第83話:八月に呼ぶお盆過ぎ 後
「それにね、ゆーくん」
銀千代はしたり顔で微笑むと懐から取り出した巻物を畳の上に広げてた。
奥の席に座っていた叔父さんや叔母さんが何事かと広げられた紙を見下ろした。
「なんだ、これ……」
線がいくつも引いてあり、人の名前とおぼしきものがいくつも羅列されていた。
赤丸がつけられているところがあって、よくよく見てみると俺の名前がかかれていた。
「家系図、か。これ? なんでこんなもの……」
「調べるのけっこう大変だったんだ。お寺に残されてたからよかったけど。で、これ、はい」
俺んちの家系図の横にもう一本巻物が広げられる。
「これはね、金守家の家系図。で、ほらここ」
銀千代は遥か遠いご先祖様の金守太郎左衛門さんを指差した。
「と、あとここ」
銀千代は俺のご先祖様の宇田川はなさんを指差した。
「この二人、なんと家が隣だったの」
「……」
「だから、ね! 親戚」
「違う」
無関係にも程がある。
銀千代が広げた家系図に興味を持った親戚がわらわらと集まってきた。書かれた名前をみて「おー、おったなぁ」とみんな懐かしそうに思い出話に花を咲かせている。
一瞬和やかな雰囲気にごまかされそうになったが、
「いや、瑞穂!」
従姉妹がいなくなっていることを思い出して俺は銀千代に問いただした。
「ああ、あの娘ね」
銀千代は舌打ちが漏れそうなほど不機嫌そうな表情でポツリと「家系図から消しとく?」と続けて言った。
「消さねぇよ。どこいったんだよ!」
「……用事思い出したから帰るって言ってたよ」
「すぐばれる嘘つくな! どこにいんだよ」
「……そんなにあの女が心配なの?」
「そりゃ親戚だからな」
「親戚ってそんなに重要かな? ゆーくんと銀千代だって、元を辿ればミトコンドリアイブに繋がるんだし、あんまり関係ないと思うな。重要なのは血筋より今という絆だよ、ゆーくん」
「しょうもない屁理屈はいいから瑞穂がどこにいるのか教えろ」
「……」
銀千代は少し考えるように上目遣いになり、やがて消えいるような小声で「納屋」と呟いた。
「なにしてんねん」
関西圏の血は流れていないはずなのに、思わず関西弁で突っ込んでからサンダルを突っ掛けて納屋に向かった。酔いが大分回っているおかげか、家系図で盛り上がる大人に闖入者がバレることはなかった。
納屋についた。
日が沈んだおかげで気温は落ち着いているが、それでも扉を開けるとよどんだ空気がムアッと俺の頬を撫でた。砂と埃の臭いが鼻につく。
「んー、んー!」
猿ぐつわ噛まされた瑞穂が椅子に縛られていた、さすがに洒落にならない。
「銀千代、お前……」
久々にやっちゃいけないライン越えてきたな。
「これが銀千代のナギナギの実の能力……」
「黙れ」
慌てて瑞穂の救出に向かう。
猿ぐつわを外し、ロープをほどく。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけないじゃん! なんなの、急に真っ暗になったと思ったらいつの間にか椅子に縛られてるし、何があったの!?」
そこに関しては俺が聞きたいが、
「えーと、ごめん」
まずは謝罪しておこう。
頭を下げた俺を、瑞穂は悪い目付きをさらに鋭くして睨み付けてきた。
「なんで太一が謝るの?」
「……」
「なんかよくわかんないけど、ひどい目にあったぁあああああ!?」
瑞穂は納屋の入り口に立つ銀千代を見つけて全ての合点が言ったらしく叫んだ。
「わああああ!!!」
「ちょっとうるさい」
「!?」
銀千代が不機嫌そうに呟いて、納戸の横にあったバットを握った。
「ナギナギしとく?」
薄暗くてもわかるぐらい、凪ぎとは無縁な殺意のこもった瞳をしていた。カラーンとバットの先っぽが石造りの固い床を叩いた。
「ひ、ひぃぃぃい!」
瑞穂が普段の気丈さからは考えられないほど悲痛な声をあげた。
「ゆーくんの悪口を三回も言っておいて無事に済むと思わないで。ゆーくん、この女狐を捌く許可をちょうだい」
ロープをほどき自由の身になった瑞穂が、
「や、やめてよ、助けて、太一」
と涙目で俺のシャツをつかんだ。
「おい、銀千代、とりあえずそれを放せ。なにしようとしてんだ、お前は」
「何って……ナギナギの鉄バットだよ。うるさい生物が無音になるの。この能力を使えば、安眠において右にでるものはいないんだよ」
「やめろ。何回も言わせるな。暴力はなにも解決しない」
「……」
銀千代はなにも言わずにバットを手放した。カランカランと床に金属音が反響する。
凶器はなくなったがまだ安心できない。久々のバーサーカーモードだ。この状態の銀千代の対応はトランプタワーよりも慎重に行わなくてはならない。
「ねぇ」
囁くような小さな声で銀千代が呟き、止まっていた時間が動き始めた。
「相原瑞穂さん。いつまでゆーくんにくっついてるの?」
「ひぁ」
瑞穂が慌てたように俺から手を離した。
「ゆーくん、匂い移っちゃった?」
「……うつってない」
銀千代は小走りで俺に近づくと犬のように鼻をスンスンとならした。
「……グッド」銀千代は床にへたりこんでいる瑞穂を憐憫の眼差しを向け、「とりあえず今日はこれぐらいで勘弁してあげる。銀千代の言ってる意味わかるかな?」
「……」
「もしあなたが懲りずにゆーくんにちょっかいだしたら、……次は容赦はしないから」
「……」
「理解したなら返事してほしいな」
「は、はい!」
瑞穂は涙を流しながら何度もお辞儀をするように頭を下げた。
「いい子……」
「つ」
銀千代が瑞穂の頬を愛おしそうに撫でた。蛇に睨まれた蛙のような表情で瑞穂は動けずにいる。
「仲良くしよ。銀千代と瑞穂ちゃんは親戚になるんだから」
「へぁ」
「んふふ。銀千代、ずううと、妹がほしかったんだぁ」
「へ、へい」
三下みたいな口調になった瑞穂がへこへことうなずいた。
「結婚式にはちゃあんと呼んであげるから安心してね。あ、そうだ。銀千代おねぇさんって言ってみて。予行練習だよ」
「ぎ、銀千代おねぇさん……」
「んふふふふふふ。ゆーくんとの幸せな家庭生活が目に浮かぶようだよ」
何を見させられてるんだ俺は。
「茶番やめろ。もう帰れお前」
「茶番じゃないよ。予祝ってやつだよ」
なにそれ意味わかんない。
「早く帰れ、頼むから」
「はぁい。それじゃあね、ゆーくんも早く帰ってきてね。待ってるから」
銀千代は夜の闇に溶けるように消えた。悪役と同じ去りかただった。
蛙の大合唱が空しく響いていた。
残された俺と瑞穂は同時にため息をつく。
「立てるか、瑞穂」
手を差し伸べるが、俺の手を掴むことなく瑞穂は自力で立ち上がり、おどおどした表情のまま、
「大広間に戻りましょう。太一兄さん」
とペコリとお辞儀をした。
「……あ、ああ」
がんばれ瑞穂。
負けるな瑞穂。
「銀千代には俺からちゃんと言っておくから」
前方を歩く華奢な肩に声をかける。
「あ、いえ、結構です。あの、アタシのことは放っておいてください。まじで」
あいつが現れて、結局親戚の仲が悪くなっただけな気がする。




