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終着駅まで

作者: 鈴々

いつもと少し違う空気がした。

それは新鮮でもあり、懐かしくもあった。

でもどこか悲しく、視界の端では名も知らぬ花が寂しそうに揺れていた。


電車に乗り込む。

乗客はそれほど多くはなく、座席は殆ど空いていた。しかし私はそこに座ろうとはせず、ドアの横の角にそこが定位置のようにうまくはまり込むようにして身を置いた。それが自分でも分かるくらい滑稽な姿で、私は少し周囲の視線を気にしながら、しかし気にしてないように見せるために窓の外の風景に心を預けた。


走る電車。

その窓から見える風景。

どこかで見たような風景だった。でも見たことのない風景である事はわかっていた。この電車には今日初めて乗ったのだから当然だ。だが、もしかしたら遠い昔に実は乗っているのかもしれない。そしてそのときもこんなふうに外の景色を眺めていたのかもしれない。

そこまで考えて、考えるのをやめた。そんな事を考えたって無意味なのは明白だ。今私がここに存在していようと、昔存在していようと、そんな事は私には直接影響はない。此処はそういう世界なのだ。


「次は〜〜〜……」

聞き慣れない駅名をアナウンスが告げる。

この電車は、そもそもどこに向かっているのか私は知らない。どこを走っているのかさえわからない。

私に分かるのは、終着駅に着くまで決して降りることは出来ないと言う事だ。誰にでもなく、自分にでもなく、そう定められていた。それに逆らう事は出来ない。


車内に視線を移すと、先程より乗客が増えていた事に気づく。座席も殆ど埋まっている。乗客たちはそれぞれ本を読んだり隣同士で話をしたり、眠っていたり、動じることなくただ前を見続けていたりしていた。年齢、性別も様々だ。もしかしたら全員同じ性別、同じ年なのかもしれないと考えてみた。姿は違っても中身は同じなのかもしれない。外見なんてどうにでも出来る事を私は知っている。知っているからこそ、この考えは無意味だと思った。考える事は無意味。今の私の状況においては。私は再び窓の外へと視線を戻した。

でも、窓の方まで視線は戻らず途中で止まってしまった。見た目は小学生くらいの男の子がこちらをじっと見つめていたのだ。思わず視線が合い、私はそのまま固まってしまった。氷のようにコチコチではなく、どちらかと言えばもっと滑らかな固まり方だった。


「知ってるかい?生き物は自分の本当の記憶をいつの間にか忘れてしまうんだ。忘れてしまって、そして生まれてくる。それが決まりなんだよ。忘れないで生まれることなんて出来ないんだ。でも断片が残ってたり、多少の個人差はあるけどね。

僕達は生きる間、一生その忘れてしまった記憶を探し続けなければならないんだ。探して、探し続けて、そしていつか見つけ出すんだ。長い年月を経てようやく探し当てた人もいれば、あっさり簡単に見つけちゃう人だっている。やっぱり個人差がある。だから、君はあちらでいう大人の格好をしているけど、僕はご覧の通り小学生の子供の姿なのさ」


少年はそんな事をひとしきり話し終えると、電車の先頭の方を向いてみせた。

何かを考えているように見えた。考えてなどいないのかもしれない。だが、どちらでも良かった。

少年は再び思い出したように口を開いた。


「目的を遂げた者達は帰っていく。もとのところへ。え?どこへ帰るのかって?冗談だよね?僕達は今そこへ向かっているんだよ」


向かっている。私も向かっているのか。ああ、そうか、確かそうだった。

でも私はまだ全てを見つけてない。


「大丈夫。終着駅まではまだ随分ある。僕ももう少し探さなきゃいけないしね。お互い苦労が絶えないね」


少年は言いながら半ズボンのポケットに手を突っ込んで何かを探すみたいにしていた。でもそれをあっさりやめてしまうと少年は空いている席へ腰掛け、そして満足そうな表情を浮かべ眠った。可愛らしい寝顔だった。しばらく私はその少年の姿を見つめていた。


「次は〜〜……」


また聞き慣れない駅名をアナウンスが告げている。

終着駅まではまだまだのようだ。

私もだんだん眠くなってきた。

夢の続きを始めよう。いつか終わってしまうその夢の続きを。どれくらいかかるかはわからない。

なあに、終着駅まではまだまだなのだ。

その間に、もう少し自分の記憶を探し続けてみよう。


少し長い、静かな眠りが訪れた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 作者さまのネームに愛嬌を感じたので読ませていただきました。 不思議な国のお話だったと思いますが、よく考えて読むと面白く思いました。 威圧的な子供や、はずれた物の見方を知る主役の…
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