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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第一章:金守銀千代は恋をする
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第10話:八月の花火は夜に逃げる 前


 旅に出ようと思った。


 世の中の全部がどうでもよくなって、ともかく俺は、遠くに行きたかったのだ。


 三時間前の自室。


 夏休みも半分過ぎ、宿題を早々に終わらせ、特にやることもない俺は、悠々自適に自堕落な生活を送っていた。


 クーラーの効かせた部屋で、セミの声をシャットアウトし、昼頃に起きて、真夜中までテレビゲームをする、穏やかで幸せな一日だ。

 親はあきれて文句も言わず、カレンダーの日付が過ぎていくにつれ、俺のエイム力は高まっていった。

 その日もいつものように友達の松崎くんとFPSのチームデスマッチを楽しんでいた。


「どーん!」


 背後でドアが開かれる音がしたが、そのときの俺はテレビの中の戦場にいたので、振りかえる余裕はなかった。どっしり座って、コントローラーをしっかり握る。


「ゆーくん、今日は花火大会だよ!」


 どうやら銀千代が来たらしいが、忙しいので無視だ。

 友達とボイチャしながらプレイするゲームの楽しさは何者にも勝る。


「……まっつん、そっち敵いるぞ」


『おーらい! つか、誰か来たんか?』


「気にすんな。いまが攻め時だ。一気にいくぞ!」


『オッケー、あ、くそ、しっ、よし、倒した。しゃあ、雑魚が!』


「さすが! そのままこっち来れる?」


『あ! くそ! 芋だ。ふざけっ! だあー、死んだわ! マジくそすぎ』


「クリアリング甘過ぎ」


 などと、会話をしながらプレイしたら、


「とん」


 脇腹をつつかれた。


「!」


「ぴゅーーー」


 脇腹にあった人差し指がゆっくりと上に上がっていく。


「どーーーん、あむっ」


「ひゃあ!」


 首筋噛まれた。


『大丈夫か! 敵か!?』


「い、いや、ごめん、ちょっと……!」


 モニターの中で俺のキャラの頭がぶっ飛んだ。画面が真っ赤に染まる。スナイパーライフルでやられたらしい。集中が切れたせいだ。


「……ごめん、ちょっと落ちるわ」


『え? なにがあった!?』


「親に呼ばれた。んじゃな」


『お、おう。なら仕方ないな。またな』


 通信を切って、ロビーに戻る。


「銀千代! ゲームしてるときはちょっかい出してくるなっていっただろ!」


「銀千代、かまちょだよ。かまちょかまちょ」


「うぜぇんだよ!」


 ヘッドホンをはずしながら、背中に引っ付く銀千代を睨み付ける。


「あ」


「ゆーくん、花火大会行こうよ。この夏は一度きりだよ」


 銀千代は浴衣を来ていた。青い生地に金魚が泳ぐ涼しげなデザインをしていた。


「あ、そうか、珠川祭りって今日だっけ」


 似合っていた。

 アップにした髪は新鮮で、うなじが男心をくすぐった。


「えへへ。母様の浴衣なんだ。似合ってるでしょ?」


 その場でくるりと一回転する。


「そ、そうだな」


「はい、ゆーくん、これ」


「ん?」


 畳まれた甚平を渡される。


「これゆーくんの分。父様から借りたんだ」


 俺はテレビの方を向き直し、先ほど消したばかりのゲームを選択し、起動した。


「あっ、ゆーくん! ピコピコはおしまい! 出かける準備しよ! 着方わからないなら手伝うから! 心配しないで簡単だよ」


「いや、行く気しないだけだから」


「ええー、なんで! 青春だよ!」


「人混み苦手なんだよ。ずっと立ちっぱで疲れるだろ」


 そして何より外に出ると銀千代はくっつきたがるのだ。悪い虫が寄ってこないように匂いつけてるんだぁー、とか言ってたが、そんなところを人に見られるのは恥ずかしい。


「ええー、行こう行こう行こう行こう! 絶対絶対絶対たのしぃよぉー!」


 いつもよりワンオクターブ高い声。どうやら祭りの雰囲気にあてられてテンション高くなっているらしい。


「行かんッッ!!!!」


 強固な意思だ。また初詣の時のような悲劇が起こる予感がするので、わざわざ混んでるところに行って、目に見えるトラブルに遭遇するより、ゲームのなかの平穏なトラブルシューティングしている方が百万倍もマシである。


「もぉう! かわいいカノジョがこんなに頼んでるのに!」


「カノジョじゃねぇだろ」


「銀千代はね、心配してるんだよ。ゆーくんったら、夏期講習が終わってから、外出したの、コンビニにアイスを買いに行ったときと、ワイヤレスイヤホンを電気屋さんに買いに行った時だけなんだよ」


「なんで知ってんだよ! お前、俺のことつけてたな!」


「……」


 一時無言になったが、すぐに続けた。


「ともかく、このままじゃ高校一年生の貴重な夏休みが、部屋でゲームかマスターベーションしてただけになっちゃうんだよ!」


「え……」


 え、ちょっとまって、何て言ったこいつ。マス……ってそれ、オナ……、


「夏休みにはいってからゆーくんのリビドーは肥大化するばかりで、夏という開放的な季節に部屋にこもることによって、抑圧された性欲が……」


「え、いやいや、ちょっとまって、銀千代、おまえ……は、え?」


「外に出て、鬱屈とした精神をリフレッシュさせないと」


「おまえ、見てたの?」


「ん? なにが」


「いや、俺の、その……」


「……?」


「……どっかにカメラある?」


「……」


 銀千代は無言でエアコンを指差した。


「え、そこに隠しカメラあるの? いつから?」


「……」


 首をかしげる。銀千代が言い淀むとき、それすなわち都合が悪いとき。つまり、けっこう、まえから!


「あ……」


 渇いた喉から音が漏れ、


「ああああああ!」


 俺はスマホと財布を掴んで叫び、


「ゆーくん!! 待って!」


「あああああああああああああああ!」


 部屋を飛び出し、


「あああああああああああああああああああああああああ!」


 車庫の停めてあったマウンテンバイクにまたがって、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 力の限りこぎ続けた。


 ともかく、どこか遠くに行きたかった。

 誰もいない、静かな場所に行きたかった。


「まってぇ、ゆーくん!!」


 銀千代が走りながら追いかけてきた。こいつ、めっちゃ足早い。


「花火大会、どうするのぉ!」


 そんなん、どうでもいいわ!


「俺のそばにぃ!! 近寄るなぁぁぁあああああああああああ!!」


 坂道を下りながら叫ぶ。銀千代がやがて小さくなって、視界から消えた。

 ちょっと気持ちよかったが、気持ちは晴れなかった。




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