第12話:十月のゾンビは哲学的な夢を見ない 前
俺の高校では十月の最終週に文化祭が行われる。うちのクラスの出し物はお化け屋敷だった。
メイクやセットの出来も申し分なく、強いて不安材料あげるとすると脅かし役の演技力だった。
コンセプトはゾンビ病棟。
寝たきりが治ったおじいちゃんゾンビという悲哀溢れる繊細な演技が俺に要求された。
B級の香りしかしないが、案外こういうのの方が一般受けがいいのだ。
演劇部員の熱い指導のもと、完璧なゾンビになりきった俺は隠れ場所のロッカーでお客さんが来るのをジッと待っていた。
ただ「うーうー」言いながら飛び出すだけだが、簡単に悲鳴が上がるので、ちょっと気分がいい。
扉の隙間から、外の様子をうかがう。
お客さんの影が見えた。息を潜めてタイミングをはかる。
よし 、いくぞ、
3、2――
「いたいたゆーくん」
「うぉおぉぉお!?」
「探したよぉ」
飛びだすより先に、無遠慮に隠れ場所のロッカーが開けられた。
あまりにも突然の行動で心臓が口から飛び出しそうになった。
「お、おま、びびらせるな……」
立っていたのは銀千代だった。
「? ごめんなさい」
ケロッとした顔で銀千代は続けた。
「それより、ゆーくん、銀千代は怒っています。朝、一緒に登校しようって言ってるのに先に行っちゃうなんて。事前に言っておいてくれないと対応出来ないでしょ」
文化祭の準備と段取り決めで俺のクラスは七時集合だったのだ。
「いや、約束してないじゃん。つうか、お前、その格好なんだよ」
暗くて気付くのに遅れたが、
銀千代はなぜかボロボロの服を着ていた。
ストリートファッションのようだが、布の至るところが切り裂かれており、茶色い染みが点々としていた。布の隙間から白い肌が露出していて、いつもより妙に扇情的だ。
巷ではこういうのが流行ってるのか?
「んふふー、似合ってる?」
その場でくるりと一回転する。
ドレスを見せびらかす女の子みたいだった。
「自転車で転んだのか?……ちゃんとした服着ろよ。仮にもモデルだろ」
「ち、ちがうよ、ほら、見て、頬!」
慌てたように銀千代は自分の頬を指差した。
「あ、また顔の皮膚剥がそうとしたのか! 自傷行為やめろっていっただろ! メンヘラアピールはうざいだけって何回言ったらわかるんだよ!」
銀千代の頬には生々しい爪痕が走っていた。赤く線になった傷は皮膚が盛り上がり、生々しく輝いている。
「ち、ちがくて、これは特殊メイクだよ!」
「メイク? なんで、そんな……あ、そういうことか」
どうやらゾンビのコスプレらしい。
「だからなんとなく顔色も悪いのか。病みメイクってやつか?」
「? 頬っぺた以外はノーメイクだよ」
冷静に思い返して見ると、いつも病みメイクみたいな目をしていた。
「てか、なんでコスプレなんてしてんだ。俺のクラスはお化け屋敷だから仕方ないとして、お前のクラスの出し物、フリーマーケットだろ。子ども泣くぞ」
「ペアルックになりたかったんだ」
確かに俺はゾンビの格好をしているが、ペアルックの概念が崩壊してやいないか?
「それに今日はハロウィンだからね」
銀千代はニタニタ笑って両手を上にして俺に突きつけた。
「トリック・オア・トリート!」
しまった。これが狙いだったのか。
去年とかお菓子あげられなかったら、「じゃあ、イタズラしちゃうね」と脇腹擽られたのだ。
こんなところで笑い声をあげたら、おどろおどろしい雰囲気が台無しだ。クラスのみんなのためにもなんとかしなければ。
とりあえずポケットをまさぐってみる。
落ち葉が入ってた。
「……」
「えへへ、お菓子くれないとイタズラしちゃうよー。ちょっとエッ」
これ渡したら流石にキレるかな?
銀千代なら許してくれそうだけど。
「あ」
右側のポッケは落ち葉だが、左のポッケにはあめ玉が入っていた。
「ほい」
差し出す。当番に入る前に、「残念賞だったからあげるよー」と出店のヒモ籤の景品を花ケ崎さんからもらっていたのだ。
「ほら、菓子やるよ。トリートだトリート。さっさと帰れ」
「……むむ、こんなはずでは……」
銀千代は口惜しそうにあめ玉を受け取った。
「お菓子もらえなかった銀千代は欲望を暴走させて、ゆーくんと悪戯するはずだったのに」
「……はやく帰れよ。次のお客さんが来ちゃうだろ」
徐々に後続の悲鳴が近付いてきている。
「むぅ、しょうがないなぁ。ゆーくん、あと二十分で上がりでしょ? 一緒に文化祭まわろうよ」
「なんで俺のシフト把握してるんだよ」
「グループラインに花ケ崎さんが一日シフト上げてたから」
「まだ俺のアカウント共有してんのか? やめろっていっただろ!」
「共有してないよ。一年二組のクラスラインに銀千代も入ってるから」
一年二組は俺のクラスで、一年一組が銀千代のクラスだ。大抵のやつのアカウント名が本名じゃないので気づけなかった。
「なんでだよ。退出して自分のクラスのに行けよ」
「馴染めてないんだよねぇ……」
「うちのクラスに来すぎだからだろうが!」
二学期になって多少は落ち着いたが、一学期はクラスメートかと思うレベルで来訪していた。
「うーん、でもまあ、ゆーくん以外はいらないから別にいいかな。じゃ、またあとでね」
手を小さくふって、軽やかな足取りのまま銀千代は先に進んでいった。
「くそ、なんなんだよ、あいつ……」
文句をいいながら、ロッカーのドアを開けて、なかに帰る。そのタイミングでお客さんとすれ違った。
「あ……」
「あ、ども……」
気まずいの極みだった。




