を着ていた。


 和式結婚式の花嫁さんの格好である。


 イかれてるのか? この状況で。


 卒業式後に体育館から移動して行われた教室での打ち上げに姿が見えないから、なにか企んでるなとは思っていたが、なるほどお色直しだったか、と乾いた笑いがでた。


 血の気が引くのが正しい状況なのかも知れないが、角隠しからのぞく銀千代の晴れやかな表情はどこか清々しくもあり、艶やかで美しかった。俺もとっくにイカれちまったのかもしれない。

 銀千代の横には一升瓶を持った稲田さんが立っていた。


「ファーストミートです」


 酔ってんのか? といつかの酒乱っぷりを思い出してげんなりする俺に銀千代は杯を三つ差し出して、


「三三九度、する?」


 と微笑んだ。相変わらずクレイジーだ。


「未成年なんで……」

 丁重にお断りしたら、校門のほうからケラケラと笑い声が聞こえた。振り返ると、花ケ崎さんが涙を流しながら、手を叩いてた。


「二人はいつも相変わらずだね!」


 純粋無垢な祝福の言葉に「いやこれコスプレみたいなやつだから!」と声を大にして叫んだが、胸元に花をつけた元クラスメートたちは祝福の拍手を送るばかりだった。


 恥辱にまみれた思い出だ。


 幸福とはほど遠い。できる限りの黒歴史を産み出さないように慎重に行動している俺の足を引っ張るのはいつも銀千代だ。絶対同窓会とかでネタにされる。


「っう」


 まどろみの縁から顔をあげる。

 別のことで頭を悩ませていたら、頭痛はいつの間にか収まっていた。

 どれくらい眠っていただろう。再び目が覚めた時、日が暮れかけていた。


 窓の外を見ようとカーテンを開けた。空は紫色にグラデーションがかかり、沈み行く夕日は、薄く棚引く雲を金色に光らせていた。

 夕闇に浮かぶ蛍光灯に目を細める。隣家に人影があった。


「銀……っ!」


 女性がうずくまっていたので、窓を開けて声をかけようとしたところで思い止まった。違う。銀千代のお母さんだ。


「……」


 娘の部屋で泣き崩れている。写真がベタベタと貼られた異常な空間で、感傷に浸れるはずもないのに、うずくまって泣いていた。

 声なんてかけられるはずがない。早春の夕刻の風が、冷たく部屋に吹き込んだ。俺はそっとカーテンを閉め直し、机の上の小さな箱を見た。


 お菓子のようなアルミの箱。


 銀千代へのプレゼントだ。何てことはない、ただのバレンタインデーのお返しである。

 卒業式のあと、すぐに海外に撮影に向かったので、渡す暇がなかったのだ。

 芸能界の集大成を俺に見せるのだと意息巻いていたが、それがこんなことになるなんて、思いもよらなかった。


「……」


 プレゼントをポケットに突っ込んで俺は目をつぶった。

 ホワイトデーが何倍返しか忘れたが、望むにしろ望まないしろ、俺は銀千代からたくさんのものを受け取ってきた。


 受け取ったものは、返さないといけない。


 なにすればいいのか、方法はわからないけど、タイムリミットが迫っているのは確かだ。


 スマホでニュースのことを調べる。たくさんの記事、コメントが出てくる。いろんな情報をたぐり、読んでいくうちに、うっすらと嫌な予感がした。


 おそらく、身代金は支払われないだろう。


 冷静に考えてみれば当たり前だ。国家に対し、反逆的な組織に資金を与えることはあり得ないし、増長させるだけだ。テロ組織に対して交渉をしないというのは、国家において大原則なのだろう。

 それだと、もう、銀千代と稲田さんに救いはない。

 今更ながら、俺一人じゃどうしようもないということが、ひどく身に染みた。


『なにが正しいことかわからないけど、俺は銀ちゃんに生きていて欲しいから援助する』


 松崎くんから連絡が入っていた。


 一緒に画像が送られてきている。何かのスクリーンショットだった。


『銀ちゃんを救うためにクラウドファンディングが立ち上がってるんだ』


 画像は松崎くんが一万円を支援したとかかれていた。


『すごいな』


 立ち上がったばかりだろうに、支援金は二千万円を突破していた。額が異常である。テレビやネットで散々やっているからか。センセーショナルな話題であると同時に、銀千代がアイドル活動を行ってきたお陰で、いろんな人に愛されていた、ということが改めてわかった。頬が綻んでいた。一億ドルなんて間に合うはずもないけど、これだけの人が、あいつを助けたいと願っているのだ。


 俺だって銀千代には死んでほしくないと思っている。

 奇跡が起こるなら、少しでもその助けになるなら、俺はもうなにもいらない。


 リビングに戻ると母さんがテレビをぼんやりと眺めていた。


『邦人二名が人質にとられ、まもなく十二時間が経とうとしています』


 アナウンサーが神妙な顔で言う。交渉は難航しているらしい。テロ組織のアジトがわからないので、救助隊も動きようがなく、なにもできずに時間だけが過ぎていた。

 母さんはそれをぼんやりと気の抜けた顔で眺めていた。なにも情報をくれないテレビが危機感だけをあおっている。俺はリモコンで電源を切った。


「! 太一……」


 背後に立つ俺に今はじめて気づいたのか、母さんが取り繕うように笑顔を浮かべ、


「ごめんなさい。夕飯作り忘れちゃった。ピザでも頼もうか」

 と電話機に向かって歩きだした。


「母さん」

 その背中に声をかける。

「あのさ、相談したいことがあって」


「なによ。改まって。怖いわね」


「お金貸してくんない」


 単刀直入に言い過ぎて、ああ、ミスったなっと思ったけど、そんなの気にしている時間すら惜しい。


「……はあ?」

 母さんが怪訝な顔で振り向く。


「俺さ。大学やっぱりいいかなって思って。就職するよ。その入学金とか、授業料とか、使わなくなった分が少しでも浮くならさ、貸して欲しい、って思って。やっぱり今からだとキャンセル料とかとられちゃうかな」


「なにバカなこと言ってんの? いくら欲しいのよ」


「借りられるだけ、借りたい」


「なんのために?」


「……遊ぶ金。……就職して、社会に出たらすぐ返すから、いま、借りられるだけお金を貸して欲しいんだ」


「嘘言わないで。大体、そんなことにお金を貸すわけがないってわかるでしょ。あんなに勉強して合格したのに、棒にしたいの? キャンパスライフで青春を送るって言ってたじゃない」


「青春なんていらないよ。今、お金が必要なんだ。すぐに就職活動するから、お金稼げるようになるから、お願い、します」


「なんでそんな……」


 母さんはゾッとしたような表情で俺を見ていたが、「ああ」とやがて得心が言ったように小さく頷いた。


「銀千代ちゃんのため?」


「……違うよ。何度も言うけど、俺はあいつとは、ただの幼馴染で……どうでもいい、存在……」


 そんな端金で解決するような問題じゃないことはニュースを見ていた母さんが一番よくわかっているはずだ。だから否定をしたのに、母さんは優しく「太一」と俺の名前を呼んだ。


「あなたが銀千代ちゃんを思うように私もあなたを思ってる。あなたがいい大学を出て、いい会社に就職して、いい家庭を持ってくれたら、っていつも思ってる。もちろん、なにが幸せかは個人の感じ方次第だけど。少なくとも自分の過去の努力を蔑ろにして幸せを掴むことはできないと思うわ」


「……だから、どうでもいいんだって」


 自然と涙が出ていた。


「あいつがいないなら、未来なんてどうでも……いい。望まない。一人でいてもなにも楽しくない。ただなんとなく、それはわかるんだ。いまここで後悔するような生き方はしたくない。したくないんだ、 ……だから」


 だから、なんだ?

 わかってる。

 お金を借りられたしても、せいぜい百万円にも満たない額だ。そんなお金で銀千代を救えるはずがない。

 一億ドルっていくらだよ。桁がギャグすぎんだろ。どうあがいても無理な金額を要求するなんて、テロするようなやつらってやっぱ頭悪い。

 でも、それにすがろうとする俺が一番頭悪いのかもしれない。


「だから……お金を貸してください。俺が出来ることが何なのかはわからないけど、何もできなかったって後悔はしたくない……だって、銀千代は……俺の……」


 なんだ。

 続きが思い浮かばない。言い訳が思い浮かばない。なにも、なんにも、ただ口から空気だけが漏れる。


「太一……」


「うあああ」


 気づいたら、泣き叫んでいた。

 子どもが駄々をこねるのと同じように、うずくまって、ただ自分の無力さに泣くことしか出来なかった。


「……」

 惨めだ。

 俺は何がしたいんだ?

 とんでもない間抜けじゃないか?

 カッコ悪い。ダサすぎて、涙が止まらない。

 母さんがそっと俺の肩に手をやった。


「私ももちろん銀千代ちゃんが大事よ。義理の娘になる子だもの」


 ツッコミたいのに、嗚咽のせいで声が出なかった。


「だけど、あなたが私の中で一番大事なの。お腹を痛めて産んだ子ですもの。あなたの未来の幸せために、過去の自分の努力に報いるために、入学金を渡すことはできない。他にできることを探しましょう。私もいっしょに考えるから

 そんな方法が思い浮かぶなら、俺は即刻外務省に乗り込んでいる。時間がない。時計の音が静かに鼓膜を叩き続ける。無駄に過ごしてきた時間を貯金できてて、今使えたらいいのにと無い物ねだりをし続けるしか俺には出来なかった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ゆーくん!!!!!!!!!うわぁああああああ!!!!!! [一言] 自分の未来さえ手放してしまえるほど銀千代のことが好きとか・・・うぅ・・・ ゆーくんの悲壮感のある台詞が辛い・・・なんとか…
[良い点] えらいよ太一くん…何ができるかわからないから何もしないを選択しがちな自分を恥じます! 大学生編飛ばして社会人編もありですね!!!() 更新ありがとうございます!
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