98話「バス」明野未明。
私もバスや電車で乗り過ごす方をよく見ます。神経の太い方々だと思いますよ。
これは先輩から聞いた話なのですが。
先輩はN村の人で、村に初めて来たバスに乗ってこちらに来たそうです。
その時の話です。
N村は人口2千人の寒村で、農業が主要産業です。先輩も子供の頃から実家の手伝いをしながら、学校に通っていたらしいです。家業の手伝いは本当に大変ですね。
そんな中、N村にもバスの路線が開通しました。その初めての運行に、先輩はお小遣いを貯めて乗ってみたそうです。
N村から隣のO村まで、10キロの道のり。ただ都市部とは違い山間部を切り開いた道路であるためにカーブだらけで、スピードは出せません。
それでも先輩は感動していました。そもそも自動車に乗る事自体が稀でしたから。
そして先輩はO村で降りて、ちょっと観光でもしようと考えていたんですが。
なぜかバスは止まりませんでした。
先輩は初めてのバスで、運転手に文句を言う勇気も出ません。他の乗客はどう思っているのか、見渡してみると、ぎゅうぎゅう詰めになっていたはずのバスの中には、先輩しか居ませんでした。
先輩は心の底から震え上がり、何も言えず、ずっと黙って座っていました。出来るだけ目立たないように、出来るだけ目を付けられないように。
そして先輩は、うちの大学に来たんです。
ちなみにN村は80年以上前にO村を含む5村で合併して消滅した村です。
そして先輩の戸籍上の年齢はとうに100才を超えているはずなのですが、肉体上は私の数個年上にしか見えません。
先輩の言っている事が本当だとすれば、これは面白おかしい大発見です。失われた文化遺産も、先輩の通って来た道を逆にたどれば、無事な状態で保存出来るのですから。
現在、先輩はその研究に協力して、日本政府から身分を保証されている身です。
国立タイムスリップ機関。皆さんも、時間移動をした方の心当たりがあれば、ご一報ください。
では次の方。