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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
おまけ1:金守銀千代の旋風
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第67話:三月の再誕者


 部屋の掃除をした。


 チリ一つとして残さない。

 タンスの隙間、クローゼット、ベッドの下、人の隠れられるスペースはより念入りに。

 防犯グッズも取り揃えた。ドアの鍵を後付けでプラスにし、窓のクレセント錠にも補助錠を設置する。

 だが、俺は油断しない。


 銀千代に電話を掛ける。一回目のコールが始まる前に通話がスタートする。


「もしもしゆーくんからラブコ」


「間違えた」


 切る。

 よしよし。


 室内には居ない確認ができたので一安心だ。仕事で東京に行っていると言っていたが嘘はないらしい。

 ピポンと音がして、ラインが届いた。

『ゆーくん』

『大丈夫?』

『なにかあった?』

『助けが必要?』

『助けにいくね』

『銀千代、動きます』

 怒濤の六連撃。

『動かなくていい。間違えてコールしちゃっただけだから気にするな』

 と慌てて返信する。

 ノンタイムで返ってきた。

『そっか』

『でも、心配だから、会いに行っていい?』

『会いたいな』

『愛してるよ』

 チッ、と舌打ちが出そうになるのを抑えて返信する。

『来るな』

 ふぅ、ため息をついてから、続きを入力、

『毎年破られるから、今年こそはしっかり伝えておくけど』


『好きだよ』


『誕生日、出生時間に祝いに来るなよ』


『やだ』


『やだじゃねぇよ。毎度毎度早朝に起こしに来やがって。普通日付が変わったときにおめでとうメール送るもんなんだよ』


『日付変わった時はまだゆーくん生まれてないよ。お祝いしてる人たちはとんだお間抜けさんだね』


『なんでもいいけど、ともかく明日の早朝に来たら銀千代のこと嫌いになるからな』


『それはやだな』


 銀千代の入力はなおも続く。


『やだけど、ゆーくんの誕生日お祝いしたい』


『その気持ちだけで結構です』


『どうしたらいい?』

 どーしたも、こーしたも


『ともかく家には来るなよ!』


『わかりました』

 一先ずは納得してくれたらしい


 周囲を一度見渡してから、布団にはいる。大丈夫だよな?

 と不安がよぎるが、今年こそはと、安眠を祈って、俺は目を閉じた。


 眠るのに時間はかからなかった。

 掃除やら買い出しやらで疲れていたから。




「……」


 夢を見たのか、どうかすら、わからないような、浅い睡眠だった。





「ゆーくん、ゆーくん」


「……」


「ゆーくん、ゆーくん」


「……」


「ゆーくん、ゆーくん」


「……」


「ゆーくん、ゆーくん」


「……」


「ゆーくん、ゆーくん」


 体が揺さぶられ、反射的に目を開ける。薄暗闇に人影がぼんやり見えた。


「……」


「ゆーくん、ゆーくん」


「……」


「ゆーくん、ゆーくん」


 霞む視界。一瞬で、状況を理解。


「やりやがったなぁ、くそぉ……」


「! おはよう、ゆーくん! 朝だよ!」


 夜だよ。


「人の話きいてたぁ……?」


 まだ暗い。


「何時だよ……」


「5時41分46秒!」


 時間的には朝か?

 ゆっくりと体を起き上がらせて大きくため息をつく。


「家来たら、嫌いになるって言ったよなぁ」


 頭を抱えながら上半身を起き上がらせる。


「ゆーくんが銀千代のこと嫌いなるわけないって結論に至りました!」


 至るな。


「ふざけんな、まじで。お前なんか大嫌いだ」


「銀千代は好きだよ。はい、お水。ゆーくんの一日はコップ一杯から始まるもんね!」


「……」


 差し出されたコップを受け取り、一気に飲み干す。渇いた喉が潤った。


「それにね、……二人の関係性はそんなことじゃ壊れないってわかってるから」


 コップが空になると同時にハグされた。

 豊満な胸に頭が挟まれる。抱きつき攻撃である。

 突き放したら。「ひゃ」と悲鳴をあげて銀千代はベッドに尻餅ついた。


「誕生日だもんね……いいよ……」


 股を広げて来やがったので、平手打ちで閉じさせる。


「帰れ」


「え、なんで?」


「昨日さんざん言っただろう。今日来たらお前のこと嫌いになるって」


「うん。だからね、銀千代のことを嫌いになっても私のことは嫌いになってほしくないって思って。やり直すことにしたんだ」


「は?」


「じじゃーん」


 バン、と紙を広げて突きつけられるが暗くてよくわからなかった。


「これはね改名の申立書」


「はぁ……」


「銀千代はゆーくんに嫌われるくらいなら名前を変えたいと思います! 命名権という誕生日プレゼントだよ。さぁ、名付親(ゴッドファーザー)になって!」


 ちがう、ちがう、そうじゃ、そうじゃあない。


「……」


「何て名前にする?」


「まじで言ってんのか?」


「うん。ゆーくんの好きな名前でいいよ。南極8号とかパンスト太郎でも……どんなものでもいいからね」


 そんな名前、役所が受理するわけないだろ。


「改名なんてしなくていいから、はやく帰ってくれ」


「あ!! 待って!」


 毛布をかぶり直そうとしたら呼び止められた。


「あ?」


「9、8、7…… 」


 ジッと動きを止める。チクチクと時計の針が進む音が静かに響いた。


「はい! 5時43分! おめでとう! ゆーくん!」


 銀千代がパチパチと拍手する。と同時に証明がパッとついた。暗闇になれていた目が光にやかれる。ぐあああ。


「ミュージックスタート!」


 と言うと同時にベッドの下からバースディソングが流れ始めた。


「え、は? どういうこと?」


「この腐敗した世界にゆーくんがおと」


「いや、そーいうのはどうでもいい。なんで勝手に灯りがついたり音楽が流れたりしたんだ」


「んふふ。実はね、部屋の家電を一式スマート家電に変えたんだ。テレビも電気もスピーカーも。音声認識で稼働するようになってるんだよ」


「なに勝手にやってんの……」


「うんうん。もちろん、プレゼントはこれだけじゃないよ」


 銀千代が手を叩くと同時にタンスの上に立て掛けられていたiPadがひとりでに起動し、写真のスライドショーが始まった。洋画のボディーガードの曲と共に。

 被写体はすべて銀千代だった。

 なんだぁ、いやぁあー。


「撮りおろしのオフショットだよ。ベッドの振動を感知して、自動で流れるようになってるの。おやすみ前に銀千代に会えるんだよ。えへへ」


「……」


「三十枚に一枚ちょっと際どい写真が入ってるからお楽しみにね。もちろん銀千代iPadはゆーくんの写真がスライドショーされてるよ。えへへ、もちろん、こちらも十枚に一枚際どい写真が」


「消しとけ」


 そういえばこいつも俺と同じ誕生日だった。


「まあ。なんだ、とりあえず、ありがとう」


 iPadは素直に嬉しい。


「うふふ。実はアラームの音声も銀千代の声にしようと思ったんだけど、リアルで起こしにいくからそれはそのままなんだ」


 起こすという発言で思い出した。いつも通り突拍子のない行動で煙に巻かれかけていたが、


「て、ちょっと待て。お前どうやってこの部屋に入ってきたんだ。密室だっただろ!」


「……」


 スン、と無表情になる。

 さっきまでのテンションどこ行った。


 あり得ないことだ。

 隠れられるところは全部見てから寝たはずだ。ドアの鍵は三つもつけて鉄壁だし、窓にも補助錠が……、


「窓……」


 カーテンが揺れている。


「あとね、これ、ゆーくんが絶対喜んでくれるだろうなぁって思って見つけておいたプレゼント!」


 銀千代が下を指差す。薄い段ボールに挟まれリボンがけされたものがいつのまにか床に転がっていた。半畳くらいある。かなり大きい。なんだこれ。寝る前はなかったはずだが、


「ガラスだよ」


「はぁ?」


「春とは言え、夜はまだ冷えるもんね」


 銀千代が笑顔を浮かべたが、無視して、カーテンを開け放つ。


 夜の空気がダイレクトに鼻孔をくすぐった。


「お前、なんてことを……」


 割られていた。クモの巣みたいなひび割れの中心にぽっかりと穴が空いている。

 真っ暗な住宅街が眼下に広がっていた。


「えへへ……いまゆーくんが一番欲しいもの。ちゃんと買っておいたからね」


 照れたように言われた。たしかに窓ガラスもほしいけど、

 いま一番欲しいのは平穏だよ。



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― 新着の感想 ―
[一言] はじめから二人で夜を過ごせばいいんじゃないでしょうか? 密室脱出マジックの反対で、密室侵入マジックを楽しんでるのですね、ゆーくんは。
[気になる点] (一体2人でガラス何枚割ってきたんだろう) [一言] 3月に入ってもしかして誕生日ネタ来ないかなと密かに思っていたら本当に投稿して頂きありがとうございます! 正月やバレンタインでゆーく…
[良い点] パンスト太郎w らんまは懐かしすぎるw 窓を買っておいてくれるとは、なるほどやっぱり銀千代は賢いなぁ。
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