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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ3:金守銀千代ラン
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第95話:十一月のラブソングを探して


 初冬の空気はツンと澄んでいて、十数分の登校で、芯まで体が冷えていた。

 コートを丸めてロッカーに置き、自分の机に戻ったら、ギターを持った銀千代が立っていた。


「ゆーくん、ラブソング作ったから聞いて」


「……」


 凍った思考回路では状況を上手く飲み込めない。


「お前、そのギターどうした……」


「買った」


「今朝持ってなかったじゃん」


「学校に置いておいたの。サプライズしたくて」


 銀千代はにこにこしながら、青色のギターを抱えて、俺の椅子に腰かけた。のけ。


「朝イチはちょっとカロリー高いな」


 すでに胃もたれしそうだ。


「弾けるのか?」


「練習した」


 バッと指三本立てたロックサインで指を見せてくる。

 包帯が巻いてあった。


「いつの間に……全然気付かなかったな」


「銀千代のウチ、防音室あるからね」


 なんでそんな部屋があるんだろうね。


「それは大変だったな。おつかれさん。帰ったらゆっくり聞かせてくれ」


「それでは聞いてください。ゆーくんへ捧ぐラブソング。わん、つー、わん、つー、すりー、はい」


 銀千代がピックを滑らせる。小気味良い音がした。

「ん?」「なんだ?」「ギター?」

 ざわめきと共に、教室中の視線が集まる。

 いや、思ったより音量でけぇぞ。

 ジャンジャンとリズミカルな音が教室に響く。全く関係ないけど三国志の銅鑼を思い出した。


「お、おい、銀千代」


 なんだよ、これ、色々ときついって!

 好きな人に向けたラブソングつくっていいのはバンドマンだけなんだよ!


「ま、待て待て、落ち着けよ。心の準備をさせてくれ。頼むから」


「どーしていつも私の気持ちをー」


「おい!」


「わかってるくせに わからないフリをするのか 私にはわからないけど でも本当はわかってるって あなたが私を好きってこと」


「無駄にうめぇ!」


 と一瞬感心しそうになったが、このままにしておくのは不味い。ハズい。たまらず銀千代に駆け寄って、演奏を止めさせようとしたら、ガッと肩を掴まれた。

 鈴木くんだった。


「染みるぜぇ……」


 イカれた目をしていた。ゾッとした。肩を回して振りほどいたら、もう片方の肩をまた誰かに掴まれた。花ケ崎さんだった。


「染みるねぇ……」


 イカれた目をしていた。ゾッとした。肩を揺さぶって振りほどこうとしたが、なかなかうまくいかなくて、ヘドバンしてるみたいになった。別にノっているわけではない。


「あなたが好き 大好き とっても好き 愛してる 愛してる だからあなたも私を愛してほしい 今でもすごく愛してるってわかってるけど 言葉にしてほしいと思ってるんです アイラブユー」


 俺の心の丸尾くんが叫ぶ。ズバリ、電波ソングでしょう。

 アコギには合っていないくそみたいな歌詞だ。でも演奏テクニックは無駄にすごい。それだけに歌詞とメロディがゴミすぎて勿体ない。泣けてくる。才能を浪費しすぎている。

 いつの間にか教室の雑談は収まって、周りには人だかりができていた。廊下から、他のクラスの連中が「なにごとか」と教室を覗きこんできていた。手拍子をして、盛り上げるイカれた連中まで現れ始めている。この学校はもうダメかもしれない。


「くっ!」


 演奏を止めようと銀千代に近付こうとするが、両肩をがっつり押さえられているため上手くいかない。鈴木くんと花ケ崎さんはもう洗脳()られたみたいだ。目が死んでる。


「やめ、もう、頼むから!」


 ジャンジャンといい感じのメロディラインが続く。終わりが見えてきて、ほっと安堵したのもつかの間、


「どーしていつも私の気持ちを」


 二番に入った。


「知ってるくせに 知らないフリするのか 私はすこし寂しいけど でもたぶん全人類が知ってるって ゆーくんが私を好きってこと」


「好・き・バ・レ!」


「!?」


 教室で手拍子していた連中が合いの手いれてきた。ちきしょう。案の定、仕込みだ。これ。


「ゆーくんが好き 大好き とっても好き 愛してる 愛してる だからゆーくんも私を愛してほしい 今でもすごく愛してるってわかってるけど 言葉にしてほしいと思ってるんです アイラブユーくん」


 メロディがスローテンポになってくる。

「頼む……っ!」

 終わってくれっ!!


「あーーーあーーー」


 Cメロ入った。死ね。


「ゆーくんがいるから 頑張れる 生きていける だからお願い しーなーなーいでー」


「……シテ……」

 殺してくれ。


「ゆーくんが好き 大好き とっても好き 愛してる 愛してる だからゆーくんも私を愛してほしい 今でもすごく愛してるってわかってるけど 言葉にしてほしいと思ってるんです アイラブユーくん」


 ジャカジャン。

 とかき鳴らして演奏が終わる。顔が熱い。冷えた通学路から暖房の効いた教室に来たからだろう。そうに違いない。

 無限に近い時間を感じたが、なんとか耐えることができた。ありとあらゆる穴から血が出るかと思った。


 キュッ。と銀千代がギターを鳴らした、瞬間、

「ワァアアアアアアアアアア!」

 と歓声が起こった。


「すげぇ! 感動したよ!」

「なんつぅ、テクニックだ! ウチのバンドに入ってくれ!」

「綺麗な歌声」

「ところでゆーくんってなに?」


 気絶できたらどれだけ幸せだったろう。俺は周りの熱狂についていけず、呆けるだけだった。


「ゆーくん、どうだったかな?」


 照れたように銀千代が聞いてくるが、歓声で聞こえないふりをした。


「俺途中からだったんだけど、なにやってたの?」

「芋洗の銀ちゃんがゲリラライブしたんだってさ!」

「誰かムービーとってないの?」

「ええ! もう一回やってくれないかな」


 銀千代が何か言っているか、外野がうるさくてよく聞こえなかった。

 聞こえないフリをしていたからか、喧騒はやがて、一つのまとまった声になり始めていることに俺は気付けなかったのだ。


「アンコール!」

「アンコール! アンコール!」


 嘘だろ、と周りを見渡す。全員が手拍子をしている。銀千代が困ったように後頭部を掻いた。


「やめろ!」


 俺は叫んだが、声援に飲まれて届かなかったらしい。銀千代はにっこり笑って親指をたてて、アコギを構えた。

 やってやれ! と俺の言葉を勘違いしたらしい。ふざけんな、お前、七歳のときに読唇術極めたんじゃねぇのかよ!


「聞いてください」


 ジャガジャンと音をたてて、銀千代は歌い始めた。



-------------------------------


ゆーくんへ捧ぐラブソング

作詞作曲・金守銀千代


どうしていつも私の気持ちをわかってるくせに

わからないフリをするのか私にはわからないけど

でも本当はわかってるって

あなたが私を好きってこと


あなたが好き

大好き

とっても好き

愛してる 愛してる

だからあなたも私を愛してほしい

今でもすごく愛してるってわかってるけど

言葉にしてほしいと思ってるんです

アイラブユー


<♪>


どうしていつも私の気持ちを知ってるくせに

知らないフリするのか私はすこし寂しいけど

でもたぶん全人類が知ってるって

ゆーくんが私を好きってこと


(好きバレ!)


<※>

ゆーくんが好き

大好き

とっても好き

愛してる 愛してる

だからゆーくんも私を愛してほしい

今でもすごく愛してるってわかってるけど

言葉にしてほしいと思ってるんです

アイラブユーくん


ああ

ゆーくんがいるから頑張れる

生きていける

だからお願い

死なないで


<※繰り返し>


-------------------------------


「ワァアアアアアアアアアア!」


 オーディエンスのノリは最高潮。万雷の拍手を送る世の中のアホども。


「今年の紅白決まったな……」


 ポツリと涙を流しながら鈴木くん言う。先月中旬には決まってたよ。


「みんな、ありがとう! ありがとう!」


 銀千代が目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭う。なんだこの空間? 俺が狂ってんのか?


「最後の曲になりました」


「えー」と観客から残念そうな声が上がる。待て待て待て、いつからライブになったんだ。


「いまから十七年と十ヶ月前のその日、ある一つの命が生まれました。この世に生まれる確率は五十兆から八十兆分の一だそうです。そのうえ運命の二人が出会う確率は七十六億分の一。そんな奇跡を綴った曲です。聞いてください。コノヨノハジマリ」


 デスメタルみたいなタイトルを呟き、銀千代がアコギ愛しそうに撫でたとき、 チャイムが鳴った。

 朝の時間が終わり、学生の時間の始まりである。


「あ」


 天使のラッパのようだった。今まで聞いたどの音楽よりも俺の心が揺さぶられた。


「……さっさと席つけ」


 とっくに来ていた担任が呆れたようにみんなを嗜める。なんだかんだで見守ってくれるいい先生だ。「ちぇ」と舌打ちまじりに全員がぶつくさと自分の席に戻っていく。


「じゃあ、ゆーくん、またあとでね」


 俺の椅子に座っていた銀千代と交代するように俺は席についた。


「あ、銀千代 」


 バラバラとはけていくクラスメートと共に自分の席に戻ろうとする銀千代を呼び止める。


「ん?」


「もう二度と、ギターひくなよ」


 心の底からお願いだった。椅子に残った銀千代の温もりがはやく消えることを願った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 狂気の作詞 (好きバレ!)の謎の良さ そして紅白出場 [一言] 銀千代の体温を感じた時のゆーくんの心境を割合が気になる
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