プロローグ 黒き魔王に挑む双子の兄
双子の兄と妹の冒険譚モノです。よろしくお願いします。
纏わりつくような暗闇の中で、二人は剣を交えていた。
「――カイエ!」
ヴァレルは叫びながら、右手の剣に全てのマナを込めた。銀製の柄の中心に埋め込まれた拳大の赤い宝石―――中枢結晶体が、ヴァレルの意志に呼応して輝く。増幅された魔力が、硬質の深紅の光で剣を包み込んだ。
「これで、終わらせてやる!」
ヴァレルは大地を蹴って、一気に距離を詰める。全身から迸る赤い光が、吸い込まれるように剣に集まって、さらに濃い赤色になった。漆黒の眼の男―――カイエは、左右の剣を無造作に握ったまま、ヴァレルの突進を待ち構える。
甲高い金属音を響かせて、二人の剣が交差したのは一瞬だった。喉元に突きつけられた剣。ヴァレルは動けない。
「―――ヴァレル・マグナス。おまえの求める力は、こんなものか?」
カイエの二本の剣から、強烈な白い光が溢れる。中枢結晶体すらない鈍らを使っていても、カイエの魔力は他者を圧倒した。
漆黒の眼が、揶揄するように瞬く。
「世界に戦いを挑むにしては、おまえの力は脆弱すぎる――意志が力を支配するとは言わないが。自分が手に入れようとしなければ、始まる前に終わっているんだよ」
「何だと――」
海のように深い青の瞳で、ヴァレルは真っ直ぐにカイエを見据えた。
「――まるで、あんたが世界の支配者のような台詞じゃないか」
カイエは、口元に笑みを浮かべる。
「いや、違う――オレは、世界の一つだ」
「――そう、かよ!」
魂を搾り出すように、ヴァレルは叫んだ。全身から、爆発するように赤い光が噴き出して、膨れ上がる。まるで地獄の業火に焼かれるような光景の中で、ヴァレルの青い眼が、カイエを睨んだ。
「だったら、オレは――世界を壊してやる!」
マナ・アート四系統の一つ、精魂技術が身体を加速する――線を引くように残像を残して、下から振り上げられる剣。ヴァレルは己の剣を、カイエの光の剣に叩きつけた。深紅の剣はひび割れながら、尚もカイエの力に抗い続けて、強引に押し退けようとする。
「もっと……もっとだ。こんなんじゃ――終わらないぜ!」
カイエの剣を押し戻した瞬間。ヴァレルは不敵に笑った。
「オレが求める力は、こんなものじゃない!」
振り降ろした剣は、さらに加速して、人の視覚では捉えることができない。しかし、カイエの漆黒の眼は、紛れもなく、剣の動きを見切っていた。
「――そうだ。それで良いんだよ」
ヴァレルの剣に切り裂かれながら、カイエは楽しそうに笑った。
※ ※ ※ ※
この世界の人々は、『マナ』という生命エネルギーによって、文明を築いた。
人間が発する所謂『魔術』は、発動原理を解明されて、鍛錬と学習によって習得可能な『マナ・アート』と呼ばれる技術となった。かつての『奇跡の力』は、性質と形態の違いによって整理されて、武装、精魂(ソウル)、放出、言錬の四系統に体系化された。
さらに――今世紀後半から急速に発展を遂げたのが、人間が発動するのではなく、無機物である機械に、半永久的な魔力を及ぼす技術『マナ・テクノロジー』だ。移動手段や工業に活用された新技術は、人々の生活を一変させる――。
『マナ・テクノロジー』を世界に広めたのは、建国後わずか四半世紀に過ぎない小国クランベルクだった。
千年の歴史を誇る二大帝国すら成し得なかった技術革新を、人々は歓喜の声で迎え入れた。しかし――同時に、新技術の背景に隠されたクランベルクという国家の力に、底知れない畏怖を覚える。
猜疑心と嫉妬に塗れた視線を、クランベルクは世界中から浴びせられた。他者の悪意は言葉だけではなく、陰湿な力の行使という形を取った――だが、クランベルクは強者の論理で悪意を排除し、今も何食わぬ顔で、栄華を極めている。
クランベルクが、どのようにして『マナ・テクノロジー』という強大な力を築き得たのか。真に理解する者は、クランベルクの創設者であるカイエ・ラクシエル唯一人だった。
だからこそ――様々な憶測を基に、その秘密に迫ろうとする者は後を絶たない。
ある者は、自国の繁栄のために。
また、ある者は、クランベルクの力に魅せられて――