アポイントメント その③
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応接室に通された私の目に入った光景は、まず始めに上半身裸に獅子の被り物を被った筋骨隆々な大男、次に眼鏡を掛けた細身の美丈夫、3番目に見目麗しいエルフの女性、最後にいかにも魔女といった出で立ちの妙齢の美女だった。
この街でこの獅子マスクを見たことが無い者はおらず、名前を知らない者も恐らくはいないだろう。
彼らは“英傑の中の英傑”と呼ばれるパーティー、<獅子頭>である。
獅子マスクの男がリーダーのレオンさん。戦闘スタイルはファイターで、素手でケイオスワイバーンを殴り殺すというのだから恐ろしい話だ。
細身の美丈夫の名前はルークさん。戦闘スタイルは魔法剣士で、攻めに転じれば炎をも切り裂き、守りに転じれば濁流すらも受け流すと言われている。
エルフの女性の名前はエルミアさん。戦闘スタイルは野伏で、その指から放たれる矢は百発百中なうえに、魔法付与されているため、堅牢な身体で知られるメタルゴーレムにすら風穴を開けられるそうだ。それと噂では、さる高貴な身分の御方であるとかなんとか……。
魔女の女性の名前はララノアさん。戦闘スタイルは見た目の通り魔法使いで、極短時間であるが時間制御魔法を使えるらしい。時間を制する者は世界を制す。強くないわけがない。見た目はダウナー系美人だが、これも油断させる演技なのかもしれない。
<獅子頭>の活躍は枚挙に暇がない。ニードルスネーク変異種の討伐、ギガントウッドの討伐、ブリザードベアーの捕獲その他色々……。
おまけに人望厚く、“新星級”の冒険者に稽古をつけたり、クエストの心得を教えることもあるらしい。
この街にいる冒険者は、皆<獅子頭>に憧れるし、私もその一人である。
私は浮足立つ心を宥めつつ、失礼のないように自己紹介をした。
「初めまして。ソロで活動をしているトレス・ストです。戦闘スタイルはオールラウンダーです。今日はよろしくお願いします」
緊張してしまい、少し硬い挨拶になってしまったか?と少し後悔したが、レオンさんはまったく気にした様子も無く挨拶を返してきた。
「その年でオールラウンダーかい。お前さん相当特訓したんだな。まあそうじゃなきゃエンシェント・ドラゴン単独討伐なんざできっこねぇもんな。俺の名前はレオン。このパーティーのリーダーをしている。この眼鏡の名前がルークで、そっちのキツそうなエルフがエルミア、見た目気怠そうにしている奴がララノアだ。今日は会えて光栄だぜ、“超越者”さん」
どうやら向こうも私の事を知っていてくれていたらしい。
その事実に少し誇らしさを感じていると、エルミアさんが私の全身を眺め、キッと睨みながらツカツカと近寄ってきた。
「は、初めまして……。あの、何か……?」
「アナタが8組目の“希望級”?ふーん、もっとうちのリーダーみたいな筋肉ダルマを想像してたのに全然違うわね。結構細身ね。ちゃんとご飯食べてるの?しっかり食べないと私達についていけないわよ?ビスケットバー食べる?」
エルミアさんはキツそうな見た目のわりに、結構世話焼きな性格みたいだ。
そういえば商業都市オサーカのおばちゃん達が、初対面の人によく飴玉をあげるらしい。
エルミアさんはオサーカ出身の偉い人なのかもしれない。心に留めておこう。
「はっはっはっ!!エルミアにビスケットバーを貰えるなんて、随分と気に入られたもんだ!!」
「ちょっ!バカ!余計なこと言わなくていいのよ!!あ、アンタも勘違いしてもらったら困るんだからね!!」
どうやらエルミアさんはオサーカの人というわけではなく、ツンデレの人だったようだ。心のメモ帳に修正を加えておこう。
「……楽しんでるところ……申し訳……ないけど……そろそろ……本題……」
エルミアさんとレオンさんが騒いでいると、ララノアさんがとても気怠そうに二人を窘めた。
ララノアさんは見た目だけではなく、話し方もダウナー系のようだ。
この話し方も演技なのだろうか?だとしたらかなりのプロ意識である。流石だ。
「おっと悪かったなララノア。そんじゃうちの参謀から今回のクエストの内容を説明してもらおうか。ルーク頼んだ」
「はい。では今回のクエストについて説明させていただきます」
淡々と話を始めるルークさん。見た目も眼鏡だし確かに参謀っぽい。そして私のこの感想はなんかバカっぽい。”希望級”になったのだからこの辺の意識から改革していかなければ。
「今回のクエストは、第7迷宮――通称“炎の揺り籠”の調査とモンスターの討伐です。先のエンシェント・ドラゴンの出現以来、どうもモンスター達の様子がおかしいそうです。特に第7迷宮では“厭世級”のモンスターが大量発生し、“巧者級”以下の冒険者は立ち入ることすら困難な状況になっています」
冒険者に階級があるように、モンスターにも階級が存在する。
階級が低い順に注意・警戒・警報・避難・厭世・誓願・諦念に分かれている。
今回話題に挙がっている“厭世級”のモンスターは、“矜持級”の冒険者パーティーが複数組徒党を組んでようやく倒せる強さのモンスターだ。
ちなみに一番上の階級である“諦念級”のモンスターは、「諦念」の名称を付けられているだけあって人類が生存を諦める強さのモンスターである。こんなのと“希望級”は戦わされるのだから堪ったものじゃない。
この世の無常を勝手に感じているうちに話は進む。
「我々は“炎の揺り籠”でのモンスターの異常発生の原因を調べると同時に、出来得る限りの数のモンスターの討伐を行います」
「“厭世級”のモンスターの大量発生とは腕が鳴るなぁ!!そんじゃあ調査の際の陣形を組み立てるか!!」
「普段の<獅子頭>の陣形はどうなっていますか?なるべくその陣形を崩さないようにした方が良いと思いますが……」
「そうですね。普段はレオンと僕が前衛。ララノアが後衛でエルミアが後衛兼中衛として動いてもらっています。今回はエルミアには後衛に専念してもらい、トレスさんには中衛として動いてもらってもいいですか?」
「分かりました。精一杯サポートさせていただきます」
「よし!話もまとまったことだし、さっそく出発するか!!」
こうして、私が“希望級”に昇格してから初のクエストが幕を開けたのだった。
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「<獅子頭>の皆さんと一緒にクエストをするなんて、師匠先輩はやっぱり凄いです!……それにしても“厭世級”の大量発生ですか……」
カチャカチャ、と紅茶のおかわりを用意しているアシスが表情を曇らせた。
「中級者用迷宮である”炎の揺り籠”に”厭世級”の大量発生なんて、冒険者の犠牲者が膨大なものになりかねません。大変な事態ですね……」
“炎の揺り籠”は巨大な火山の中にある迷宮である。
あらゆるところから噴き出るマグマにより、迷宮内は常に気温が高く、冒険者たちの気力と体力を奪う過酷な環境であるが、そんな環境とは裏腹に出現するモンスターはそこまで強くはない。
出現する中で一番強いモンスターのクラスが“警報級”であり、その数も少なく迷宮の最深部に1、2体いる程度である。
こういった理由から“新星級”を卒業した冒険者等に修行の場として利用されたり、経験を積んだ冒険者からお手軽な狩場として活用されたりと、冒険者の出入りが非常に多い迷宮なのである。
「“炎の揺り籠”には、私も大分お世話になったからね。あの迷宮から次代の“希望級”が育つといっても過言では無いよ。そんな場所に“厭世級”が蔓延るようになってしまったら冒険者という職業そのものが衰退してしまう」
紅茶のおかわりを用意し終えソファに座ったアシスは、トレスが憂いを帯びた表情を浮かべつつ嘆いている様子を見て、ある一つの事実に辿り着いた。
(なるほど!師匠先輩は“厭世級”の大量出現によって後進が育成されないことを憂慮されていたのですね!!自身の栄光のみならず、冒険者全体のことを考えていらっしゃるとは、やっぱりわたしの師匠先輩は“希望級”に相応しいお方です!!)
アシスは、トレスが今現在厳しい立場に置かれているにも拘らず自身のことよりも、冒険者全体のことを考える献身的な姿勢と高潔な精神に尊敬の念を覚えつつも、自分のことを大切にしていないその考え方に寂寥たる思いを抱いた。
この胸を突く寂しさを少しでもトレスに伝えようと思い、アシスは口を開いた。
「師匠先輩、先輩が溜息をつくほど冒険者の発展を考えてくださっていることは、尊敬の念に堪えません。しかし、師匠先輩の身を案じている人間もいるということを――」
「え?いやいや溜息の原因はこれじゃないよ?」
「エッ、あっえっ!?違いましたか?」
「今回のクエストで“厭世級”の大量発生については何とかなったからね。問題ナシナシ」
どうやらアシスが感じた寂寥感は勘違いだったようだ。
アシスの胸から寂寥感が消え、新たに羞恥心が生まれた。
「そ、そうだったんですね……。と、ところでっ、<獅子頭>の方々の戦闘はどういったものだったのでしょうか?本当に“厭世級”のモンスターを殴り倒したりされるのでしょうか……!?」
頬を赤らめつつも気を取り直したアシスは、<獅子頭>にまつわる様々な逸話が気になり、ソファに腰掛けた身を乗り出し、瞳を輝かせながら聞いてきた。
トレスは、師匠に有名な冒険者の話を瞳を輝かせながら強請っていた自分の子供時代を思い出し、微笑ましい気持ちになりながら話を続けた。
「ああ、彼らの戦いは参考になるものが多かったよ。しかし、道中で問題も起きてね――」