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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ1:金守銀千代の旋風
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第75話:五月晴、恋風邪ぞっと、身に染みて


 教科書を鞄につめていたら、隣の席の銀千代が渋い顔で、


「ごめんなさい。今日予定あるから先に帰ってて」


 と頭を下げてきた。


  別に一緒に帰る約束はしていないが、こいつが俺と別行動をとりたがるときは大抵ろくなことはない。


「なにすんだ?」


 銀千代は暫し無言になるとうっすらと笑みを浮かべた。

「……ちょっと将来の話をするんだ」


「先生と?」


「そんな感じ」


「ふぅん、まあ、そういう時期だもんな」


 鞄を持って立ち上がる。今日は早めに帰れそうだ。


「それじゃあな」


「うん。また後で」


 家についたらなにしようかと考えながら、教室をあとにする。廊下の窓は換気のために少しだけ開けられていて、新緑の爽やかな香りが漂っていた。

 階段まで来たところで、ふと気付いた。今日は職員会議で、この時間、相談できる教師はいないはずだ。

 嫌な予感がしてきた。

 踊り場で踵を返し、壁に隠れながら教室を窺い見てみた。

 ちょうど銀千代が出てくるところだった。スクールバッグを肩からさげ、無表情のまま職員室がある階段とは逆方向へ進んでいく。

 怪しい。

 人差し指を唾で濡らし、風の動きをよんでみた。乾き始める方向から、銀千代は風上にいることがわかった。一定の距離さえ保てば匂いでばれることはない。

 つけてみるか。

 人混みに紛れるように銀千代のあとを追う。


 銀千代は周囲を気にする風もなく、科学室に入っていった。

 鍵はかかっていなかったらしい。中を窺うのはバレる可能性があるので、距離をとって、出てくるのを待つ。

 それにしても今日のあいつは大人しかった。このまま何事もなく一日が終わればいいのだけど。

 一分もたたず、銀千代は廊下に戻ってきた。

 なにをしていたのだろうか。

 また脇目も降らずに廊下の端を目指して歩き始めた。肩にかけたバッグが教室を出たときより、膨らんでいる。奥の階段について、視界から消えた。

 早足で後を追う。科学室の前を通るとき、中をちらりと見てみると、

 黒い机の天板の上にサインが書かれた色紙と千円札が数枚が置いてあった。その周りで白衣の科学部員が嬉しそうに万歳していた。カオスである。なにが起こったのか、考えるのはやめておこう。


 銀千代が上がっていった階段についた。ばれないように身を屈めながら上を見ると、ちょうど屋上に通じる扉を銀千代が開けるところだった。蝶番が軋んで悲鳴に似た音をたてる。

 そうか、あいつ合鍵を持っていたんだった。こんなところになんの用事があるのだろう、と首を捻りながら、薄暗い階段を上がり、屋上の扉に片耳をあてる。

 向こう側の音は分厚い鉄扉に阻まれ聞こえなかった。

 ノブをそっと握り、音が鳴らないようにゆっくり力を込める。爽やかな風が吹き込んできた。

 幸いにして、屋上にいる銀千代にばれることは無かった。

 安堵の息を吐き、少女の背中を見つける。

 青空を背景に銀千代はあぐらを、……いや、座禅だ。

 銀千代はなぜか雲ひとつ無い青空の下、扉を背に、座禅を組んでいた。

「……」

 なにしてんだ。

 首を捻る。

 遮るものが何もないので、風が強い。長い黒髪や制服がバタバタとはためいているが、銀千代本人は微動だにしていない。凄まじい集中力だ。

 鳥が銀千代の集中力にビビって百八十度方向転換して飛んでった。

 まじであいつ、ほんと、なにして


「なにしてるんですか、先輩?」


「うえっ!?」


 突如として声をかけられて、びくりと体が跳ねてしまった。

 振り替えると、怪訝そうな表情を浮かべた沼袋が立っていた。


「べ、べつに。いや、つうか、お前こそこんなところで何してるんだよ」


 逆質問に沼袋は若干不満そうに眉間に皺寄せた。


「銀千代さんに呼ばれたんですよ」


「銀千代に?」


 話が読めてきた。


「ほら」


 沼袋はポケットからスマホを取り出しラインのトーク画面を見せてきた。


「放課後、屋上集合」


 とだけ書かれている。


「ダンスレッスンのお誘いです」


 にへへ、と嬉しそうに微笑んだ。


「いやぁ、たぶん違うと思うよ」


 科学室に寄ってったわけは考えないことにしよう。

 沼袋には「あとは何とかしとくから、帰れ」とどうにか違和感なく伝えなくては、と考えていたら、


「ひっ!」


 引きつくような悲鳴が彼女から上がった。その声に逆にびびってしまった。


「なんだよ、脅かすなよ」


「ぎ、銀千代さん」


「え?」


 振り向くと、屋上の扉を半開きに、こちらをものすごい眼光で見つめる銀千代がいた。


「……」


 カッと見開かれた目は文字通りお皿のように大きかった。


「おい、銀千代……」


「なにしてるのかな」


「いや、特になにも……」


「なにも? ……ふっ」


 鼻で笑ったかと思った次の瞬間、


「ふはははははははははははは」


 突如として大声を上げて笑い始めた。常軌を逸していた。


「お」


 言葉を失いかけてしまう。


「あはっあはっ!」


「落ち着けよ、銀千」


「落ち着いてなんていられないよっ!!」


 ガァン、と弾けるような音が響いた。どうやら鉄扉の向こう側から怒りに任せて拳をぶつけた音らしい。


「その女はなに? こんなところで何してるの? なんで二人きりなの?」


「たまたま会ったんだ」


「この前の雨の日、二人一緒に帰ったよね。それもたまたまなのかな?」


「なんで知ってるんだよ」


「ゆーくんと銀千代はぁ、以心伝心だからぁ!」


「答えになってない」


「いいから、はやくアバズレから離れてゆーくん」


「アバズレて……」


「大衆に媚びて異性からちやほやされるのに喜びを感じる女をアバズレっていうんだよ」


 いや、それいったらお前もアイドル(そう)じゃん。


「それとも、まだ、話し足りないのかな? あんなに、ふふっ、仲良さそうに話してたのにね……」


「話っていうか……」


「全部、わかってるから」


 ぞくりと肌が粟立つ。こいつ、この間俺が沼袋に告白されたことを知ってやがる。


「ゆーくん、大丈夫だよ。銀千代は怒ってないよ。だから、あんまりソワソワしないで」


 彼女の瞳には光が一切無い。

「ゆーくんはいつでもキョ」

 ゾッとしたので、一旦、扉を閉めた。


「……」


「……」


 沼袋と目配せする。

 これは、もう、ダメかもわかんね。


「ぎ、銀千代さん、落ち着いて、聞いてください。わたしは」


 訥々と沼袋は鉄扉の向こうの銀千代に声かけた。


「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」


 鉄扉が物凄い勢いで叩かれている。ガンガンガンガンと。ドアノブを捻るという概念を忘れてしまったらしい。


「銀千代さん、す、すみませんでし」


「オラオラオラアラオラ!」


 頭が痛くなってきたが、まあ、なんとなく予期していたことではあった。伊達に長い付き合いではない。いつかの金音の時と同じパターンだ。


「沼袋、俺がいいというまで口を開くなよ」


「え、あ、はい」


「ふぅー」気合いいれて、

 ドアを開ける。


「フッー、フッー」


 猛禽類に似た目で銀千代が立っていた。


「銀千代」


「ゆーくん……」


「手から、血が出てるぞ……」


 少女の拳は扉を叩きすぎて擦りむけていた。


「とりあえず、絆創膏貼っておけ」


「そんなのどうでもいいよ!」


 銀千代が地団駄を踏んだ。


「二人の愛の間に障害物が現れたんだよ! 取り除かなくちゃ。銀千代にまかせて」


 大声で怒鳴られたかと思ったら、一転、焦点の合わぬ瞳のままにっこりと微笑まれる。


「科学室でね、いろいろと薬品そろえたんだ。銀千代、がんばるね」


「がんばんな」


 屋上に足を踏み入れて、後ろ手でドアを閉める。とりあえず、これで銀千代と沼袋との間に壁を作ることが出来た。


「ゆーくん、どいて! そいつ殺せない」

 

 行き着くとこまで行った感じがあるので、

「どけるわけねーだろ!」

 と怒鳴り付ける。


「ゆーくんが狂ってしまう前に銀千代がどうにかするから、安心してね」


「お前が一番おかしいって……」


「おかしい……?」


 俺の指摘にきょとんとしてから、


「銀千代は、正常だよ」


 震える声で彼女は続けた。


「銀千代は、ゆーくんが好きなんだよ。大好きなんだよ。そこに嘘偽りは一切無いの。純粋な、そう、純粋な、愛なんだよ」


「それは、まあ、十分伝わってきてるけど……」


「だから、ゆーくんも、銀千代のことを一番好きでいてほし、ほしくて、ひぐっだって、ひっぐ」


 鼻をならした銀千代の目には大粒の涙があった。


「銀千代は、ゆーくんが、大好きなんだもんん! うぅぅうう」


「あ、ああ、わかったから……」


「うわぁあああああああああん!」


 未就学児がおもちゃ売り場でするように、銀千代は恥も外聞もなく、大声で泣き始めた。

 さっきは笑っていまは泣き叫んで。情緒不安定にもほどがある。


「うわぁああああああああああああああああああああああああん!」


 その慟哭は甲子園のサイレンのようでもあった。


「だから、他人を殺そうとするなんて、おかしいだろ」


 ため息を飲み込んでなんとか伝える。


「おかしくなんか、おかしくなんか、ないっ!」


 銀千代は膝から崩れ落ちた。


「銀千代は頭いいもん。かわいいし、あと頭もいい! ゆーくんが好きだし、頭もいい。おかしいのは周りの人だよ」


「とりあえず、一回落ち着こう」


「で、でも、もし、大好きな人に大好きって言えないような世界なら、銀千代は狂ってていいよ!」


「……」


「それで、それでいいから、ゆーくん、ねぇ、銀千代を愛してるって言って……」


 涙と鼻水で銀千代の顔面はグチョグチョだった。


「おかしなやつだな」


 ため息混じり呟くと、銀千代は青くなったが、まだ少し誤解があるみたいだ。


「結局のところ、お前が誰かから告白されたのと同じことだろ」


「……」


「それでも、お前は他人には目もくれず、俺のこと好きって言ってくれてるだろ。今回の件となにが違うってんだよ」


「……」


 銀千代は暫し無言になってから、


「でも、ゆーくんが他の人を好きになる可能性が万に一つでもあるなら、若い芽は潰しておかないと」


 と呟いたので、


「お前が俺だったら万に一つでも好きになんのかよ」


 と反論したら、


「ならない!」


 と白い歯を見せて、微笑んだ。

 単純なやつだ。


「わかったら、沼袋にごめんなさいしな」


「うん!」


 銀千代は立ち上がると、にこにこしながら屋上のドアを開けた。涙は引っ込んだらしい。この数時間で喜怒哀楽コンプリートしたな、こいつ。


「あ」


 ドアの前には沼袋が所在なげに立っていた。


「すみません、銀千代さん、私はお二人の仲を引っ掻き回そうとか、そういうつもりはなくて」


「こんにちは。沼袋七味さん」


「こ、こんにちは……」


「さっきはごめんね、我を失ってたみたい。でももう大丈夫だよ。銀千代はね、ゆーくんが好きな人は好きなの。同じゆーくん好きとして敬意をはらいます」


「……は、はぁ」


 ポツリと沼袋は会釈した。

 先程の行動とは真逆なことを言って、銀千代は両手を合わせた。


「だから、特別ゆーくんの左足の小指の爪を切る権利は沼袋さんに譲ってあげるね」


 もとからそんな権利お前は持っていない。


「え、あ、結構です」


 わりとドン引きした表情を浮かべて沼袋は苦笑いを浮かべた。



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― 新着の感想 ―
[一言] ゆーくん特効で索敵スキルSの銀千代にバレずにストーキングできるゆーくんのスキルよ。 門前の小僧習わぬ経を何とやらだね…?
[一言] ま、そうなるよね。、
[良い点] 告白したときは殺意がどうなることかと思いましたがどうにか丸く?四角かもしれませんがともかく収まって良かったです。それでも沼袋さんも頑張って欲しいです。
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