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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ2:金守銀千代の海
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第89話:九月の雑談と未来の話


 三年生になると部活を引退し、燃え付き症候群のようにだらける生徒も増えるという。

 チア部のOGとなった花ケ崎夏音もその一人だった。


「ないよぉ……」


「……」


「……勉強、したく、ないよぉ……」


 受験モードに切り替わった授業も多く、それにともなって自習の時間も増えた。課題プリントさえこなしていれば、あとはもう自由なのである。


「花ケ崎さん、指定校推薦じゃなかったの?」


「だよぉ……落ちたらどうしよぉ」


「いや、たぶん大丈夫でしょ」


 花ケ崎さんは、成績優秀とは言えないものの、授業は真面目に受け、先生ならの評判もすこぶる良い。評定も基準に達して、夏休み前に指定校推薦に申し込んだと言っていたのを思い出した。ちなみに俺と銀千代の成績は平均の平均だ。銀千代はテストの点数はほとんど満点に近いが、出席点が足りないらしい、あと授業態度が非常に悪い。

 いまも「ちょっと通信機の調子が悪いから調べてくる」とアマチュア無線部に出掛けている。自習中は外に出るなと言われているのに。


「はぁー。アタシも銀ちゃん並みに頭が良かったらなぁ」


「花ケ崎さんなら普通に推薦で受かるでしょ?」


「落ちたらさぁ、しなきゃじゃん、勉強。はぁー、やだやだやだやだ。もう、やだ。みんなバカみたいに勉強してさ!」


「……」


「トワさんだって、全然ゲームログインしないじゃん、この裏切り者!」


「いや、一応受験生だし……」


「スプラトゥーン出てるよ!」


「……やめろ!」考えないようにしてるのに!


 というか最近気がついたのだけど、銀千代の特性か知らんが、ゲームだと「かまちょ、かまちょ」と邪魔してくるのだが、勉強だと(わりと)邪魔しないで見守ってくるのだ。必然的に自由の時間がほしいと机に向かうようになっていた。集中しているかと言えばそういうわけではないけど。


「ゲームしよーよー。トワさん、ねっ。一緒に、ゲームしよ、ねっ!」


 チープトリックみたいな話し方で人の足を引っ張ろうと誘惑してくる花ケ崎さん。凶悪度はかなり高いと思う。

 そもそもいつもの仲良しグループに「夏音うるさいっ!」と追い出されて、構ってくれる人を求めて、「よっ! やってる?」と俺のところに来たのだ。


「ねぇー、アタシ勉強の仕方かわかんないよぉ」


「推薦とれるんだったら勉強する必要なくない?」


「百パーセントじゃないじゃん。それにさぁ、みんな勉強してるのにアタシしてないと浮くしさぁ」


 もうすでに浮いている。

 話し相手がいなくて男子の俺に話しかけてくるほどだ。


「トワさんは勉強しないって信じてたのにぃ。大人になっちゃってさぁ、このぉ」


「俺も焦ってるからね」


「でもさ、文化祭……もうすぐだよ?」


 コロコロと話題が変わる人である。


「勉強なんてやめてさ、一緒にバンド組まない?」


 三年の文化祭は自由参加である。もちろんほとんどのクラスがなにもしないし、個人活動する人も皆無だ。


「しない」


「ぬぁんでぇー!」


「いや、忙しいし」


「トワさんのばかぁー」


 もとより時間があったとしても文化祭に積極的に参加するわけなんてないのだけど。と浅くため息をついたら、


「あ」


「……」


「銀ちゃん?」


 アマチュア無線部での用事を終え、戻ってきた銀千代が、挨拶もせずに花ケ崎さんの後頭部を背後から鷲掴みにして、


「神に祈る間をあげます……」


 とぽつりと呟いた。


「髪?」


「握撃ッ!」


「痛い痛い痛い! 銀千代ちゃん、ちょっ! 痛いって!」


 思いっきり右手に力を込めているらしい。白い細腕に血管が浮き出ている。


「やめろ銀千代」


 ため息混じりに注意をしたら、ピタリと攻撃を止めてくれた。


「もぉー、いきなり何ー、銀ちゃんー」


 唇を尖らせながら乱れた髪型を整える花ケ崎さん。冗談と捉えたようだが、実際問題彼女はいま殺されかけたのだ。何故なら銀千代の握力はゴリラ並みだ。


「調子に乗り過ぎだよ。銀千代がいない間にゆーくんに色目を使うなんて万死に値するよ」


「や、べつにただ暇だったから声かけただけだよー。銀ちゃん、束縛激しいねぇ」


 ニタニタと銀千代をからかい、笑う花ケ崎さん。


「束縛じゃないよ。銀千代は心配なだけ。花ケ崎さんがゾンビウイルスに感染してたらいまの油断で大惨事になってたからね。さ、ゆーくん、銀千代の後ろへ。いまからこのメスゾンビをぶちのめすからね」


「アタシは別に感染してないよ。ほら、元気元気!」


 力瘤をつくって見せる花ケ崎さんを銀千代は鼻で笑うと「こういうやつが隔離されたショッピングモールにウイルス持ち込むんだよね」と悪態をついた。


「しないしない! アタシ、ゾンビ怖いから嫌いだし!」


 なんの答えにもなっていない。


「それはそうと花ケ崎さん、少し面白い話してたね」


「んー、なにかにー?」


「バンドがどうとか」


「あー、あれ、じょうだ」


「やろうよ」


「え?」


「バンド」


「ええっ! え、本気?」


「うん。いまから文化祭まで一ヶ月くらいか。練習すればなんとか」


 なるわけねぇだろ。ズブの素人だぞ。

 巻き込まれそうな予感がしたので念のため口を挟む。


「おい、銀千代、一応言っておくが、俺やらないからな。やるなら一人でやれよ」


「同じ目標をもってなにかに臨むってのはいいことだと思わない? 一体感を持つことで愛が生まれるの。これこそが青春だよ」


「絶対やらないからな。お前いい加減にしろよ。文化祭に出たいなら一人でやってろ」


「バンド名何にしようか」


「話聞けよ、おい」


「トゥールラブ」


「……」


「なんて、どうかな?」


「……正気か?」

 二の句を継げずいる俺に代わって花ケ崎さんが吹き出した。


「やばっ、ダサっ!」


「むっ」


「わ、ごめんごめん思わず本音が」


「……じゃあ、花ケ崎さんはどんなバンド名がいいの?」


「うーん、メンバーの頭文字とるとかいんじゃないかなぁ。花ケ崎のHでしょ、金守のK、……あと……えと」


 こいつ、俺の名前忘れてやがる!


「H、Y、K。……ヒュケ!」


 俺の名字は宇田川だ!

 ゆーくんじゃねぇ!


「あれ、なんかよくない? ヒュケ! うんうん。シンプルだけどかっこいい響き」


「良くない。センスないよ。H は入らないよね。KYでいこう」


 空気読めない、ね。


「ひとまずバンド名はどうでも良いや。大切なのは前に進もうとする意思だからね。楽しんで音楽をやろう」


「銀ちゃんいいこと言うじゃん! よぅし、頑張ろ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 話がおかしな方向に行きそうだったので思わず声をあげた。


「花ケ崎さん、楽器の経験あるの?」


「ないけど……あ、でもカラオケでタンバリンとかで盛り上げるのは得意!」


 銀千代は楽器経験ないのは知っていたが、変に聞くと無駄に対抗心を燃やされる可能性があるのでなにも言わずにスルーすることにした。


「それじゃあ、あと一ヶ月じゃ厳しくない?」


「やればできるよ!」


「一ヶ月じゃあ無理だって。大体文化祭ってずっと頑張ってきた人たちが発表する場所なんだし、邪魔しちゃ悪いよ」


「む、むぅ、それは確かにそうかも」


 花ケ崎さんは項垂れた。


「えーでもさぁ、せっかく最後の文化祭なんだし、なんかしたいよぉ。高校の文化祭は最後なんだよぉ」


「花ケ崎さんに賛成。コロナに青春を奪われた我々はこういうところでガクチカしないとだもんね」


 珍しく銀千代は賛同するように大きく頷いた。

 ガクチカってなんだ? バンド名か?


「最後くらい盛り上がって行きたいよね」


 至極真っ当なことをいって銀千代はまっすぐに俺を見た。


「文化祭も体育祭も修学旅行と林間合宿も校外学習も社会科見学も結婚式も披露宴も新婚旅行も、自粛自粛で大々的にやることができなかったしさ」


「前半はともかく後半は意味わからんな」


「だからさ、ゆーくん、最後くらいはっちゃけ行こうよ!」


「だからと言ってできる範囲でやれよ。バンドなんて今からじゃ糞みたいな仕上がりにしかならないだろ」


「それは、そうかもしれないけど……」


「大体俺は勉強で忙しいんだから巻き込むな」


「本当に勉強してるの?」


「!?」


 暗く光のない瞳で睨まれる。


「これ」


 息を小さく吐き、銀千代は自分の机から一冊のノートを取り出して、ページを開いて、置いた。謎の円グラフが書いてある。


「ゆーくんの昨日の一日のスケジュール」


 睡眠、学校、食事……と細かく色分けされている。こいつ、監視の技術が成長している。


「ほらこのグラフを見てみて。睡眠と学校の時間は仕方ないけど、大部分を閉めているもの」


「……」


「勉強の時間とスマホでおかずを探している時間が一対一なんだよ!」


「……や、やめらっ!」


 噛んだ。噛みながらノートを慌てて閉じる。花ケ崎さんは首を捻りながら「そんなにお腹すいてるの?」と呟いた。純粋なままでいてくれ。


「だからねっ、ゆーくん」


 ノートを閉じられた銀千代は相合を崩すと、


「常々銀千代は思ってたの。この時間を、……情熱をなにか別のものに向けられたら、ゆーくんは色んなことスキルアップできるのにって」


「……あ、あぅ」


「もちろん、夜のお勉強は大切だよ。だけど、本番に勝る練習はないと思うわけ。銀千代はいつでも対戦お待ちしてるからね!」


「黙れよぉ……」


 いかん、涙が出そうだ。

 教室は自習中につき、私語している生徒の声はわりと目立つ。みんなに聞かれている可能性を考えたら顔から火が出そうだ。


「というわけで、ゆーくん、この余りある情欲をギターにぶつけてみない?」


 親指をグッとたてて銀千代が歯を見せて笑った。答えはもとより決まっていた。


「やるわけねぇだろ!!」


 ノートを床に叩きつけて叫んだ。




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