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3 ヴァレルの回想 クリスとの出会い


 ジェノベーゼ王国の海軍提督ガーランド・マグナスには、二人の子供がいた。


 ヴァレル・マグナスが、クランベルクという国に初めて興味を持ったのは七年前。十歳の頃だった。


『―――ある意味では、史上最悪の簒奪者であるカイエ・ラクシエルが、歴史と伝統ある国々から、自らの力でマナ・テクノロジーを発展させる機会を奪ったのだ』


 父親に宛がわれた、諸国の情勢を纏めた年刊書籍『大陸紀行』の一文を、ヴァレルは今でも覚えている。


 余りにも旧体制側に偏った文面は、今の自分なら、右寄りの学者の戯言だと苦笑するところだ。しかし、当時は、背伸びをしたがる子供に過ぎなかった。筆者の思惑になど思いも寄らず、悪の権化として描かれたカイエという男に対して、単純に腹が立ち、かえって興味を覚えたのだ。


 それからの数年間。ヴァレルは王立学院での授業の傍らに、図書館でマナ・テクノロジーと近代史に関する書物を読み漁った。文面に刻まれたクランベルクに関する情報―――マナの結晶体(マナクリスタル)(により浮遊する船。昼夜を問わず光に溢れた都市。そして、力の象徴であるマナ・アートを極めた剣匠(グランエッジ)たち―――。


 未知なる国の存在は、少年の中で、憧れとして次第に大きくなっていく。

 しかし、逆に言えば、その程度の興味に過ぎなかった。


※ ※ ※ ※ 


 ヴァレルが、クランベルクに行くことを決意した切欠は、十三歳のときに訪れた出会いだった――クリス・グラハルトという男が、焼けつくような想いを、ヴァレルに植えつけたのだ。


「君が、ヴァレル君か―――」


 屋敷の中庭に現われたクリスの第一印象は、最悪だった。金色に染めた長い髪と、明るい茶色の目。派手なジャケットと、全身に光り物を身につけた格好は、水商売の男か、チンピラにしか見えない。穏やかな笑みを浮かべる優男面も、軽薄で薄っぺらく思えた。


 白い丸テーブルで本を読んでいたヴァレルは、鬱陶しそうに視線を上げる。


「あんた、誰だよ―――誘拐犯なら、後悔させてやるぜ?」


 癖のある砂色の髪と、よく日に焼けた顔。海のように深い青色の瞳――いかにも生意気な少年といった顔が睨みつけると、クリスは事も無げに応じた。


「生憎と、僕は過去を悔やまない主義だけど―――それよりも、まずは君に礼儀を教える必要があるみたいだね」


 クリスの諭すような口調が、ヴァレルは苛立たせる。


「だったら―――これでも、同じことが言えるかよ……」


 ポケットからペンを取り出すと、意識を集中した―――深紅の光がペンを包むように浮かび上がり、光はさらに伸びて、短剣ほどの長さになる。マナ・アート四系統の一つ、武装技術(アームズアート)だ。


「君の年齢で、マナ・アートが使えるとはね―――」


 クリスが拍手で応じた瞬間、ヴァレルのペンが砕け散った。

 呆然とするヴァレルに、クリスは穏やかな顔で続ける。


「ああ、そうそう。『曲がりなりにも』とつけるべきだったよ―――見世物としては、上出来だったね」


 ヴァレルは拳を握り締めて、肩を震わせていた。双眼に浮かぶ激しい感情と呼応するように、少年の全身から、深紅の光が噴き上がる。


「――言いたいことは、それだけか!」


 跳ねるように椅子から立ち上がると、ヴァレルは一瞬で距離を詰めた――しかし、クリスは僅かに動いただけで突進を避けると、ヴァレルの鳩尾に拳を叩き込む。


「……」


 呻き声を上げて膝を折りながら、ヴァレルは声にならない言葉を叫んだ。足掻くように腕を動かして、尚もクリスに掴み掛かろうとする。


「根性は認めるけどさ――自分の力量というものを、もっと冷静に見極めないと」


 クリスが叩き込んだ首筋の一撃が、ヴァレルを暗闇に突き落とした。


 クリスは、ヴァレルに剣を教えるために雇われた家庭教師だった。軍閥であるマグナス家の師弟は、物心の着いた年齢から武術の英才養育を受ける。


 ヴァレルも例外ではなく、五歳から本物の剣を握り、十歳になる頃には、大人顔負けの剣技を身につけていた。武装技術の才能に目覚めたのも、その頃だ。


 元々、マナ・アートに興味があったヴァレルは、体内のマナを精製する『精神回路』のイメージと、精製したマナを制御して武器に宿らせる方法を、ほとんど独学で覚えてしまう――武術に長けた上、天性の才能でマナ・アートを操る少年に、大抵の大人は太刀打ちできなかった。


 しかし、クリスの実力は、桁が違った。ヴァレルが本当の意味で、実力の差を思い知らされたのは、クリスの最初の授業を受けたときだ。


「――え?」


 弾き飛ばされたヴァレルの剣が、宙に高々と舞う。その直後に、視界に見える空と地面がひっくり返った――ヴァレルは何をされたのかを認識する前に、頭から芝生に叩きつけられる。


「――痛ってぇな!」


 頭を摩って文句を言うヴァレルの顔を、クリスは上から覗き込んだ。


「君の剣は、形は悪くないけれど、一つ一つの動作に無駄が多いな――例えばさ、君は剣を振りかぶってから、コンマ数秒、タメを作る癖があるだろ? 鎧の騎士を相手にしている訳じゃないんだからさ。あそこで動きを止めたら、剣を跳ばしてくれと言ってるようなものだよ」


 クリスはヴァレルの動きを再現して、欠点を的確に指摘して見せる。彼に言わせれば、ヴァレルの剣技など、穴だらけの不完全なものだった。


「だけどさ――剣を弾くだけの攻撃なんて、武装技術で撥ね返せば問題ないだろ?」


 あまりにもボロクソに言われたので、ヴァレルは鼻を鳴らす。しかし、クリスは容赦なく反論した。


「力押しをするデメリットは改めて説明するけど――ヴァレル。君の武装技術は、使いものになるレベルではない。君は精製した『魔力(マナエナジー)』の半分を、無駄に消費しているんだ。だから、僕に一撃で粉砕される程度の強度しか保てないんだよ」


 『魔力』を武器に付与することで、強度と威力を何倍にも上げる――それが武装技術だ。

 イメージした『精神回路』の構造を、体内のマナがトレースすることで、『魔力』の精製が行われる。武装技術の基本は、『魔力』を制御して、武器に集約することだが――使い手の練度が低ければ、『魔力』が四散してしまい、十分な力が発動されない。


「精製した『魔力』は、不安定なんだ。例えるならば、手の中に掻き集めた砂みたいなものだよ。力を弱めれば、指の間から漏れてしまう――砂を全部使いたいなら、一瞬でも気を抜かないか――液体を加えて、より安定したモノに変えてしまうしかない」


 技術論を論理的に説明してから、実際に目の前で再現する。クリスがナイフに魔力を付与すると、黄色い光が伸びて長剣ほどの長さになる。軽く投げると、ナイフは空気を切り裂いて滑空し、石壁を粉砕した。


「せめて、このくらいの威力がないとね」


 クリスがナイフを拾い上げたときも、光は失われていなかった。


「―――そのくらい、何だよ。オレにだって、できるさ!」


 負けず嫌いの言葉とは裏腹に、ヴァレルは心の中で、感嘆の声を上げる。マナ・アートも剣技も、並のレベルではない実力を身につけたヴァレルだからこそ、クリスとの差を実感できた。しかも、クリスは、事象を理論的に解析して、言葉にする術を携えている――ヴァレルにとって、クリスは最高の教科書だった。


「見てろ―――」


 ヴァレルはナイフを手にすると、意識を集中させて、全身のマナを練った。鮮明にイメージした『精神回路』な流れるマナが感じられる。精製された『魔力』を、ヴァレルは慎重にナイフへと移して、ナイフの中で循環する『閉鎖した回路』をイメージする――深紅の光はナイフに宿って長く伸びたが、数秒後に四散してしまった。


 ヴァレルが思わず溜息を漏らすと、クリスが軽く肩を叩く。


「――そんなに簡単にできるなら、誰も鍛錬なんてしないさ。時間を掛けていいから、じっくりとやり方を覚えるんだ」


「はい、はい。判ったよ――」


 ヴァレルは気づいていなかったが――クリスが言葉を掛ける前に、一瞬だけ間が空いた。その理由は、驚愕だった。確かに不完全ではあったが、ヴァレルは一度指摘しただけで、『魔力』を安定化するイメージを掴んだのだ。


 武装技術だけではない。剣技についても、ヴァレルは一度指摘すると動作を修正して、より隙のない技術を身につける。


――天性の才能? ……いや、それだけじゃない。この子は、一つ一つの物事を自分の頭で理解して、昇華しているんだ。


 クリスが苦笑すると、ヴァレルは訝しむような顔をした。


「何だよ……気持ち悪いな」


「だからさ――君の最大の欠点は、謙虚さがないことだ。もう少し、礼儀と言う言葉の意味を、理解するべきだよ」


「オレだって。敬意を払うべき相手には――」


 ヴァレルの青い目が、真っ直ぐにクリスを見据える。


「あんたの言うことは正しい。でもさ、余計な一言まで、いちいち的を射ているから、腹が立つんだよ――それに。最悪のニヤけ顔は、やっぱり気に食わないね」


 クリスは、からかうように笑った。


「だったら――気に食わない顔を見なくて済むように、最低でも、僕より強くなることだね」


 ヴァレルは口元に笑みを浮かべて、自信たっぷりに応える。


「ああ――絶対に、強くなってやる」


 強者になることの意味を、ヴァレルは、まだ知らなかった。


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