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氷上の弾道  作者: 万里
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四章 喜びの風

 それから約二週間後。放課後になると上機嫌の瑠佳はすぐさま教室から飛び出す。今日からはスケートが出来る。

 彼は部室棟にあるスケート部の部室の扉を開けた。室内は照明で照らされて、棚には部員の荷物が置かれている。少しの間来ていなかっただけだが、この部室が何だか懐かしかった。


「碓氷! もう体は大丈夫なんだな」

 ジャージを着ている部長が瑠佳に歩み寄る。彼は自分の事のように瑠佳の復帰を喜んでいた。

「はい、今日からスケート解禁です」

 瑠佳は嬉しさで思わず顔が綻ぶ。しかし、それと同時に一週間足らずで今まで休んでいた分を取り返せるか心配でもあった。五日後には大会が迫っていた。瑠佳は棚にスポーツバッグを置くとジャージに着替えながら息を吐く。焦燥感を抑えようとするがあまり効果が無い。


 部活が始まり、瑠佳はいつものように体を動かそうとする。しかし、何かがおかしい。自分の体力や筋力が予想以上に落ちている事に気付いた。ショックだった。


 部活が終わると制服に着替えて校門を出る。息は白く、冷たい空気が肌を刺す。思わずネックウォーマーで口元を隠した。一刻も早く室内に行きたくなるほど寒い。

 部活の事を思い出すと溜息が漏れた。俯きながらスケート場に向かって歩みを進める。

 ――いや、落ち込んだら駄目だ。やっとスケートが出来るようになったんだからそっちに集中しなきゃ。

 瑠佳は顔を上げた。


 スケート場に到着した。此処に来るのも久し振りだ。更衣室でスピードスケート用のウェアに身を包む。懐かしい肌触りだった。

 リンクの側に置かれたベンチで靴紐を結ぶとリンクに降り立つ。氷の上に立つ感覚も懐かしい。


「丸山コーチ、宜しくお願いします」

 瑠佳は俊弘に頭を下げた。彼と会うのも久し振りの事に感じられる。

 俊弘は瑠佳の体をまじまじと見詰める。

「ちゃんとご飯食べてるみたいで良かった」

 俊弘は安心したように少し笑った。


「あと五日で元の状態に戻れるんでしょうか……」

 瑠佳は不安そうな目を俊弘に向ける。

「五日間では厳しい。もしやろうとすれば瑠佳はまた無理をするだろう。だから全日本スピードスケート選手権大会まで大会は棄権する事に決めた」

 本来ならその大会までの間に行われる二つの大会に出場する予定だった。しかし、それをやめて三週間全日本スピードスケート選手権大会に向けて練習をするという事だった。

「……分かりました」

 本当は出場したかったが、恐らく出場してもまともな結果は出せないのは想像出来た。結果を残そうとすれば自分はまた無理をするだろう。


 滑ってみるがやはり感覚を少し忘れてしまっている。

「記録の事は気にするんじゃない」

 三週間で感覚を取り戻せるだろうか。不安を抱えながら滑る瑠佳の横から俊弘の声が聞こえてくる。瑠佳はリンクの外に立っている俊弘に一瞬顔を向けて首を縦に振る。

 ――今は忘れよう。

 瑠佳は再び前を見て滑る。全身で心地良い風を感じた。記憶を出さなければいけないプレッシャーから解放される。瑠奈の事も気にしなくていい。

 するとリンクを駆け抜けて行く感覚が楽しくなってきた。純粋にスケートを楽しんでいた頃が蘇る。あの時は速く滑る事は出来なかったが、滑る事に喜びを感じていた。良い記録を出す事にしか喜びを感じられなくなっていたのはいつからだろう。


 練習が終わり、瑠佳はバスに乗って帰宅する。座席の背もたれに身を預けると心地よい疲労感を覚えた。不意に窓の外を見ると雪が降っていた。


 自宅の最寄りのバス停に着くとバスから降り、スポーツバッグに入っていた折り畳み傘を取り出して差す。バスの中と外気の温度差に身震いをしてしまう。


「ただいまー」

 帰宅すると無人のリビングに置かれているストーブの前に座る。一度座ってしまうとなかなか離れる事が出来ない。

「お帰り」

 瑠奈がタオルで頭を拭きながら脱衣所から現れた。

「今日の瑠佳、なんか生き生きしてる」

 振り返った瑠佳の顔を見て彼女は笑った。

「久し振りにスケートやれたから」

 瑠佳は思わず微笑んだ。

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