第72話:五月病の宇宙人
爽やかな風が吹き抜ける。新緑が香る穏やかな陽気。
テレビニュースは大型連休に盛り上がり、旅行にいく子供たちの笑顔を写し出している。
なるほど、幸せそうである。
お出掛けしたくなる気持ちはよくわかる。
よくわかるけど、俺には予定はない。お金もないし、行きたいところもない。
それでも、やりたいことはあった。
母親がつくってくれた朝御飯兼昼御飯のソーメンにお腹を膨らませ、自室のドアを開ける。
「今日は久々にのんびりできるね」
「……いや、なんでいんの?」
「ん?」
「ここ、俺の部屋だけど」
人ん家でヨガ(はとのポーズ)していた銀千代は俺の真っ当な突っ込みに、暫し無言になってから、小さく頷いた。
「……あっ、そっか」
不法侵入しすぎて、自分チみたいな感覚になってきているらしい。断じて認めるわけにはいかない。
「早く出てけよ。いまからゲームすんだから」
プレステ4の電源を入れて、コントローラーを握る。最近休日も何だかんだでバタバタしていたから、ゲームするのも久しぶりだ。
俺にヨガを邪魔された銀千代は不服そうに頬を膨らませた。
「酷いよゆーくん。昨日はずっと漫画読んでて、銀千代の相手してくれなかったのに」
「完結記念の全話無料が八日までだったからな……」
気づいたら一気に読んじゃってたけど。
「それにそのピコピコの流行はもう落ち着いちゃってるよ」
構ってほしいらしい。なんとも的はずれな発言だ。
「俺は俺のペースでゆっくりやるから」
「ゆーくん、流行に流されてピコピコするの嫌いっていってたじゃん」
「別に配信とかしてないし。嫌いなのはお金だけが目的となって好きでもないゲームをプレイしてるやつらだから」
テレビ画面にタイトルが写し出される。相変わらず最高にかっこいい。荘厳な音楽を延々と聞きたいところだが、グッと堪えてスタートボタンを押す。
「YouTuberとかそもそもにして興味ないから見ないし。俺の願いは俺の好きなコンテンツを荒らさないでくれってことぐらいかな」
ロード画面が明け、前回の続きから再開される。
今日は聖樹に行く予定なのだ。
「まあまあそんなこと言わないでゆーくん」
むふふーと謎の笑い声をあげてから銀千代は喜色満面でポケットからスマホを取り出した。
「そんなゆーくんにオススメのVチューバーがいます。はい」
ぐい、と目の前に突きつけられるスマホ。いや、邪魔ぁ!
「人気イラストレーターのすき焼きうどん改先生がデザインしたの。ねっ、すごくかわいいでしょ! Vチューバー界期待の新星なんだよ」
「ぶいちゅーばー?」
「バーチャルYouTuberのことだよ。CGなんかでモデリングされたキャラクターをアバターとして活動する配信者をさすことが多いんだ」
「いや、それは知ってるけど」
「この子はねー、はるか八十万光年先のハピハピ星から地球に愛を探しに来た宇宙人なんだよ」
「聞いてねぇから。説明すんな」
手で銀千代のスマホを払いのけるが、なおもしつこく突きつけてくる。
正直そういう設定、痛々しくて苦手なんだよ。
スマホの画面には猫耳つけた赤い髪のアニメキャラがヌラヌラ動いていた。
むっ。
たしかにかわいい。いいデザインしている。
『どーもー。地球のみなさん、おはこんばんにちは! 地球に愛を探しに来たハピハピ星人のチヨチヨだっピ!』
「……」
「毎度お馴染み流浪のチャンネル。ハッピーアワーにようこそっピ。今日はこのピコピコやりたいと思うっピ!」
サブイボがたった。
チヨチヨは俺がいまプレイしているゲームを開始し始めた。
「……」
「ね、ほら凄いんだよ」
銀千代はキラキラとした瞳でチヨチヨを応援している。
「……」
3Dモデリングがヌラヌラ動いている。
「ほら、すごい、かわいい。頑張れチヨチヨ!」
「……」
「それいけチヨチヨ!」
「これお前だろ」
「ふぇっ!」
俺の冷静な突っ込みに、銀千代は見てわかるぐらい大きく体を震わせた。
「なななななにを根拠に言ってるの。そそそそんなわけないじゃん。あははは、ゆーくんのジョークは面白いなぁ」
「いや、声同じじゃん」
「全然チガウヨー!」
ワントーンあげて否定してきたが、十年以上幼馴染みをやって来た仲だ。皮を被っていても正体くらいは見抜ける。
「銀千代はチヨチヨじゃないよ。だってチヨチヨは宇宙人なんだよ!」
カテゴライズ的には似たようなもんだと思う。
「ゲームのことピコピコって言ってるし。名前もチヨチヨってもう隠す気ないだろ」
身バレのRTAでもやってんのかな?
「……」
「なにがしたいの?」
「ち、違うもん。コレ、銀千代じゃないもん。だって、ほら、見て!」
「……ん?」
銀千代のスマホの動画を見る。
チヨチヨが操作するキャラクターが最初の敵を撃破するところだった。
攻撃のスキをつく完璧な操作だ。ノーダメージである。
「銀千代こんなにピコピコうまくないし」
「……そうだな」
最初のボスはチュートリアルみたいなもんで負けるのが前提なのに、初見プレイではあり得ない動きだ。
「別の人が操作してんだろ」
「……」
「そのあとお前がアバター使ってリアクションしてるだけだろ」
「……」
「もういいか? いまから聖樹にいかないとだから」
コントローラーを握り直したら、
「まってまって、このあと、凄いんだよ!」
チヨチヨの操作していたキャラクターがフィールドにいた敵ボスに吹き飛ばされて死亡した。
『ギエピー!』
断末魔あげて、またリスタートするチヨチヨ。
『負けっぱなしは趣味じゃないっピ!』
と二回目のリトライでフィールドのボスを撃破するチヨチヨ。
いやだからあり得ないって。
「うますぎだろ」
本来はある程度レベリングしてから挑むボスを初期値で撃破している。
「でしょー? すごいよね。ゆーくんもチヨチヨかわいいと思うよね?」
「かわいい、というか、ふつうに凄いとは思う」
「でしょでしょ! えへへ。ゆーくん、チヨチヨの中の人を今回、特別に教えてあげるね。クラスのみんなには内緒だよ」
「いや、だからお前だろ」
「なんとチヨチヨの中の人は金守銀千代でしたー」
「さっきからそう言ってんだろ」
耳鼻科行け。
「ピコピコが凄くうまい大人気Vチューバーの中の人が自分の恋人だなんてゆーくんは本当に幸せ者だね」
「何もかもが間違ってるな」
このままスルーしてもよかったが、この謎の活動を続けられるのも目障りなので、しっかり訂正しておくことにした。
「まず俺はVチューバーに興味ない」
「え、でもゆーくん二次元好きじゃん」
語弊のある言い方をやめろ。
「どうする? 配信後にマイク切り忘れてネットニュースになる?」
いやだよ。
「そもそも俺はゲーム上手い女子が好きと言うわけではないからな」
「でも下手な子よりは好きだよね……?」
「どっちでもいいわ」
浅くため息をついて、
「なんでこんなアホみたいな活動始めたんだよ。ドラマの撮影とかライブで忙しいんじゃなかったのか?」
なぜか人気絶頂の金守銀千代の芸能活動は多忙を極めていた。芋洗坂の方の動画配信もあるのに、個別にチャンネルを持つなんて無理がある。
「だってぇ……」
銀千代が不満そうに唇を尖らせた。
「ゆーくんがピコピコばっかりで最近銀千代との時間を大切にしてくれないから……」
「なに言ってるんだ?」
お前が芸能活動に集中しやすいようにあえてゲームで時間を潰してやっていたのだ。嘘だけど。
「ピコピコと銀千代どっちが大事?」
「前もそれ聞いてこなかったっけ?」
「質問を質問で返さないで!」
「前も言ったと思うけど、付き合ってもねぇんだから俺が俺の時間になにしようが自由だろ!」
「自由だからこそ銀千代の側にいてほしいの」
ジッと正面から潤んだ瞳で見つめてきた。
「何しなくても勝手に隣来るやつがなに言ってんだよ。一人でゲームする時間くらいくれ」
「もちろんゆーくんの意思は尊重するよ! まかせて!」
と銀千代がいい笑顔で頷いた時、スマホの中のチヨチヨが、
『このゲームは他プレイヤーの世界に侵入できるって聞いたっピ。はやく侵入できるようになりたいっピ』
と騒いでいた。
上等だよ。俺の戦技でチタタプしてやるよ。




