少年は、大航海に旅立たない -4.993-
(しまった、船を出されてしまったか)
海際でカナエを見つけた私は、全速力で彼女の方向へバイクを走らせた。
カナエの傍には一人の少年が立っている。
彼は何者だろうか?
しかし、少年がカナエと共に船を海原へ繰り出そうとしているのを見て、
私は彼が何者かを考えるのを辞めた。
カナエを連れ去ろうとしている……彼は私の敵だ。
十分に間に合う距離と見ていたが、思う以上に砂にタイヤを取られてしまい、
海際に辿り着くのにかなり時間を要した。
私が海際に着く頃合いには、二人は数十メートル沖に出てしまっている。
(泳いで向かうか……いや、船に追いつくのは難しいか)
私は体力には自信を持っているし、泳ぎも得意としていた。
しかし、木製の小舟と言えど、船は船だ。
敵うかどうかは怪しいものだ。
(仕方ない、カナエの為だ。気は進まないが……)
(頼むぞ、相棒)
私はバイクを降りると、メットインスペース から、あるものを取り出した。
それは、手のひらにすっぽりと収まるくらいの小さなリモコンだった。
私は、それの上面に付いている赤いスイッチを入れる。
そして、中央のボタンをじっと強く押さえた。
すると、私の相棒のバイクのフロントライトが眩く光りだす。
銀色のアルミアームが車体とタイヤの隙間から現れて、タイヤの中央をガッチリと掴み、持ち上げる。
そして、アームの馬力によって車体とタイヤが30cmほど離れた状態となった。
そこへ、両輪から追加で、もう4本の先より太いアームが地面に射出される。
今度のアームは、先のアームと違って折れ曲がる部分が無く、単純に車体を支える為にあるものだ。
8本のアームに支えられた大型バイクは、何か別の生命体のように見える。
……昔、カナエにせがまれて見せた時には”エイリアンみたい”と気味悪がられたものだ。
そうしてアームに支えられている間に、中央のアームがタイヤを90度回転させ、
地面と水平方向に変形させる。
その状態で、すべてのアームが徐々に短くなっていき、
最後は、タイヤと車体が見事に接着し、 ”ガチャン” と心地よい音を立てた。
その音を聞いた私は、リモコンから手を離す。
――これにて、私の相棒は”水上バイク仕様”へと変身を遂げた。
この特殊なバイクについては、後に存分に語るとしよう。
今は、カナエが優先だ。
―――――――――――――――
水上バイクの馬力に少年の船が敵うはずもなく、私は直ぐに船の横に辿り着くことが出来た。
見ると、船の上には何故かニヤニヤと笑う少年しかいない。
私はヘルメットを脱ぐと、少年に尋ねた。
「アキシロ カナエは何処にいる……この船に乗るのを見たんだが?」
私が昔の習いに従って、少しばかり凄んだ声を出すと、少年から血の気が失せるのが分かった。
この顔と声は交渉事では多少、役に立つ。
「い、いやぁ、あのぅ……し、しらないよ。この船には僕しか乗ってなかったんだ!ほんとだ!」
私は、少年をじっと見つめる。
そうしていると、少年がちらちらと船体の前方に目線を逸らすことに気が付いた。
(なるほど、そちらに隠れているのか)
私は船体の前方へと、バイクを少しだけ進めた。
「あっ、そ、そっちに行くのは……」
少年が抵抗を見せるので、期待感が増す。
しかし、船体の前方には予想に反して何も無かった。
(おかしいな……確かに彼は、此方を意識していたように見えたのだが……)
船の荷物はすべて後方に集められていた。
――他に隠れるところは見当たらない。
私は少年を真っすぐに睨みつけた。
……少々手荒いことになりそうだ。
「私は、確かにこの船に彼女が乗り込むのを見たのだ……
時間がないのでな。もう一度、聞く……彼女を何処へやった?」
私が更に凄みを効かせると、少年はその場でへたり込んでしまった。
私はバイクを船の傍に寄せる。
メットインスペース から鉤爪のついたロープを取り出すと、少年の船に鉤爪を引っかけた。
そのロープを手繰っていき、私は少年の船の中に足を踏み入れた。
「手荒なことはしたくない……ただ、あの子を待ってる沢山の人の為にも、返してもらわねば困る」
私は、少年に一歩近づく。
少年は引きつった顔のまま、尻込みで後ろへ下がっていく。
「カ、カナエさんは……」
私は一歩近づく。少年は後ろに下がる。
「カナエ、さんは……」
私は更に一歩近づく。少年は涙を流しながら、後ろに下がる。
「カナエさんはな……」
私は少年の前に立った。少年は俯いて、肩を震わせている。
私は哀れに思い、なるたけ優しく声を掛けることにした。
「さあ、はや――」
「カナエさんは―――」
少年は傍にあった櫂を左手に掴んだ。
「お前には会いたくないってさ!!」
少年はそれを両手で持つと、私の腹に目掛けて真っすぐに突いてきた。
それを見た私は咄嗟に後ろへと、飛び退いた。
先ほどまでの少年とは思えないほど、思い切りのいい突きだった。
(ということは、先までの表情は演技か……思いのほか強かな少年らしいな)
私が着地すると、小舟は大きく縦に揺れた。
「きゃぁ」
小さな悲鳴が足元から、聞こえる。
……なるほど、そういうことか
「ばか、カナエさん!」
少年が慌てたように叫ぶ。
私はその場に片膝を立てて座り込んだ。
「カナエ、そこに居たのか」
少年は、大航海に旅立たない -4.993- -終-