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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第一章:金守銀千代は恋をする
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第10話:八月の花火は夜に逃げる 中


 無我夢中に自転車をこぎ続け、目的地をおじいちゃんちに定めることにした。なんだかんだで打算的な自分が嫌いだ。


 自転車で三時間半、関東の僻地についた。ドがつくほどの田舎で、畑と森が支配する自然豊かな土地である。

 とにもかくにも銀千代がいないところに行きたかった。あいつの手が届かない、遠いどこかへ。


「よう来たのう。暑かったずら? ゆっくりしとき」


 バァちゃんは突然現れた俺を歓迎し、冷たい麦茶を出してくれた。

 裏の畑で野良仕事していたじいさんは手を止めて、「おー、どうしたんじゃあ」と声をかけてくれた。


「家には連絡しとんか? 心配しちょるし、一報は入れておいたほうがいいぜよ」


「ああ、うん、そうだね」


 じいさんのアドバイスにしたがって、スマホの画面を見る。


「うお」


「どうしたん?」


「いや、なんでもない」


 ラインの通知と着信ががえげつないことになっていた。

 トーク画面をみると、銀千代からの通知が「999+」となっていた。マックス迎えるとそうなるんだ。

 トーク画面を見ると「ゆーくん、ごめん」とか「ゆーくん、好きだよ」とか「ゆーくんの動画は個人利用しかしてないから安心して」とか不気味なことばかり書かれていた。

 電池(バッテリー)の減りがやばそうだったので、親に「じいちゃんちにいる。しばらくしたら帰る」とだけメールして電源を落とす。


「ふぅ」


 浅くため息をついて、俺はじいちゃんちに上がった。


 縁側に腰掛け、なんでもない空をぼんやりと眺める。心地のよい時間だった。

 真夏の青空には入道雲が浮かんでいる。

 吹き抜ける風は涼しく、優しく風鈴を揺らす。土の匂いが優しく鼻孔をくすぐり、ばあちゃんが入れてくれた麦茶で、渇いた喉を潤す。贅沢な時間だった。


「スイカ切ったけん、食べるか」


 至れり尽くせりだ。

 初孫は何歳になってもかわいいのだろう。


 ピンポーン。

 チャイムの音が響いた。

 誰か来たらしい。


「ウーバーイーツかの」


 ばあさんがしょうもない冗談を言って、玄関に行く。ガラガラと無警戒に扉をスライドさせる音がしてから、弾けるような笑い声が響いた。


「あにゃー。キンちゃん、こっち来ちょったんか」


 キンちゃん?

 誰だ?


 恐る恐る俺は玄関に向かった。


 ばあさんの正面には、口許を隠して、控えめな笑みを浮かべる女性が立っていた。

 ショートカットで背が高く、麦わら帽子を被った、


「銀千代じゃねぇか!」


 銀千代だった。


「お前何しに来たんだよ! くっそ、スマホのGPS辿ったな!」


 文句を言いながら、詰め寄ると、びくりと女性は肩を震わせて、一歩後ろに後退した。


「えっ、と、どちらさまですか?」


 戸惑ったように唇を震わせる銀千代。むっ、なにかが変だ。

 髪型がセミロングからショートに変わってるし、口許にホクロがある。胸もでかくなってるし、身長も少しだけ、高い。

 顔は銀千代だが、雰囲気は違う。


「あれ?」


「こりゃあ! この子はなに言っちょるかね!」


 ばあちゃんが眉間に皺寄せて声を荒らげた。


「雑貨屋の正さんとこのお孫さんの金千代ちゃんやよ!」


「銀千代じゃねぇか!」


 しょうもない改名に騙されるわけがない。

 顔立ちが少し変わった気がするが、メイク技術によるものだろう。


「え、え、誰ですか。銀千代、さん? って。え、それに、貴方は?」


 目の前の女性は銀千代と同じ顔で戸惑っている。

 おかしい。


「こりゃあー、失礼なこというんじゃないきー。キンちゃんに失礼じゃろー。あやまりんしゃい」


 ばあちゃんが俺を軽くこづいた。


 銀千代じゃないのか?


 いやでも、顔立ちは確かに銀千代だ。

 でもまあ、そこまで言うなら違うのだろう。


「えっと、失礼しました。知り合いに似ていたもので」


「そうなんですね。銀千代さん、というんですか? ふふっ、名前もそっくりですね」


 薄く微笑む金千代さん。くそ、かわいい。


 銀千代の変装じゃないのか?

 ばあちゃんたちと仲良いところを見ると、別人のようにも思える。俺の取り越し苦労だろうか。


「ほーじゃ!」


 ばあさんがポンと手を打ち付けた。


「あんた、金ちゃんに裏庭の湧水みせてやり」


「えっ、なんで」


「おらたちは畑の世話があるからの。金ちゃんが前に見たい言うとったんじゃ」


「はぁ……」


 曖昧に頷くと、


「本当ですか!」


 パシンと両手を合わせて、心底嬉しそうな笑みを金千代さんは浮かべた。


「私、夏休みの自由研究で地形を調査をしてるんですよ。よろしくお願いします!」


 めっちゃ可愛い。なんだこの生き物。




「うーん、たしかにちょっと愛が重すぎるかもしれませんね」


 金千代さん、めっちゃいい人。


「私とそっくりな銀千代ちゃんってどんな子なんです?」と聞かれたので、メンヘラエピソードを教えてあげたら、共感しつつ、引いてくれた。

 だよね、やっぱり、ドン引きだよね。男友達に相談しても羨ましいとしか言われないから俺がおかしいのかとおもっていたのだ。


 エピソード1 モスキート事件。

 銀千代が俺の自宅半径百メートルの蚊を殲滅させようとした事件。

「ゆーくんの血は全部銀千代のものだから」と笑いながら超音波兵器みたいな機械を稼働させようとしたが、近隣からの苦情が相次いだのと、市に許可を取っていなかったらしく、厳重注意を受けて終わった。


 エピソード2 ドッチボール事件。

 小五の時の他校合同の球技大会で、俺にボールをぶつけた男子に銀千代が激怒した事件。天才的なコントロールで何度もその子の顔面にボールをぶつけまくった挙げ句、自ら外野に行こうとしたその子に「戻ってきて、顔面セーフだよ」と言い放った、恐ろしい事件。


 エピソード3 公開告白未遂事件。

 銀千代が芸能活動でテレビに出演した際、俺への愛を延々と語った事件。もちろん全カット食らったが、所属事務所は火消しに追われ大変だったらしい。「テレビって編集するからダメだよね」と言っていたが、それ以来銀千代のテレビ出演はめっきり減り、生放送はご法度になった。



「でも、そこまで誰かを愛せるのは羨ましいですね」


 金千代さんは苦笑いを浮かべながら、言った。

 そういうものなのだろうか。愛される側にしてみたら迷惑極まりないのだけど。



 じいちゃんちの裏山には、湧水がある。今は田んぼや池の水に利用しているだけらしいが、かなり昔は飲み水としても利用していたらしい。

 水源は小さな洞穴のようなところにあり、普段は獣が入らないように金網で塞いでいるが、鍵を預かったので、懐中電灯で照らしながら中に入る。

 水源にパイプを通して、タンクに貯水しているのだが、定期的に掃除しないと泥が混じるので、これの掃除を毎年手伝っていた。


「こんなところみてなにが楽しいの?」


「昔の人の生活様式を知るのが好きなんですよ」


 金千代さんは目をキラキラさせながら、物珍しそうに辺りを見渡していた。


「過去を知るというのは、いまを知ることに繋がると思うんです」


「まあ、そうかもね」


「私、人より好奇心が強いタイプらしいんです。知らないことがあるのがイヤで、気になることがあると徹底的に調べちゃうクセがあるんです」


「賢くなっていいかもね……」


「そうでもないんですよ……しつこいぐらいに調べちゃうから、いつもみんなに嫌われてしまって……撮っていいですか?」


「どうぞ」


 彼女はポケットからカメラを取り出した。自由研究でこの辺りの地形を調べていると言っていたが、微塵も興味がそそられるテーマではなかった。


「ゆーさんは、銀千代さんのこと、気にならないんですか?」


 フラッシュをパシャりとたきながら、金千代さんが聞いてきた。ゆーさんとは銀千代に「ゆーくん」と呼ばれるようになった由来を説明したら、「面白いですね! 私もそう呼んでいいですか?」とそれを可愛らしく聞いてきたので許可したのだ。


「別に気にならないよ。銀千代とはほんと腐れ縁みたいなもんだからさ」


「……ほんとうにそうでしょうか」


 カメラのレンズから視線をはずし、彼女はまっすぐに俺を見つめた。


「例えば銀千代さんが他の男の人と仲良く腕を組んでいるところを想像してみてください」


「……」


 想像して、少しイラっとした。

 顔には出さないようにしたつもりだが、俺の心の機微を読み取ったらしい金千代さんはしたり顔で続けた。


「その感情を嫉妬というんですよ。愛されているという自信があるから、何でもないと思えるんです。愛がいつまでも自分に注がれていると慢心するのはやめておいた方がよいと思いますよ」


 銀千代と同じ顔をしているのにずいぶんと難しいことを言ってくる人だ。と思ったが、よくよく考えてみると、あいつは頭はよかった。悪いのは倫理観だった。


「あいつも金千代さんくらい理論的ならいいんだけどな……」


 鼻で大きく息を吐くと、金千代さんに「ふふ」と笑われた。


「それは無理ですよ。イギリスの哲学者であるフランシス・ベーコンが言っています」


「え?」


「恋をしても賢くいるなんて、不可能だ」


 と、なにやらカッコいいことを言った瞬間、「きゃあ!」彼女は足を滑らせた。

「あぶない!」

 とっさに手を伸ばし、庇う、

「イって! 」

 拍子に俺は転んでしまった。ズボン水浸しになってしまった。


「ああ! すみません! 大丈夫ですか?」


「へーきへーき」


 平気ではないが、笑ってごまかす。金千代さんは困ったように頭を下げた。

 足をくじいてしまったらしい。

 昔、捻挫したことがあるが、そのときほどの痛みではないのですぐ治るとは思うが、しばらくまともに立ち上がることができなかった。

 金千代さんが畑にいるじいさんを呼んでくれて、なんとか移動できたが、しばらく安静だ。

 今日中には家に帰るつもりだったが、しばらく泊めてもらうことにした。



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