表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/36

8 双子の妹ヘルガの誤算


 肩まで伸ばした髪は、癖こそないがヴァレルと同じ色。目の色も同じ。淡い薔薇色の襟付シャツと、大きなリボンの付いたフレアスカート。裾から覗くのは、黒革のショートブーツだった。


 少女は、ヴァレルの身体にしがみついたまま、肩越しに振り向いて、クレイを睨んだ。


「クレイ船長! 貴方に、こんなことを頼んだ覚えはないわ! 私は、ヴァレルを止めてって、言ったのよ」


 クレイが乗客との昼食会を抜け出してまで、倉庫に現われた理由がわかった。少女が、ヴァレルたちが倉庫に入って行くのを見て、


「ヘルガ・マグナス嬢」


 クレイは手を前に出して、レディに対する一礼をする。


「私の止め方が悪かったと、貴方が言うのであれば、事前に説明しなかった非を詫びよう。しかし、ヴァレル殿の負傷は、剣の捌きに基づいた結果だ。その行為自体を詫びる気はない」


「ヴァレルに怪我をさせたことは、謝らないって言うのね……クレイウォルフ・ヘーベルタッシェ。私は、貴方を許さない!」


「……ヘルガ……やめろ……」


 ヘルガが、何をしようとしているのか。彼女の性格を知り尽くしたヴァレルには、良く判っていた。自分の双子の妹は、道理や理屈など全部無視して、クレイに決闘を挑もうとしているのだ。


「……お、おい」


「あんたは、黙ってて!」


 ヘルガは、指先だけで小さな印を結ぶ。俗に『魔術』と呼ばれるマナ・アートの四系統の一つ、言錬技術(ワーズアート)。彼女は、言錬技術を発動させるのために、詠唱すら必要としない上位の使い手だ。


 しかし―――。


「えっ……」


 ヘルガの意に反して、言錬技術は発動すらしなかった。



「申し訳ないが、打ち消させて貰った」


 クレイが真顔で応えた。

 ヘルガは、一瞬だけ呆然としてから、肩を震わせて立ち上がる。


魔力の力場(フォースフィールド)ね。だったら、別のやり方をするだけよ」


 ヘルガは、左腕を真横に突き出して、手を広げた。何もない空中から、細身の剣が現われて、彼女の手の中に納まる。刀身に彫刻された蔦模様。防護用に鍔の張り出した柄の中心部には、鮮やかな赤い宝石が輝いていた。


 ヘルガは床を蹴って、真横に飛ぼうとした。その足を、ヴァレルは掴んで、何とか押し留める。


「ヴァレル、何をするのよ。手を放しなさい!」


「……それは、オレの台詞……だ。こいつは、オレの獲物だろ……」


 ヘルガの足を掴んだまま。ヴァレルは痛みに歯を食いしばりながら、無理やりに身体を引き起こそうとする。唇の端から、いや口の全体から、ボロボロと音を立てるように血がこぼれ出した。


「ヴァレル!」


 ヘルガは剣を放り出して、ヴァレルを抱かかえた。


「ごめん……ヴァレル……」


 クシャクシャの顔から、大粒の涙がこぼれ落ちる。身体を動かされて、鳩尾が痛んだが、ヴァレルは何とか、呻き声を出さなかった。


「ヘルガ・マグナス嬢。兄上の手当てを、任せても構わないな?」


「……はい、クレイ船長。そして……先ほどの非礼をお詫びします」


「その必要はない。貴方は、兄のために剣を抜いただけだ。それもの剣の捌きの一つだ」


 クレイは、倉庫の奥で今も倒れている船員たちに近づき、何事かを呟いた。淡い光が、船員たちを包んだかと思うと、一瞬で掻き消える。


「もう、立ち上がることくらいできるだろう。さあ、貴様たち、今すぐに持ち場に戻れ。処分は追って伝える」


 船員たちは慌てて起き上がると、逃げるように倉庫を後にした。

 それを確認してから、クレイは双子が蹲っている脇を通り過ぎて、扉に向かった。


「それにしても、貴殿たちには、困ったものだな。ガーランド・マグナス提督の苦労には、敬服する思いだ」


「クレイ船長……」


 何とか声が出せるくらいには、痛みが治まっていた。ヴァレルは、ヘルガの肩を借りて身を起こすと、クレイの背中を見た。


「オレの処罰が、まだでしょう?」


「ヴァレル、もう良いでしょう……」


「駄目だ。自分がやったことには、責任を取らなきゃ」


 クレイは振り向いて、じっと二人を見た。


「良い心掛けだな、ヴァレル殿。しかし、捌きは、もう終わっている」


「そんな筈はないだろう! オレは、船上法の捌きなんて受けていない……」


「捌きのやり方は、船長の権限で決定した」


「だからって……」


 尚も食い下がろうとするヴァレルに、クレイは再び背を向けて、歩き出す。


「良いか、船長の権限は絶対だ。貴殿には、自分に罰を下す権利はない」


 ヴァレルがやりかねないことは、見透かされていた。

 うなだれて、歯軋りする。まだ傷が痛んだ。


「ヴァレル……」


「ああ、判ってるよ。今はもう、追い掛けて行く気力もないし」


 ヴァレルは大きく息を吐くと、ヘルガに身を預けるようにして目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ