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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ2:金守銀千代の海
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第88話:九月の恋はファイナルデスティネーション 後


 そんなこんなで放課後。鞄を持って即刻帰宅しようとしたら銀千代に腕を捕まれた。

「離せよ」


「ゆーくん、いい演技をするコツはね。恋人役の人を好きになることだよ」


「いや、やらねぇって言ってんだろ」


「そっか。もう、好き……だもんね」


 言ってもわからねぇか。


「帰るから離せって」


 手を振りほどいたところで、満面の笑みを浮かべた鈴木くんが、

「できたよ。銀千代ちゃん! 台本が!」

 と、ノートを持って駆け寄ってきた。くそ、巻き込まないでほしい。


「でかした! 鈴木くん!」


「超絶自信作! 読んでみて!」


 銀千代はフフンと鼻を鳴らす鈴木くんから、ノートを受け取り、


「拝読いたします」


 さらっとページを捲った。


「……読みました」


「え、もう?」


 銀千代は速読をマスターしてるのだ。


「……」


 小さく頷き、ポツリと呟く。


「控えめに言って、これは酷いね」


「え、えぇ」


 無表情で辛辣な意見を吐き出し、ノートを鈴木くんに突き返す。


「登場人物に人間味のない。有り体に言えばリアリティがない」


「あ、いや、でも、ストーリーはよかったでしょ? 自信作なんだよ」


「取って付けたような展開に手垢がついたような起承転結。目新しさはなくて、意外性も面白味もない。正直この作品に銀千代は出たいと思わないよ」


「で、でも、銀千代ちゃんの要望通り主人公はヒロインにベタボレで……」


 なに変な要望してんねん。


「違うんだよ、監督。こんなのはゆーくんじゃない。全然違う。もっと観察して台本に落とし込んで」


「や、でも、別にそこまでリアリティにこだわるつもりはない、というか」


「これは鈴木くんの始めた物語でしょ?」


「……」


「うん」


 銀千代は意を決したように大きく一度うなずくと顔をあげた。


「ゆーくん、鈴木くん、この後暇?」


「と、特に予定はない、けど」


 突如問いかけられて、「いや、俺は忙しい」と返事をしたが、「そうなんだ」と流された。流すなら最初から聞くな。


「手配しておいたんだ」


「手配?」


「銀千代のお友達。鈴木くんの力になれればいいな、と思って」


 と、にこやかに微笑まれた。




 一時間後、俺と鈴木くんは校門に止めてあった青いセダンに乗せられて、気がついたら東京にいた。


「あの……」


「……」


 運転手の稲田さんは常に無言だった。拉致である。慣れたくはないが、「ああ、またこれか」と一人ごつ。鈴木くんは変にテンション上がっていたが、港区の湾岸エリアのオフィスビルの会議室についた瞬間、借りてきた猫のように大人しくなった。

 おれも同様、異様な雰囲気に飲まれ、言葉を失っていた。



 十名ほどが長テーブルをずらりと囲んでいる。

 俺は、俺たちは、なぜここにいるのだろう。

 銀千代のお友達……はみんな大人だった。老若男女問わずいる。なんだこの空間。息がつまりそうだ。

 換気のために少し開けられた窓から潮風が仄かに香った。秋の陽光が優しく東京湾を照らし出している。


「初顔合わせになると思うので紹介するね」


 銀千代がやおらに立ち上がりその場を空気を支配するように手のひらを一人一人に向けていった。


「こちらから、カメラマンの稲荷山さんと設楽さん。それから同じグループの西東(さいとう)一子(わんこ)七五三(なごみ)(めい)、その隣が照明の田町さん、総合プロデューサーの品川さん、美術の高輪さん、メイクの日暮里さん、編集の西日暮里さん、脚本家の秋葉さんとスタントの鶯谷さん」


 スタント?


「監督の鈴木くん。演者のゆーくんと銀千代、それからマネージャーの稲田さん」


 稲田さんがペコペコと頭をさげた。いつも通りの彼女を見て少し安心する自分がいた。


「以上の精鋭で今回の撮影に臨みたいと思います。本日は急な連絡にも関わらず集まってくださって誠に有難うございます」


 銀千代がにっこりと微笑み、席に座り直した。

 鈴木くんは顔面蒼白だった。ここまで大事になると思ってもみなかったのだろう。そりゃそうだ。昼休みに雑談ベースで世迷い言を呟いていただけなのに。


「ちょっといいかな?」


 銀千代が着席すると同時に、一人の男性が手をあげた。名前はたしか日暮里、西日暮里、大久保? いや新大久保だったか? まあ、いいや。


「俺は一応脚本家をやってるもんだけど、これ書いたの誰?」


 ちらりと鈴木くんを横目で見たが、石化したように動かなかった。

 男性は資料として配られた鈴木くんの手書きの脚本を手でパンパン叩きながら続けた。


「悪いけど、これは酷いね。学芸会のほうがよっぽどしっかりしてる。俺に書き直しさせてくれないかな?」


「監督、どうしますか?」


 銀千代が鈴木くんに問いかけた。鈴木くんは小さく「任せます」と呟いた。


「オーケー。それじゃあ、ちょっと修正させてもらうけど、これは何分程度の尺を想定して作成してるんだい?」


「あ、えっと10分ぐらいです」


「じゅう? 短編を撮るつもりなんだろ? もっと要点を絞らなくちゃ」


「あ、はい…… 」


 監督がしゅんと肩をさげると同時に、


「ちょっといいかしら?」


 銀千代と同じアイドルグループの七五三さんが手をあがった。


「シナリオはそちらにお任せするとして、出演者(キャスト)は誰なの? 金守さんはでるのよね?」


 ツインテールでおっとりとした見た目をしているのに意外とサバサバした口調をしている。


「うん。もちろんだよ。銀千代はヒロイン役。七五三さんはライバルの女の子をやってもらいたいと思ってるよ」


「それは構わないけど……アタシが気になるのは共演者の演技力よ。何度か言ってるけど、アタシ、駄作には出たくないの。西東さんも出演者という認識でいいの?」


「うん。わんこには銀千代の友達役やってもらおうと思ってるよ」


「西東さんなら、まぁ、及第点といったところかしら」


 隣の西東さんが「メイったらもぉー」と肩をすくめ、

「最高得点の間違いでしょ?」

 にたりと笑ったが、


「出演者はこの三人だけ?」


 七五三さんは無視して銀千代を睨み付けた。


「あとゆーくんがいるよ」


「ゆーくん……?」


 きょとんとした目が俺に向けられる。


「ああ、俳優さんだったんだ。よろしくお願いします」


「どうも……」


「所属はどこなんですか? この世界は何年目?」


「いえ、特に……」


「特に? 事務所には所属してないの? 劇団とか……。あ、演劇部なのかしら。金守さんの学校の」


「いや、帰宅部で……」


 こいつ、なにしに来たんだ? と見つめられる。


「まあ、いいわ。私が気になるのはあなたの演技力よ。相当な自信があるのよね?」


 俺は助けを求めて銀千代を見た。銀千代は拳を俺に突きつけ「ぶちかましてやれ!」とウインクした。蹴り飛ばしてやりたかった。


「い、いえ、自信ないです」


「この世界、謙遜が美徳とは限らないわよ」


 七五三さんは、ふふん、と鼻で笑い、


「あの金守さんが連れてくるくらいだもの。相当な演技力を持っているのでしょう。楽しみだわ」


 と勝ち気な瞳で睨まれた。ごめん。


 会議が進む。

 監督の鈴木くんは収支無言で頷くだけだった。大人たちの本気の言い合いに圧倒されてしまったのだろう。俺も置物のようになりかけたが、目立ちたくない、本当はやりたくないという自分の主張をなんとか届けることができた。


「一つ提案があるんだが」


 会議が白熱して来たところで、老年の男性が息を一つつき、周囲の視線を集めてから続けた。


「ミュージックビデオにしちゃえばいいんじゃあないか?」


 しんと水を打ったように静まり返る会議室。


「だってそうだろ?」


 男が再び口を開くまで気まずい時間が流れた。


「ゆーくんは演技力にあまり自信がない」


 ジロリと値踏みするように睨まれる。


「は、はい」


「あと顔出しもしたくない」


「はい」


 手元にある資料を見ながら男性は軽く首をかしげた。


「正直キミがなにしたいのかさっぱりだが、素人からにじみ出るリアリティというのも悪くない。ただ、演技未経験者はセリフを棒読みしかねない、……からセリフがないミュージックビデオにしてしまえば、と思ったんだが、……どうだろう?」


 男性は一堂を見渡し、アゴヒゲを撫でながら、


「稲田」


 と銀千代の横で所在無げに立ち尽くしていた稲田さんに声をかけた。


「は、ははははい」


「今度金守メインで録る予定だった新曲を七五三と西東のユニットにするのはどうだ?」


「はははははい。い、いいと思います。最高です。すすすす、すごいアイデアです。さ、さすが、品川社長!」


 社長!?

 この人、銀千代の所属している事務所の社長か!?


「みなさん、どうだろう?」


 にたりと笑って社長は周囲を見渡した。全員が深く頷いている。


「これだけ優秀なスタッフが集まってるんだ。妥協も擦り合わせも必要ない。各々がいいと思うものを高め合わせましょう」


「おおっ!」


 と声が上がる。東京に来たときからヤバイと思ってたけど、話が想定以上に大がかりになってきたぞ。


「それじゃあ、監督から一言」


 檄が飛び交う会議室で、一瞬の静寂を狙ったらしい銀千代が、静かに頷きながら固まる鈴木くんに声をかけた。


「み、みみみみなさん、力を合わせて、が、がんばりましょう」


「おおっ!」


 カチンコチンの鈴木くんの発破に気合いが入る一同。


 俺はともかく早く帰りたかった。


 このときは予想打にしていなかったが、


 鈴木くんの初監督作品、芋洗坂第19THシングル『九月の恋はファイナルデスティネーション』のミュージックビデオは、動画配信サイトにアップされると、歴史的な勢いで再生数を積み上げ、三ヶ月で一億再生を達成。

 最終的には全員死ぬドラマチックな展開と三人のアイドルの高いビジュアルは評判を呼び、グラミー賞のミュージックビデオ部門に選出されるかとマスコミを賑わせるほどのものだった。

 鈴木くんは「カット」「オッケー」「大丈夫です」しか言っていないのに、次作を期待される若手監督となったが、数ヵ月もすると忘れられた。

 ちなみに俺も鈴木くんもお金は一万円しかもらえなかった。契約書はよく見てサインをした方がいい。


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