プロローグ
誰かに身体を揺さぶられていた。
「――サンス。起きて」
馴染みのある少女の声が聞こえた。彼女の呼びかけにより、彼、サンス・ルドヴィアの意識は、眠りの底からゆっくりと浮上していった。
彼はぼやけた視界で、彼女の姿を捉える。部屋に差し込んできている朝の陽光が、彼女の美しい肌を白く照らしている。
「早く目を覚ましなさい。まったく、あなたは私の護衛でしょう。呑気に眠り過ぎよ」
「……大丈夫だ。知らない人の気配でもあれば、すぐに目が覚めるから」
「いいから早く、緊急事態なの」
彼女の口から出た緊急事態という言葉に、彼の意識は一気に覚醒した。普段は落ち着いている彼女の声だが、今は緊張感が篭っている。
彼は上体を起こすと、尋ねた。
「何があったんだ?」
「これよ」
彼女、アグスティナ・バーウィックは、そっと己の首元を指さした。
「……それは?」
そこには、まるでネックレスでも付けているかのように、太い金属製の鎖の輪がかけられていた。彼の前で彼女がそれを指で摘むと、じゃらりと金属の擦れる音が鳴る。
「さっき私が目覚めた時には、もうこれがついていたの」
「その鎖が?」
「ええ。寝る前までは何も無かったわ。それがいつの間にか……。それに、これ、取れないのよ」
言いながら彼女は、ぐいとその鎖を手で外そうとした。しかし一体どういうわけか、それは彼女の首から全く離れない。鎖の輪が小さすぎて引っかかっているというわけではない。しかし、まるで何かが邪魔をしているかのように、その鎖は不思議と彼女から外れないのである。
「そして、ここからがすごく重要なのだけど――これ、少しずつ、小さくなっていっているの。本当に少しずつだけど」
「小さく……?」
彼は彼女の首元にぐっと顔を近づけた。すると、ひと目見ただけでは分からないほどゆっくりと、その鎖の輪は狭まっていることが分かった。
と同時に、その緊急性を彼は理解した。未だ微かに残っていた眠気が全て吹き飛ぶ。
首にかかった、外すことのできない鎖の輪。しかもその鎖の輪は、時間と共に狭くなっている。それは即ち――。
「――このペースだと、せいぜい五時間。それ以降、私は呼吸ができなくなって、死ぬわ」
「っ」
彼は息を呑んだ。腹の奥から、じわりと強い焦りがこみ上げてくる。
「……これは、上位魔術だな?」
「ええ。恐らくは」
「つまり、今、ティナは……誰かに、攻撃されているってことか」
彼女は頷く。
このまま何もできなければ、残り五時間程度で彼女は死亡する。溢れる焦燥感を抑えながら、彼は考える。
(魔術による攻撃を受けているとすれば、きっと、何かきっかけがあったはずだ……。これが発動した、条件のようなものが)
二人がこの町に着いたのは、つい昨日のことであった。到着してから、この宿の部屋で就寝するまでの間に、恐らくは何かがあったのだ。
この状況を打開するための手がかりを探すため、彼は昨日の記憶を思い返していった。
前にライトノベル新人賞に応募するため執筆した作品。
かっこいい感じの能力バトルに憧れて書きました。
プロローグ+全四話+エピローグの予定。