第88話:九月の恋はファイナルデスティネーション 前
「映画、撮りたいんだよねェ」
お昼休み、友人の鈴木くんが呟くみたいに言った。
「協力してくれ」
菓子パンを頬ばりながら頭を下げられても、返事は「いやだ」の一択である。
そんな暇ないし、人にお願いする態度ではない、とお弁当のほうれん草のお浸しを咀嚼しながら思った。
「そこをなんとか頼むよ。俺さ、芸術系の専門に行こうと思ってて」
初耳である。訝しむ俺の目線に気付いてか、鈴木くんは咳払いを一つ、
「夢ってのは、おいそれと口に出すもんじゃあねぇだろ?」
と頬を赤らめながら言った。
そういえば春先に心霊動画のコンペに応募するとか言っていた。あれもその活動の一貫だったのだろうか。
「やっぱり成果物があった方がさ、箔がつくってなもんでぇ。だからさ、今から映画……は無理だと思うからショートムービーを撮ってさ、ネットに上げて大人気になって、それを自己PRに使おうと思ってるんよ」
考え甘すぎだろ。
「けっこう芸術系って難しいって聞くけど……」
「いまから対策すれば余裕のよっちゃんいかだろ! 俺たぶん天才だしぃ」
今、三年の二学期ですけどォ?
「だからさ、協力してくれよ!」
「……忙しいんで他当たってください」
「大丈夫だって、おまえ、夏休み明けの模試よかったじゃん!」
「あれには色々と事情があるんだよ」
うっ、頭が。
「大体映画撮るって準備もできてないだろ。いまから始めて何ヵ月かけるつもりだよ。受験終わってるだろ、その頃には」
「一日」
「!?」
「一日で撮るよ。XPERIAで」
無垢な瞳をしていた。
「ちょろっと撮って、音楽のせればいいだけだろ? 撮影半日、編集半日、大体15分くらいの動画かな?」
詳しくないけど、
「なめすぎだろ!」
「大丈夫、大丈夫、全部俺に任せてくれればうまくいくって。どうよ、この完璧な作戦!」
なるほど完璧な作戦っスねぇ、不可能だという点に目をつぶればよぉー。
へらへらと笑いながら鈴木くんは手を振り上げた。
「有名ティックトッカーに、俺はなる」
勝手になってろ。
「そもそも協力って……俺はカメラマンでもすればいいのか?」
「いや、俺がやるよ。カメラマン兼監督。お前は演者。とりあえず「やりらふぃー」流すから踊ってみてくれ」
「ヤに決まってるだろ。晒し者にされるだけじゃん」
「いやいやいや、たぶん大丈夫だって、おまえ、その、えーと、うん、そこそこ整った顔立ちしてるし、これを機会にモテちゃうかもよー?」
そこはハキハキ喋ってほしかったな。
「お断りだ、知ってっか? そういうのデジタルタトゥーっていうんだぜ?」
「モザイクかければいいよ」
「!?」
しれっと銀千代が会話に入ってきた。ふわりとシャンプーの香りが漂った。
「お前、呼び出しはどうした?」
進路調査について担任に職員室に呼び出されていたはずだ。
「終わったよ。それより鈴木くんとの会話が聞こえてきたんだけど」
「聞こえるはずないのにな」
どこだ? どこに盗聴機が仕掛けられてるんだ?
「ゆーくんがモテるのは嬉しいけど、ファンが増え過ぎるのは困るから、お顔にモザイクかけるのはどうかな、鈴木くん」
「え、でも演者の顔がモザイクってのは、映画として……」
「どうせ結合部は映像加工しないと許可おりないし。あ、もちろんゆーくんのお相手は銀千代がつとめるよ」
「……」
さすがの鈴木くんもドン引いている。
「……フッ」
と思ったらニヤニヤ笑って喜んでた。最低だ、こいつら。
「引っ込んでろ」
しっしっと銀千代を追い払おうとしたが、一歩も動かなかった。
「と、いうのは冗談にしても、映画を撮ろうというのはなかなか良いアイデアだね。芸術の秋だし、高校最後の思い出作りにはもってこいだね」
「……」
ちらりと周囲を見渡す。昼休みだと言うのに参考書を広げ机に向かっているクラスメートも多い。
「おお、さすが銀ちゃん、わかってくれるか!」
鈴木くんがやんややんやと手を叩くと、乗せられるように銀千代は胸をどんと叩いた。
「やるよ。ヒロイン。任せて」
「おおー!! まじかまじかまじかまじかまじかまじか。勝確やんけぇ」
小さくガッツポーズを繰り返す鈴木くん。彼には悪いが、一つ疑問が浮かんだ。
「おまえ、事務所的にダメなんじゃないの?」
銀千代は一応芸能事務所に所属している。この間はテレビドラマの準ヒロインを演じていたが、素人のアホみたいな作品に参加できるとは思えなかった。
「金銭が絡まなきゃ大丈夫なはずだよ。営利活動じゃなきゃセーフセーフ」
「え、再生数でお金ほしいんだけど」
守銭奴の鈴木くんが小さく声をあげた。
「じゃあ、鈴木くんの作品の銀千代は金音ってことにしとこうか」
「金音?」
「銀千代の芸名みたいなもんだよ」
「ふぅん」
いや、お前の従姉妹の名前だろうが。
「それで監督、台本は? 銀千代、頑張るよ」
「あ、いや」
「?」
銀千代がじっと鈴木くんを見つめた。鈴木くんは顔を赤くしてうつ向いた。彼は女子の視線になれていないのだ。
「い、いまから書くから」
「……」
「放課後までには仕上げる」
銀千代がちらりと俺を見た。
目が「正気かこいつ」と語りかけていた。普段の俺と同じ目をしていた。




