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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第一章:金守銀千代は恋をする
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第11話:九月は埋まらぬ彼我の差を 後



 銀千代はうなだれて泣きじゃくっていた。さらさらとした髪が御簾のように垂れ下がっている。


「ううっ……」


 右頬にガーゼをつけていた。どうしたのだろう。

 おばさんは職員に会釈をして、パイプ椅子に腰を下ろした。


「相手の人には謝ったの?」


 声をかけられた銀千代は、上目遣いでちらりと母親を見た。病的な目をしていた。……冷静に考えたら、いつもと同じ瞳だった。


蛇蝎磨羯(だかつまかつ)(たぐい)に謝る気なんてないよ。あの男は銀千代の不倶戴天(ふぐたいてん)の敵で、許されざる者だから。必ずや然るべく報いを与えてやる」


「そう。謝罪文は私と事務所でてきとーに考えとくわ」


 おばさん、職員の人が聞いてるよ。


 おばさんは事務的な会話と今後の取り決めをテキパキと決め、「じゃあ、あとはまかせた」とキラーパスを俺に投げ掛けてきた。


「え? ええ?」


 おばさんの代わりにガラス越しに銀千代と対面する。


「……よ、よぅ」


「って、なんでゆーくんが!?」


 俺がいることに気づいてなかったらしい。

 泣きはらした赤い目をしていた。


「……」


「……」


 無言でみつめあう。


「……すこし痩せたか?」


 とりあえず、こういう時にありがちな質問をしてみたが、


「べつに……変わってないけど……」


「そうか……」


 普通に返されて、会話が途絶えた。


 しばし、無言の時が過ぎる。


 夏を惜しむようなセミの音が、留置場の壁の向こうから微かに聞こえた。

 銀千代の目尻にジワジワと涙がたまっていった。


「ゆーくぅん、ごめんなさいぃ、……銀千代、汚れちゃった……」


「……なにが?」


「ゆーくん以外の男に、ううっ、唇を奪われちゃったの……ごめんなさい」


「ああ……」


 なんて声かけたらいいかわからなかった。女子ってわりと気にするもんな。


「あんまり深く考えるなよ。そういうのってお互いの気持ちが一番大事だから、気持ちがこもってなかったらノーカウントだと思うぜ」


「そうだよね……ファーストキスはゆーくんだから、まだましだよね……うん、ありがとう、ちょっと元気でた」


「……え?」


 俺にはファーストキスの記憶が無かったが、突っ込むのはやめておくことにした。


「それよりお前、頬どうしたんだよ」


「皮膚剥がそうとしたの。舐められて汚れたから」


「……」


「ごめんね、ゆーくん、全部はがす前に止められちゃった……」


 メンヘラは手首の傷をひけらかすと聞いていたので、銀千代はメンヘラじゃなくてストーカーだなぁ、とか思ってたけど、やっぱりメンヘラだったみたいだ。


「自傷行為はやめろ。見てて痛くなってくるだろ。なにも汚れてねぇよ。お前に汚いところなんて一つもない」


「……でも、ゆーくん、処女厨じゃん……」


「一回もそれ肯定してないから……」


 否定もしてないけど。

 肩を落としたまま、銀千代は呟いた。


「……純潔を保てなかった銀千代なんて……、ゴミみたいなもんだよ……。ゴミ千代だよ……罵ってくれていいよ……新しい扉、一緒に開く?」


「なにアホなこと言ってんだ」


「やっぱり、銀千代のこと、嫌いになった? ……嫌いになって、当然だよね……」


「毎度毎度のことだけどよ」


 銀千代を睨み付ける。


「俺の気持ちを勝手に決めんなっ!」


 苛立ちからダンと目の前のテーブルを叩いてしまった。銀千代が一瞬びくり目を丸くした。


「お前が見てきた俺はその程度のことで幻滅するようなダサい男だったのか?」


「!?」


「なにが起ころうと、なにを起こそうと、今さらお前の評価変わんねぇんだよ!」


「そう、だよね! ゆーくんは銀千代のこと変わらずに愛してくれるよね」


 いや、元々は愛しているわけではない。変わらずただの幼馴染という評価だ、が、それを言葉に出すのを野暮に感じた。


「銀千代が知ってるゆーくんは、銀千代が、どんなことしても愛してくれて、やさしくて、慈悲深くて、盗撮も盗聴も尾行も監視も、なにしても許してくれてきたんだもの」


「許してはない。あとなんか色々と誤解がある」


「たとえ、どんなに汚れても、ゆーくんは銀千代のことを、愛してくれる……」


 陶酔するようにうっとりとした目で天を仰ぐ銀千代。まずい、話が飛躍しすぎている。


「おい、まて、落ち着け、話聞け。限度はあるからな」


 いま限度ギリギリだから。


「ありがとう、ゆーくん、お礼に結婚式の費用は全部銀千代が出すね」


 実の親の前でよくもまあそういうこと言えるな、こいつ。

 ため息を大きくつく。


「もう、なんでもいいや。しばらく刑務所で頭冷やせ。他人を傷つけたことは事実だし、軽率な行動は控えるようにしろよ」


「うん。わかったよ」


 銀千代は晴れやかな笑顔で大きく頷いた。いつもの調子が戻ってきたらしい。

 話もすんだので、パイプ椅子から腰を浮かし、部屋から出ていこうとしたところ、


「あっ、そうだ。母様」


 銀千代は俺の前に立っていた自身の母親に声をかけた。


「こちら未来の旦那様のゆーくん」


「銀千代、軽率というのは、そういう行動のことを言うのよ……」


 なんでこんなしっかりした母親持ってるのに、銀千代はこんなんになってしまったのだろう。


 こうして十分程度の面会が終わり、おばさんの運転で帰宅した俺は、プレステ4の電源をいれ、フォールガイズをエンジョイすることにした。


 しばらく銀千代と会わずにすむのだ。羽を伸ばしてもいいだろう。


 あいつも数日、塀の中で過ごせば、熱くなった脳みそも少しは冷めてくれるはずだ。

 話に聞く限り、相手の男の人は軽傷ですんだみたいだし、たいした罪にはならないだろう。


 ともかく今は自由を楽しむぞ!




 翌日、銀千代が出所した。


 呆然とする俺の前に,制服姿の銀千代が「じゃん!」と現れた。玄関に来られたらどうすることもできない。


「はえーよ……もっと、ちゃんと罪を償えよ……」


「罪? 銀千代なんにも悪いことしてないよ。だから、少年審判も必要なくて、監護措置にも満たないって、判断してくれたんだ。司法は真っ当だったね」


 くそ、なに言ってんのかわかんねぇけど、たぶん厳重注意うけただけ的なやつだろうか。


「会えない時間が、二人の愛を深めたね……」


 前科もなく、汚れもなく、臆面もなく、銀千代は清々しい顔で呟いた。


 深まるほどの愛など、元からなかったはずだけど、少しだけ、喜んでいる自分がいることに驚いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 少し、ほんの少しでも恥じらいやらを手に入れれば楽勝なのにこの子は……! 良かった、母様はまともで本当に良かった。
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