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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
第一章:金守銀千代は恋をする
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第1話:四月とはみ出し者の窓辺から

短編で投稿してたやつなんですけど、このままじゃヤンデレで投稿作品が埋まるんで連載にしました。



 靴箱にラブレターが入っていた。


 別に期待なんてしていない。この先何が起こるのか火を見るよりも明らかだからだ。


「……」


 それでも、って思ってしまうのが、俺の悪い癖。


 一抹の希望を携えて、指定された空き教室に行くと、案の定幼馴染の金守銀千代(かなもりぎんちよ)が立っていた。目眩と頭痛が同時に起こり、舌打ちが自然と漏れてしまう。

 最悪な気分で引き返そうとする俺を見つけた銀千代が、瞳に夕日をキラキラさせながら駆け寄ってきた。


「ゆーくん、すきすき大好き超愛してる」


 何百回目かの告白と共に、飛びかかるような勢いで抱き付かれる。


「うるさい。お前のせいでみんなに誤解されて全然友達作れねぇじゃねぇか。離れろ」


 肩を掴んで引きはがす。ふわりと漂うシャンプーの香りに理性が持っていかれそうになるが、この程度のことで屈するわけにはいかない。


「誤解じゃないもん。銀千代はゆーくんが大好きだから、みんなに教えてあげてるだけだもん」


 ぷくぅとハムスターみたいに頬を膨らませ、胸を俺の二の腕に押し当ててくる。普通の女子なら恥じらいを見せる行動ではあるが、こいつに限ってはわざとだ。平常心を保ちつつ、なんとか引き剥がし、ため息をつく。


「何度も言うけど、お前とは幼馴染なだけで、俺は別に好きじゃないからな」


「いつか振り向かせるから大丈夫だよ。心配しないで」


「心配なのはお前の脳ミソだよ。根拠がない自信をどっかにやってくれ」


「銀千代を気遣ってくれるなんてゆーくんは優しいね! ありがとう! がんばるね!」


 やっぱりこいつヤバイやつだ。ネジが何本かイカれてる。

 こいつがこんな調子で俺に付きまとうもんだがら、高校に入学して一ヶ月、未だに友達がいなかった。

 せっかく別のクラスになれたのに休み時間の度に俺の机の前に立つのだ。

 突っ伏して寝た振り決め込んでいても、耳に息を吹き掛けてきたりして邪魔してくるからたまったもんじゃない。

 ちなみに言うと、これでも大分ましになった方だ。

 入学した最初の頃は隣のクラスだというのに、俺の席の横にわざわざ机を持ってきて普通に授業を受け始めたりしたから、恐怖である。


「はっきり言ってやる。迷惑なんだよ。お前が俺に付きまとってるせいで俺は青春を謳歌できないんだ」


 お陰さまで俺のあだ名は「メンヘラにすかれてる奴」だ。本名を誰にも覚えてもらえない。

 遠巻きにこそこそ陰口叩かれるから、メンタルもずたぼろだ。


「銀千代と付き合って謳歌すればいいじゃん」


「お前みたいなストーカー女と付き合えるわけねぇだろ」


「ストー……カー……?」


 首を傾げるので「お前のことだよ」と教えてあげる。


「? 銀千代はストーカーじゃないよ。ただゆーくんが好きなだけだよ」


 無自覚ほどたちの悪いものはない。


「付きまとい行為がストーカーって言うんだよ。そもそもにして、お前頭良いのに、なんで俺と同じ三流高校に進学してるんだよ」


 銀千代は中学の答辞を読むほど成績優秀で、天才だった。


 同じ日に生まれた俺が平仮名を会得したころ、彼女は漢検二級に合格し、英語と中国語をマスターしていた。

 小三で東大の教授が開いている勉強会に参加しはじめ、共同執筆した論文が日本数学会の優秀論文に選ばれたのは小学校六年生の時だった。

 エピソードを挙げればきりがない。

 同じ幼稚園に通っていたころ、お絵描きの時間に落書きをしていたので、何を描いているのか尋ねたら、民間から依頼され、ロケットの弾道を計算していたのだという。

 小二のときテスト中、余った時間でプリントの裏に『モナリザ』を描き、あまりにも精密な模写に舌を巻いた先生が『百五十点』を与えたのは船珠第二小学校の伝説になっている。


 計算だけでなく暗記も得意で、並外れた洞察力と頭脳をもち、彼女は常に合理的な行動をとった。

 非合理なのは俺に執着しているという点、ただそれだけである。


「一緒の高校に行きたかったからだよ。好きだからだよ」


 普遍の真理を語るような口調で銀千代は言った。


「ついてくんじゃねぇよ。お前がいない世界に行きたいんだよ俺は」


「私のこと嫌い?」


「別に嫌いじゃないけど付きまとうのはやめてくれ」


「ありがとう。銀千代も好きだよ。子供は二人がいいなぁ」


「好きとは言ってねぇだろ」


 都合のいい耳をしている。


「いいか、俺は人並みの青春を過ごしたいんだ。お前がいるとできないから自重してくれっていってんの」


「なんで?」


「は?」


「銀千代かわいいでしょ?」


 顎に手をあて媚びるように上目遣いで俺を見てくる。


「……まあ、そうだな」


「頭もいいよ」


「そうだな」


「性格もいいし」


「それはわからんが」


「なにが不満なの?」


 コテンと首をかしげられる。答えは明白だった。


「つきまとい行為だよ! お前また俺の部屋に隠しカメラ仕掛けたな!」


「てへぺろっ!」


「三度目は無いって言っただろ! 絶交だからな!」


 昨日部屋の掃除をしていたら、タンスの上に小型カメラが置いてあったのだ。黒いテープで隠された赤いランプは点灯しており、通信中なのは明らかだった。

 ちなみに今年に入って二度目、通算三度目の盗撮だった。


「でもぉ、ゆーくんも悪いと思うな……花ヶ崎さんと会話してたし……。銀千代、不安になっちゃったの……」


 花ヶ崎さんは一軍女子で、同じクラスになったとき、これからよろしくね的な会話を軽く交わしただけの仲だ。


「ごめんなさい! 許して! つい出来心で!」


 銀千代はしおらしく頭を下げた。前回は許したが、さすがに今度ばかりは勘弁ならない。


 ふつふつと再燃する怒りから怒鳴り散らそうとしたとき、ぼそりと彼女は呟いた。


「好きな人のこと知りたいって思うのは普通でしょ? ゆーくん誕生日なに欲しがってるのかつい気になっちゃって」


「え、じゃあ、先月末に届けられたPS4って……」


 月末最後の日曜日、居間でゴロゴロしていたら、宅配便で届けられたのだ。


「銀千代からのプレゼントだよ! これでまたゲームできるね。だけど、オンラインで浮気とかしちゃだめだからね」


 ちなみに前持ってたゲーム機はこの女に叩き壊された。ボイチャで同い年の女の子と仲良くなったのが気にくわなかったらしい。


「……親父からだと思ってたわ。まじか……いや、えっと、なんていうか、ありがとうな」


 銀行員で長野県に単身赴任している親父からのプレゼントだと思い込んでいた。道理でラインでお礼を言ったらハテナマークで返されたわけだ。


「喜んでくれたなら銀千代も嬉しいよ。だけど、もしお返ししてくれるならここにサインがほしいかな」


 彼女は鞄からクリアファイル取り出して、中に入ってた書類を机の上に広げた。


「ハンコはもう押してあるから」


「なんでお前学校に婚姻届け持ってきてるんだよ! ドン引きだよ」


「ゼクシィもあるよ。白いチャペルがいいなぁ」


 学生鞄からとんでもなく分厚い雑誌を取り出して、ダンと机に置く。

 ドックイヤーされたページをぺらりと開いて、天使のような微笑みを浮かべた。


「よくカバンに入ったな……。とりあえず仕舞え」


「ゆーくんのためなら頑張れるよ」


 そんな頑張りは不要だ。


「……俺よりいい奴なんて星の数ほどいるだろ。言っちゃなんだが、俺はそこまで顔もよくないし、性格もよくないし、頭もよくないぞ」


「そういうところ含めてぜんぶ好きなんだよ」


 せめて一つぐらい否定してほしかったな……。

 あからさまに落ち込んだ顔をしていたら、銀千代は華やかな笑顔を向け、


「ちょっと卑屈なところも好きぃ」


 抱きつかれそうになった。少しだけときめいたが、気のせいと言うことにしておく。バックステップで抱擁をなんとかかわす。


「離れろ! ともかくもう俺に付きまとうな!」


「無理っ!」


 清々しいほどきっぱりと断られる、


「好きになっちゃったもんはしょうがないんだもん。胸から溢れるときめきを止められないんだよ。ずっとくっついてたいんだよー、ただそれだけ」


 銀千代はただひたすらに俺を好いているらしいが、その思いを純粋に受け止めることは俺には出来ない。


 彼女は黙っていれば美人だし、頭もいい。


 だからこそ、


「なにかの罠にしか思えないんだよ!」


 うんうん、と頷きながら銀千代は続けた。


「わかるよ。隣の家に同い年の完璧美少女が住んでるだけでも奇跡なのにその女の子が自分に惚れてるなんて、ゆーくんにとってみたらドッキリみたいなもんだもんね」


「自分でいうんじゃねぇ。自信過剰なんだよお前は!」


「だって好きな人の前で弱点をさらけ出すなんて非合理的でしょ? 良いところを目一杯アピールしていかないと。ピチピチの十五歳でIQ200で得意料理は肉じゃがで好きな言葉は情熱です」


 初対面なら百パーセントでドン引く自己紹介だが、ほとんど知っていた。

 頭を抱えて、大きく息をつく。 


「好きになったっていうけどな。嘘にしか聞こえないんだよ」


 彼女との出会いは十数年前。

 隣の金守さんが引っ越しの挨拶に来てからの付き合いだ。

 当然ながら最初はこんな性格をしていなかった。

 すこし引っ込み思案で人見知りな女の子だったはずだ。

 なにが間違ってこうなってしまったのだろう。


「お前一応芸能人だろ」


「事務所に所属してるだけだよ。やっぱり『かわいい』は維持してないとゆーくんに嫌われちゃうから」


「だとしても、いいのかよ。俺にベタベタしてて」


「? なんでダメなの?」


「人気とか……」


「ゆーくんが他の女の人みるのがヤだから始めただけだよ。やめろっていうならすぐにやめるし」


 読モ始めたって言ってた時は「ふーん」と話し半分で聞いていたが、この間、テレビをみていたら、深夜のクイズバラエティーにふつうに登場していて、飲んでいたお茶を吹いた。

 落ち着いた雰囲気で楚々として振る舞う様は普通に絵になっていたし、そのあと天才美少女としてネットで話題になっていた。


「だから、どっきりカメラとか後ろについてんじゃないか、って思ってさ」


「カメラは昨日ゆーくんに取り外された分だけだよ」


「そういう意味じゃない。ほんとに番組の企画とかではないんだな?」


「ほんとうだよ。ゆーくんに対して秘密はしない主義だから安心して!」


「秘密しないやつは盗撮なんてしないんだよ!」


「え、オープンで撮っていいの?」


「だめに決まってんだろ!」


 女性の二面性については、金守銀千代から十二分に学んできた。

 テレビに出てたときの冷静な受け答えは見ていて思わず感嘆の息をはいたほどだった。


「聞かれなかったから答えなかっただけだもん。聞かれたらちゃんと正直に答えたもん」


 目の前の女性と同一人物だとは到底思えなかった。


「じゃあ、もうほんとに盗撮はしてないんだな!」


「してないよ。天地神明ゆーくんに誓って!」


「……盗聴は?」


「……」


 銀千代は無言で目をそらした。


「おい、黙るんじゃねぇよ、言えよ」


「ねぇねぇゆーくん、この話はやめようよ。知っても知らなくてもいいことを知るのは脳の容量の無駄遣いだよ」


「どこに設置してあるんだ?」


「……ピコピコ」


 彼女はゲーム機全般をピコピコと呼んだ。つまりはこの間、送られてきたプレステ4。


「こえぇよ! まじで勘弁してくれよ! なんなんだよ、おまえ!」


 鳥肌が止まらなかった。

 帰ったら即刻解体しよう。保証範囲外になってしまうが、背に腹は変えられない。


「でもほんとそれぐらいだよ!  ゆーくんに対しては真摯にいようと思ってるから!」


「真摯な奴は盗聴とかしねぇんだよ! ほんとにもう俺に隠してることとかないんだろうな!」


「……」


 銀千代は無言になって目をそらした。


「まだあんのかよ! 正直に答えろよ!」


「えっと、あのね、……すこし言いづらいんだけど……」


 もじもじと指を絡ませて少女は呟いた、


「後頭部にハゲできてるよ」


「知ってるよ! 俺が隠してること言うんじゃねぇよ! 円形脱毛症だよ! 原因はお前だよ!」


 こないだ洗面所でショックを受けたばかりだ。


「安心して! ハゲても銀千代はゆーくんを愛してるよ」


「それがゆえハゲてんだよ! 気付けよ!」


「いつも祈ってるよ。いつまでもかっこいいゆーくんでいてって。あっ、ハゲてもかっこいいと思うよ! 銀千代、ジェイソンステイサムけっこう好きだし、あっ、ゆーくんの方がもちろん好きだよ」


 白々しく取り繕う彼女に純粋にイラついた。


「その話はもういいんだよ、お前の隠しごとだよ! もうないんだな?」


「……」


 銀千代は無言になって、目をそらした。


「まだあんのかよ!」


「実は一つだけ……」


 指を一本たてて、おずおずと少女は続けた。


「……あのね、内緒にしておこうかな、とも思ったんだけど……」


 そのまま、両手で下腹部をさすり始める、


「え」


 いとおしそうに、それでいて少し恥ずかしそうに少女は自らのお腹を撫でている。


「すこし、言いづらいんだけど、実はね」


「嘘だろ……」


 身に覚えが無さすぎてやばかった。

 続きの言葉にびくびくする俺を嘲笑うかのように、銀千代は顔をあげて、


「お腹へったの」


「ああ、そう……」


「から帰りに、軽く食べてこう」


 頬を赤らめながら言った。


「……いいよ」


 断る理由も特にないので頷く。


「ありがとう! あーぁ、また太っちゃうな。体型頑張って維持しないと」


「おまえ本当になんなんだよ……」


 満足げに鼻唄を歌い始めた彼女の背中に問いかける。


「? 銀千代は銀千代だよ。ゆーくんのことが大好きなただの女の子だよ」





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