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35 乱戦


 ルシアーノが振り下ろした曲刀の鋭さは、目が見えないことを、全く感じさせなかった。

視界を閉ざされたことで、さらに研ぎ澄まされた集中力――ルシアーノは聴覚と気配だけで、ヴァレルの動きを完璧に捉えていた。


「――あんた、流石だよ」


 何度も削られた身体を、ヴァレルは精魂技術で無理矢理に動かした。肉体的にも、精神的にも、とうに限界に達している。戦いを渇望する意志の力だけが、身体を奮い立たせた。

そして――。


 まるで予知していたかのように、ヴァレルは、ルシアーノの暫撃を避けた。


「馬鹿な――」


 ルシアーノが驚愕して目を見開くと、ぼやけた視界には、音で認識していたのとは別の方向に、ヴァレルの輪郭が見える。低い姿勢から突き上げられた深紅の剣は――ルシアーノの脇腹を貫いていた。


「――ヘルガ。感謝するぜ!」


 ヘルガが使った能力は、風の流れを操る元素系技術『風の言霊シルフズ・ボイス』だ。空気を滞留させて、音が聞こえるタイミングを微妙にずらす。だから、ルシアーノは、ヴァレルの位置を錯覚したのだ。


「このオレを出し抜くとはな――」


 ルシアーノの憎悪に満ちた鈍色の目が、ヴァレルを見る。この男が初めて見せる激しい感情だった。


「――だが、あの女が使う能力を、どうやって知ったんだ? まさか、この状況を予測して、策を練っていたとでも言うつもりか?」


 当然の疑問だ――訓練された特殊部隊ではないのだ。瞬時の判断で、寸分の狂いもない連携ができるなど、ありえない。ルシアーノの間合いに、ヴァレルは攻撃だけに全てのマナを集中して、無防備に飛び込んできた。ヘルガが能力を使っていなければ、一刀両断にされていただろう。


「まさか――だけど、オレたちは双子なんだぜ。お互いの考えていることくらい、だいたい判るさ」


 ヘルガは言錬技術で必ず援護する――ヴァレルは確信していた。もし、自分がヘルガなら、同じことをするからだ。


「うちの妹は、なかなか良いセンスだろ? 他のやり方を選んでいたら、あんたなら、手を打っていたよな?」


 ヴァレルの青い目が、挑発するように笑う。もし、騒音を立てたり、もっと攻撃的な能力を放っていたら、強かなルシアーノは、距離を取って視覚の回復を待っただろう。


「なるほど――正しい判断だな」


 ルシアーノは、大して興味もなさそうに応じた。


「悪いけど、一応は二対二だからさ――死体置き場で文句を言うなよ」


 ヴァレルは剣を押し込むように、さらに力を込める――しかし、鋼鉄に突き立てているかのように、剣はピクリとも動かなかった。


「――そうだな。貴様たちにしては、良くやった」


 鈍色の目に、冷たい殺意が浮かぶ。


 刹那、ルシアーノが曲刀を真横に一閃した。ヴァレルは後ろに跳ぶことで、かわそうとするが、ルシアーノに刺した剣が抜けない。ヴァレルは咄嗟に剣を手放すと、短剣にマナを集中させて曲刀を受けると同時に、ルシアーノの力を利用して横に跳んだ。


「化物が――どこまで粘るんだよ」


「躊躇せずに、剣を捨てるとはな――剣士としては失格だが、悪くない判断だ」


 ヴァレルの剣を腹から引き抜いて、投げ捨てる。そして、すぐさまヴァレルを追って走ると、一気に距離を詰めた。脇腹から溢れ出る鮮血を無視して、続けざまに曲刀を振るう。


 刻々と色を変えるルシアーノのマナ。ヴァレルは短剣を右手に持ち替えて、深紅の光をたぎらせる。曲刀と短剣が、高く低く金属音を響かせて、ぶつかり合った。


「ヴァレル――」


 ヘルガは、言錬技術で援護したかったが、そんな余裕はなかった。


「――いつまでも好きには、させないよ!」


 キサラの視力が回復するには、十分な時間があった。新たな獲物を、野獣の目が付け狙う。ヘルガが放った金色の雷光を、ジグザグに動いてかわすと、左手に握る燐光を放つ剣が、ヘルガに襲い掛かった。


「生意気なお嬢ちゃんは――さっさと、死んじまいな!」


「――邪魔しないで!」


 ヘルガが小さく印を結ぶと、何もない空間に、忽然と剣が現れる。ヴァレルのモノと似た銀製の柄。細身の刀身に施された薔薇の彫刻。防護用に張り出した蔦を思わせる鍔――ヘルガが右手に握ると、柄に埋め込まれた中枢結晶体は、赤く鮮やかに輝いた。


「貴方の相手なんか、している暇はないのよ」


 中枢結晶体に呼応して、剣全体が淡い赤色に染まる――キサラの放った一撃を、ヘルガは正確に受け止めた。そこからマナの光が爆発するように噴き上がり、ヘルガの剣を一気に加速させる。連続攻撃がキサラに襲い掛かり、頬を掠って傷を作った。


「あんた――言錬使いじゃないのかい?」


 予想外の反撃に、キサラは困惑していた。左手一本とはいえ、こんな子供までが、自分の暫速に匹敵するというのか――。


 このとき。『不死者の宴』に、断末魔の声が響いた。


 十本の頭を持つ巨大な蛇。蛇神ロブナウルと呼ばれる怪物の巨体は、オルテガ中佐を飲み込んだ後も、その場に留まっていた。十本の首は、自らの身体ごとオルテガを食ったかのように、互いに絡み合って蠢く。


 振動を繰り返す小山のように、とぐろを巻いたままの化物は、注意して見ていれば、少しずつ正面玄関の方に動いているのが判った。破壊された馬車の残骸を飲み込みながら、十分以上も掛けて、最後の馬車の前に辿り着く。


 ロブナウルの胎内から放たれた巨大な光の柱が、馬車を押し潰したのは、このときだった。十本の巨大な蛇の首は、同時に大音響で苦しげな声を放ち、まるで光に掻き消された闇のように消失する。


 蛇の断末魔の声に、ヴァレルたち四人は、同時に動きを止めた。彼らの視線が集まる先――新たに残骸となった馬車の前には、両手に光の大木を手にする巨漢の戦士の姿があった。


「面倒を掛けやがって――」


 オルテガは、おもむろに馬車の残骸に近づくと、中から何かを引きずり出した――かつて人の形をしていたモノは、押し潰されて肉片と化していたが、頭部だけは、奇跡的に原形を保っていた。


「ランペルーム猊下……」


 キサラが目を見開いて、呆然と立ち尽くす。


 状況が一変したことを、ヘルガは察した。あれほど執拗に攻撃していたルシアーノも、一歩引いて、ヴァレルから距離を置いている。


「……お、おまえなどが――枢機卿猊下を、よくも!」


 キサラは逆上して絶叫すると、オルテガを目掛けて走り出した――その行く手を阻んだのは、ルシアーノだった。


「犬死にする気なら、止めないが――復讐の機会は、今ではない。貴様は、どうする?」


 鈍色の目が冷酷な光を放つ。憎悪に歪んだキサラの顔に、一瞬、迷いが浮かんだ。


「分相応ということが、判ったようだな」


 ルシアーノがキサラの肩に手を掛けた瞬間――二人の姿が、闇に掻き消える。


「あーあ。残念ながら、逃げられちまったな」


 ヴァレルは軽口を叩きながら、ルシアーノが投げ捨てた自分の剣を拾い上げた。ボロボロの身体に短剣一本では、あのままルシアーノの攻撃を受け続ける自信など、さすがになかった。言葉とは裏腹に、ようやく一息ついて、胸を撫で下ろす。


「――ヴァレル!」


 ヘルガが叫んで、ヴァレルに駆け寄る。


「あんたねえ……ほら、さっさと怪我を見せなさいよ!」


 両腕と肩の無数の傷。抉られたような左肩の傷が、特にひどかった。


「じっとしてて――」


 ヘルガは傷口に手を添えながら、逆の手で印を結ぶ。微かに赤みを帯びた白い光が、ヘルガの掌から、ヴァレルの肩に移ると、温もりとともにマナが流れ込み、痛みが引いていく――精魂技術と形状系技術シェイプ・アートの複合能力『治癒のヒール・ハンド』だ。長時間の精神集中と、大量のマナが必要だが、致命傷以外の傷を、回復させることができる。


「――血を止めるくらいに、しておいてくれよ。まだ、戦いは終わっていないからな」


 ヴァレルは周囲に視線を巡らせた。黒服たちと襲撃犯は、まだ戦いを続けている。しかし、戦況は、ほとんど決していた。神の化身と指導者を同時に失った襲撃犯は、戦意を半ば失い、闇雲な抵抗を続けているだけだ。


 蛇神ロブナウルとランペルーム枢機卿を仕留めたオルテガ中佐が、ゆっくりとした歩調で、こちらに歩いてくる。短く刈り込んだ濃茶色の髪。太い眉の下の目は黒。両手に大剣を携える筋骨隆々の堂々たる体躯は、二メートル近い高さだ。


 オルテガは、ヴァレルとヘルガに目を止めて、低い声で言った。


「おまえたちには、迷惑を掛けたようだな――勝手に暴走した結果とはいえ、客人に怪我をさせたのは、オレの失態だ」


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