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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第一章:金守銀千代は恋をする
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第11話:九月は埋まらぬ彼我の差を 前

 銀千代が逮捕された。


 出落ちみたい展開だが、事実だ

 罪状は傷害。

 俺が事件のあらましを知ったのは、今日の放課後のことだった。



夕闇(トワ)さん、こんなとこいていーの?」


 放課後、カバンを背負ったら、クラスメートの花ケ崎さんに声をかけられた。夏休みの間にパーマをかけたらしく、ふわふわとした髪を揺らしながら心配そうに聞いてきた。


「あれ、花ケ崎さん、二メートル以内入ってるけど……」


 ネトゲの友達(フレ)でもあった花ケ崎さんは銀千代と友達(リアフレ)になるため、俺との縁をむりやり切らされたのだ。


「今日銀ちゃん休みだから、いいっしょ。つうか、銀ちゃんいま大変なことになってんの知んないの?」


「あいつはいつも大変なことになってるから、気にしないようにしてるんだよ」


「銀ちゃん、逮捕されたよ」


「はぁ!?」


 俺、被害届だしてねーぞ。


 混乱する俺に、花ケ崎さんは、「ん」とネットニュースが表示されたスマホを俺に突きつけた。


【握手会でアイドルがファンに暴行!】


「……アイドルがファンに? 逆じゃないの?」


「いいから記事よんで!」


【九月四日、午後四時頃、人気アイドルグループ 芋洗坂(いもあらいざか)39のメンバー、金守銀千代さん(15)が、ファンの男性に罵声を浴びせ、殴りかかったことで身柄を拘束された。

 事件は県民ホールにて行われた握手会にて発生。なごやかな雰囲気で行われていたイベントは一部の過激なファンの行為により一変。

 目撃者は「銀ちゃんに無理やりキスしようとした男が返り討ちにあった」と記者の取材に応えている。】


「……いや、意味わかんないだけど……」


 そもそもにしてあいつがアイドル活動しているだなんて知らなかった。ドクモだけじゃなかったのか。


「YouTubeに動画上がってるよ。ほい」


 花ケ崎は眉間に皺寄せながらスマホを操作して、画面を俺に見せた。


 長机の向こう側に立つフリフリな衣装を着た銀千代が、列を作る男性たちと笑顔で握手していく動画だった。

「あ、あーくん、三回目だね」

「わっ、銀ちゃん、覚えてくれてるんですか」

「うん、記憶力良いから一度見たことは大抵覚えるんだ」

「わわわっ、恐縮です。ありがとうございます!」

「また鼻毛出てるよ。ちゃんと切ってね」

 ぶんぶんと握手を交わす。あいつの芸能活動の一幕を見るのはずいぶん久しぶりだ。

「あ、鈴木さん。一ヶ月ぶりだね。ペットのタロちゃんは元気?」

「銀ちゃん、よく覚えてるね!」

「タロちゃんかわいいから。銀千代も将来わんちゃん飼おうと思ってるんだ」

 なかなか人気らしい。

 まあ、顔はいいし、外面もいいから人気が出るのも頷けるが、知り合いのこういう姿みるのは気恥ずかしくなる。

 一人十数秒の握手が流れ作業のように過ぎていく。

 最後に銀千代の手を握った人物の異様な雰囲気に俺はギョッとしてしまった。

「はじめましてだね。お名前はなんていうの? 銀千代は銀千代っていうんだ」

「……」

 男は無言だった。いつかの通学路にいた熱狂的なファンとはまた違ったヤバさを感じた。やはり類は友を呼ぶのだろうか。

 警備員が異変に気付いたのか、男に向かって駆け出している。

「応援ありがとね」

「前世……」

「ん? 声が小さいから大きく話して」

「前世っ、からッ!」

「わっ、声でかいよ。ボリューム下げて」

「前世からの運命が、俺たちを結びつけてる!」

「それはないかなぁ」

 遠い目をする銀千代の右手を男はぐいっと引っ張って、頬に無理やりキスをした。銀千代の目が見開かれる。

 男の長い舌がそのまま銀千代の唇にむかい、滑るように移動した。

「Ω■▲○$○!!!!」

 銀千代が金切り声をあげた。水を浴びたモグワイみたいな悲鳴だった。

 ホールの窓ガラスにヒビが走った。

 長机に付き出した右手を軸に銀千代が男にかかと落としを食らわせる。

「エンッ!」

 握手会会場はパニックになっていた。

 仰向けに倒れた男に銀千代は馬乗りになると、何度も何度も拳を叩きつけていた。

「これは、ゆーくんのぶん! 次のも、そして、次のも!」

 目に狂気が宿っている。

「ゆーくんのぶんだあああーッ! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも!」

 いつしか拳は真っ赤に染まっていた。野次馬のざわめきに「ゆーくんって誰?」と「オーバーキルじゃね?」という感想がごちゃまぜになって聞こえてきた。

「銀千代さん、下がって下がって!」

 三人の警備員が来て、銀千代を取り押さえるまで、過剰な暴力は続けられた。


「これ、ほんと、ひどいよね!」


 動画が終わり、スマホを懐にしまいながら、花ケ崎さんが鼻声で聞いてきた。


「ああ、後半はちょっとしたグロ動画だったな……」


「そーゆーんじゃないし! これで銀ちゃん、逮捕されたんだよ! むしろ被害者なのに! 不当逮捕だよ! 司法は狂ってる!」


 まあ、最初に被害にあったのは銀千代だったけど、動画で振るわれていた暴力はあまりにも過激だった。

 いつかやるとは思ってたけど、案外早かったな。


夕闇(トワ)さん、銀ちゃん、きっとさみしがってるから、会いに行ってあげなよ……」


 花ケ崎さんはすこしだけ潤んだ瞳で俺を見つめてきた。


「そうだな……」


 神妙な表情をつくり、頷く。



 嘘である。


 今日の日記の一頁目は、

 銀千代から解放されたぜ、やっほーい、で決まりだ。


 うきうきとスキップでもしそうになる軽やかな足取りで帰宅していると、隣家の車庫から車が出てくるところに遭遇した。

 歩道により、出庫を眺めていると、運転席の窓が開いて、銀千代のお母さんが顔を覗かせた。


「いつも娘が迷惑かけてごめんね」


「いえ、自分はべつに問題ないですよ」


 社交辞令である。


「それより銀千代は大丈夫なんですか?」


「あらっ、やっぱり噂になってる?」


 おばさんは恥ずかしそうにペロリと舌を出した。うちのカーチャンと同い年のはずなのに、すごく可愛らしかった。さすが銀千代の母親だ。美魔女というやつだろうか。


「噂……というか、ネットニュースになってましたよ。ほら」


「ええっ」


 花ケ崎さんから教えてもらったサイトを表示させて、見せると「ああー」と大きなため息をつかれた。


「好き放題させ過ぎたツケかもね……」


 それは間違いないと思うけど、


「でも、相手の男性がかなり悪いみたいですし、ネットだと同情的な声が多いですよ」


 Twitterで『#銀千代ちゃんを解放せよ!』が急上昇トレンドに入ったぐらいだ。


「うん、そうは言っても今回ばかりはあの子も落ち込んじゃってるみたいだしね……」


「そうなんですか……」


「感情が高まると我をなくす癖をなんとかさせないとね……まったくなんでこうなったのかしら……」


 おばさんの呟きは残暑の蝉時雨にかき消された。

 人に迷惑かけるなと何回も口酸っぱくして言ってきたのに。

 気づけば俺もため息をついていた。

 おばさんはそれを小さく鼻で笑ってから、軽く手を挙げた。


「引き留めて、ごめんね。いま帰り?」


「はい。いつもは銀千代と一緒に帰るんですけどね」


 正確にはついてきてるだけだけど。


「一人で帰るのは久しぶりで少し寂しいですね」


 心の底からわき出る笑顔で、空々しい言葉を吐き出したら、


「そうだ。今から面会に行くんだけど、よかったら幼馴染として、ビシッと言ってくれない?」


「ええっ、俺がですか!?」


 厄介な提案をされた。


「大好きな男の子が来たら元気も出るだろうし、ちょっとは自分の軽率な行動を反省してくれるでしょ」


 銀千代に関して言えばすこし落ち込んでるぐらいがちょうどいいのだけど、


「んー、わかりました」


 いくらストーカーとはいえ腐れ縁だ。心配なのは確かである。


 俺はおばさんの運転する車の助手席のドアを開けて、乗り込んだ。

 目的地は銀千代が保護されている拘置所だ。

 残暑の日差しがアスファルトに陽炎をつくりだす。墓場に行く時期を逃したようにアブラゼミは断末魔をあげている。

 そんな俗世界から切り離された空間のように、車内の居心地はよかった。

 快適な冷房に一昔前のポップスが流れるカーラジオ。柑橘系の芳香剤の香りが立ち込める。

 移り行く車窓を眺めていたらいつの間にか寝入っていた。

 

 感覚的にはワープしたようなものだ。


 家族や恋人以外でも面会ってできるんだなぁ、と手続きをするおばさんの後ろでぼんやりと思った。

 面会室に入ったおばさんはまず職員に着替えが入った紙袋を手渡し、ガラス越しに彼女と向き合った。



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[一言] 最初の1文シュールすぎて笑う
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