アポイントメント その①
私の名前はトレス・スト。年齢は18歳である。
それなりの社会的立場を獲得したため「私」という一人称を使用しているが、性別は男である。
5歳の頃からギルド所属の冒険者になるために、過酷な修行の日々を送っていた。
幸運にも師匠に恵まれ、修行の成果が実を結んだ結果として、私は15歳という、当時最年少の記録でギルドの冒険者試験を通過し、“麒麟児”なんて大層な二つ名を戴いた。
“麒麟児”として活動して早3年、私は冒険者として最高位である“希望級”にまで上り詰め、新たに“超越者”の名を冠することになった。
これは、おおよそ冒険者としての成功を収めたであろうこの私の、苦難と歓喜と冒険と苦悩の日々を綴った物語である――。
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「師匠先輩、おかえりなさい!!」
ギルドでのクエストを終え、自身の家へと帰り着いたトレスは、玄関を開けると暖かな声に迎え入れられた。
「ああ、ただいまアシス」
トレスを迎え入れた声の主の名は、アシス・ラクス。学生時代のトレスの後輩であると同時に内弟子でもある16歳の少女である。
晩御飯を作っていた最中だったらしく、制服の上から着ていたエプロンで手をふきふきしながら、トレスの許へとてとてと寄ってきたアシスは、ニコニコしながらトレスの上着と荷物を受け取った。
「晩御飯を作っていた最中なんだろう?すまないな、わざわざ出迎えてくれて」
「いえいえ、こうしてクエスト帰りの師匠先輩を出迎えて荷物をお持ちすることは、わたしの楽しみのひとつなのです」
いつもいつもトレスを出迎え、荷物を持ってくれるアシスに対して申し訳なさを感じていたトレスだが、幸せそうな笑顔で荷物を抱えるアシスに出迎えなんてしなくていいとは言えないなと思い、一言「ありがとう」と伝えるとリビングへと向かった。
晩御飯を食べ終え、食後のティータイムを楽しんでいると、アシスが「あのぉ……」とおずおずとトレスに話しかけた。
「どうした、アシス?何かあったのか?」
「はい……。実は、師匠先輩がエンシェント・ドラゴンを討伐されて以来、学園内で師匠先輩にアポイントメントを取ってほしいとお願いされることが多くなったのです」
特に女生徒から、とアシスは小声で付け加えたが、トレスの耳には入らなかったようだ。
トレスは1週間前に街を襲おうとしたエンシェント・ドラゴンを単独で討伐し、3日前に世界で8組しかいない“希望級”の冒険者になったのだ。
この世界には、未知なるもの、そして凶悪なモンスターが数多く存在している。
そして、それらに対抗するために、人々はギルドを設立した。
ギルドに所属し、ギルドから発行されるクエストを受けたり、害あるモンスターを討伐する者たちは一括りに冒険者と呼ばれる。
冒険者には階級があり、階級が低い順に新星・一廉・狩人・巧者・矜持・英傑・希望と区分けされている。
大半の冒険者は生涯“一廉級”や“狩人級”止まり、“巧者級”や“矜持級”に到達した者は周りの冒険者から尊敬と畏怖の念を抱かれるようになり、
“英傑級”ともなれば国を挙げての英雄扱いである。
そして“希望級”は、人類の護り手とまで称され、国が土下座しながらすり寄ってくると噂されるほどである。
そんな、一国の長よりも数が少ない“希望級”の冒険者が、自分の身近に居るとなれば、アポイントメントの一つや二つ取りたくなるのも無理からぬことである。
「まさか学園内でアシスに迷惑をかけているとは……すまんな」
「いえ、わたしは師匠先輩の凄さをみんなが理解してくれるようになって、とてもうれしいのです。なので、師匠先輩の凄さを広める機会があるのでしたら、積極的に活用していきたいのですが、師匠先輩はお忙しい身ですので断ることしかできなくて、あのぅ……そのぅ……」
アシスは、トレスが凄い人物であると周りの人間に広めたいが、それによりトレスに迷惑がかかることを憂慮しているのだ。
トレスは、普段から身の回りの世話をしてくれているかわいい弟子の我が儘なら、一つくらいなら聞いてもギルドに怒られないだろうと思い、もじもじしているアシスに提案をした。
「今度学園長に講演会ができるか聞いてみるよ。そうすれば、一人一人に話をするよりは時間が掛からないだろう?」
「良いのですか!?師匠先輩のお話を学園でも聞けるなんて、今からとても楽しみです!!」
「いやいや、まだ決定したわけじゃないからな?学園長にも掛け合わないといけないし。それにしても……」
トレスが「はぁーーーー……」と、深い溜息をついた。
「師匠先輩、今日も何かあったのですか?」
トレスが深い溜息をつく時は、大抵ギルドで何か苦労があったときである。
トレスは、自分の発言により弟子のアシスや、師匠を貶めてしまうことを極端に嫌うため、仕事の愚痴などを外部の人間に話すことを絶対にしない。
そのため、家の中でアシスのみに話し、心の平穏を保つのだ。
アシスはアシスで、トレスの愚痴を聞けるのは自分だけの特権と思っているため、両者win-winの関係なのである。
「ああ、すまないな溜息なんかついて。ちょっと今日の出来事を思い出してしまってね。もしよかったら聞いてくれるか?」
「はい、もちろん!師匠先輩のお話ならいつでもどこでも大歓迎です!!」
「ありがとう。では今日の出来事を話そうか――」
とりあえずその①をテスト投稿しました。
この話はその⑤まで続きます。