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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ3:金守銀千代ラン
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第94話:十一月の銀杏は降りやまず


 吐き出す息はいつの間にか白く染まり、冬の訪れを肌に感じる帰り道。

 自習室で二時間程度勉強しただけなのに、日は暮れ、辺りはすっかり真っ暗だった。

 落ち葉がヒラヒラと落下していく。そらだけで、なんでもないのにもの悲しい気分になってくる。


「あれー、トワさんいま帰り?」


 ポンと肩を叩かれた。

 花ケ崎さんが立っていた。


「ちょっと自習室にいたから。花ケ崎さんも帰り?」


「うむうむ。ちょっと後輩に演技指導してたのさ。にしても遅くまで勉強なんて偉いねぇー」


 花ケ崎さんはチア部のOBである。

 爽やかな笑顔でツレだって歩きだす。

 花ケ崎さんはたしか電車通学だったな。夜空に消えかけの三日月がポツンと浮かんでいる。この時間だと帰宅ラッシュで大変じゃないのかな、とぼんやり思った。


「そういえば銀ちゃんは?」


「なんか今日予定があるから早く帰るんだってさ」


 放課後自習室に向かおうする俺の背中に銀千代はすがり付いて、

「今日は二人の記念日だから早く帰ってきてね」と涙ながらに語り、「サプライズの準備で銀千代は前のりしてるね」と帰宅していった。予告ドッキリというやつである。


「銀ちゃんがトワさんほったらかしなんて珍……ん?」


 ブーブーとスマホが震える音がした。

 俺のかと思ってポケットまさぐったが、シンと静まっている。ちらりと正面を見ると花ケ崎さんの着信だったらしい。


「あ、銀ちゃんだ」


「出ない方がいいよ」


「もしもし? 銀ちゃん、どしたー?」


 忠告を聞く前に花ケ崎さんは応答をスワイプしてスマホを耳に当てていた。あーあ、知らね。


「……え? あ……、切られた」


 直ぐにスマホを耳から離す花ケ崎さん。


「銀千代なんて?」


「なんだろ、英語でなんか言ってた」


「英語?」


「ドゥーユーワナダイって」


 死にたいのか?


「怖っ……」


 まず花ケ崎さんにストレートに脅しかけているのもそうだけど、行動が完全に把握されているのが恐怖だ。

 GPSか?

 GPSなのか?

 制服には発信器ついてないと思うけど、そうなるとまた俺のスマホの位置情報を勝手にオンにして共有アプリで見てるのか?

 念のためGPSが稼働していないか確認しようとスマホを見たら、銀千代から着信があった。

 よし、拒否。


「なんだろぉ、銀ちゃん、なに言ってたのかな? かけ直した方がいいかな? 怒らせちゃったのかな……」


 しょんぼりと肩を落とす花ケ崎さん。少なくとも彼女に悪い要素は一つもない。


「いや、いつもの通り銀千代が暴走しているだけだから、そんな気に」


 着信。

 拒否。


「する必要ないよ。なんだかんだで銀千代も花ケ崎さんのこと一番の友達だと思ってるだろうし」


「え、ほんと? それだとすんごいうれしぃー」


「実際学校で銀千代が話すのって俺か花ケ崎さんくらいだしさ。芸能生活で麻痺した感覚をと」


 着信。

 拒否。


「り戻すのに花ケ崎さんには本当に助かってるっていつか言ってた気」


 着信。

 拒否。


「がするよ。ただ友達とのつきあい方は相変わらずわからなくて、距離感がバグってるから、変な冗談をぶちかましてくるんだけど、そうい」


 着信。

 拒否。


「うとこは、大目に見てやってほしいと思う」


「……さっきからめっちゃケータイ鳴ってない?」


「ああ。銀千代から。番号着拒にすると別の端末からかけてくるから、結局マナーモードで無視が一番効率いいんだよね」


「え、出ればいいじゃん」


「きりがな」


 着信。

 拒否。


「いんだよ」


 電源をオフ。

 ふぅ。


「えー、トワさん、そういうのよくないと思うな」


「え、なにが?」


 花ケ崎さんは非難するように唇を尖らせて俺を見た。


「女の子から通話誘うの、けっこー勇気がいるんだよ」


「そうなの?」


 勇気とはいったいなにか?


「ドキドキするわけ。こっちから誘うのって。もし断られたらやっぱりショックだし、声聞きたいだけなんだけど、誘ってもらうのを待ってるんだよ」


 なにそれめんどくさ。


「そんななか自分から電話かけるのってそれぐらい好きってことだから。応答してあげなくちゃかわいそうだよ。銀ちゃん傷ついてるよ」


「……」


 あいつが傷つくような玉か?

 と思ったが、一軍女子花ケ崎夏音の前で文句は言えない。なぜなら俺は三軍男子だからだ。

「あ、はい」と曖昧な返事をして、落としたばかりのスマホの電源を入れ直す。


 画面の立ち上がりの最高明度に目がくらみながら、パスワードを打ち込んで折り返ししてやろうとしたら、一瞬にして画面が銀千代からのメッセージで埋め尽くされた。


「ゆーくん、いまなにしてる?」

「ゆーくん、いま帰り道?」

「ゆーくん、隣の女、危ない」

「ゆーくん、騙されないで」

「ゆーくん、そいつ、悪魔」

「ゆーくん、目を覚まして」

「ゆーくん、銀千代、ゆーくんが心配」


「ひょえ……」


 久々に恐怖から声でた。


 ポンポンポンポンと不在着信を知らせるポップアップ。計六件。あの短時間でだ。

 俺、スマホ持つのやめようかな。


「ほらほら早く銀ちゃんに電話かけてあげなよー」


 事情を知らぬ花ケ崎さんがからかうような笑みを浮かべて俺の脇をつつく。どこから見られているかわからないからやめた方がいいと思いながら、


「その必要は……ないかな」


 とポツリと独りごつ。


「え、銀ちゃん、寂しがって」


「すぐかかってくるから……」


 と言ったすぐそばで着信。

 応答。

 こちらからかけると電話料金もばかにならない。


「もしもし?」


 スピーカーを耳に当てる。


「ぐす……ぐす……」


 わざとらしく鼻をすする音がスピーカーから聞こえてくる。


「銀千代?」


「ゆーくん……ぅう」


 浅くついたため息が音の波に乗らないようマイクを少し離してから、つく。できるだけ平静を装って「電話かけてきてどうしたんだよ」と訊ねた。


「うっ、うっ、近くに、女、いる?」


 いや、どうやって見てんのか知らんが、答えわかってんだろ、と鼻で笑いそうになった。

 ちら、と顔をあげて花ケ崎さんを見る。茶化すようにニヤニヤしているが、いま、彼女の命は俺の手のひらの上にあるのだ。


「ああ。いるけど。花ケ崎さんが」


「なんで……酷いよ。ゆーくん……っう、どうして、浮気するの?」


 しゃくり混じりの声で責められた。浮気じゃねぇだろ、どう考えても。


「いや、帰り道でたまたまあっただけだから」


「振り払えたよね。最初に声かけられたとき。ダッシュで逃げれたよね。銀千代のことを思えば」


 なんで遠くにいるくせに俺の行動完全に把握してんだよ、こいつ。


「いや、友達だし、そんなことする必要なくないか?」


「必要あるよ。だってゆーくんと銀千代は……。……っう、っう」


「なんなんだよ……」


 躁のときと鬱のときの銀千代がいて、今日は久々の鬱らしい。薬でもやってんのか?


「ゆーくん、今日、なんの日かわかる?」


「なんの日?」


 なんの日でもない。ただの平日だ。明日は勤労感謝の日で休みだけど。

 首をひねりながら考えるが、特に思い浮かばない。


「あ」


 花ケ崎さんがポンと手を合わせて微笑んだ。


「11月22日はいい夫婦の日だよ!」


「あー、いい夫婦の日か」


 だから、なんだよ。


「正解! さすがゆーくん!」


 一転明るく朗らかな笑声。


「大切な記念日だからね。早く帰ってきて。今日はごちそう用意したからね!」


「いや、なんの関係もないだろ。俺とお前の人生において……」


 頼むから独りよがりはやめてくれ。


「そっかそっかいい夫婦の日だから銀ちゃん早めに帰ったんだね。さすがだなぁ……」


 花ケ崎さんが納得したようにうんうんと頷いている。本当にそう思ってる?


「そこのメスネコに伝えて。今日は記念日から恩赦にするけど、次はないって」


「……」


 ものすごく低い声で言われた。


「さ、ゆーくん、早く帰ってきてね。特別なスープをゆーくんのために用意したんだ。あったかいんだからぁ」


「ふるぅ……」


 電話を切る。

 ため息をつく。白く染まって夜空に消えた。


「銀ちゃん、なんて?」

 花ケ崎さんが人の祝福を純粋に祝う朗らかな笑みを浮かべて聞いてきた。


「えーと、夜道気を付けろって」


 はらりはらりと黄色に染まったイチョウの葉が舞っている。


「さすが銀ちゃんだなぁ」


 対変わらず銀千代のシステムはオールレッドでコミュニケーションは不全だ。






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― 新着の感想 ―
[良い点] この間の話があってから花ヶ崎さんに親近感湧いていたので登場嬉しい あと毎回思ってるけど三次元と日付が同じなのなんかこの世界のどこかで二人が生きてる感を強く感じられて“良い” 電話連打にも慣…
[良い点] あまりにもフルスロットルなギンティヨ…最高だな…
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