94話「レストランにて」透真瞬一。
皆様は迷子になった事はありますか?幸い私は未経験なのですが、自分が今どこに居るのか、どこに行けば良いのか分からないというのは、大変に恐ろしいものでしょうね。
今回は、そんな災難に出会った人の話です。
これは友人から聞いた話なのですが。
友人はある日、とあるレストランを訪れました。その店はインターネット上で、ひっそり口コミで人気になっていました。大勢の客が来られるほどにアクセスの容易な場所ではありませんが、地元の人間を始め、多くのリピーターを獲得した、かなりの人気店です。
友人もわざわざ旅行の計画を立て、その店に向かいました。
店の味は独特で、洗練された味付けではありませんでした。素材の味が殴りかかって来る。そこまでの存在感を放つ、野趣あふれる料理の数々は、友人の旅行気分をいやが上にも盛り上げました。
自家製の果物のミックスジュースを飲み干すと、すっかり満足して、店の外の風景を楽しみながら、お腹の落ち着くのを待ちました。
市街地からバスで1時間以上かかるだけあって、周囲は完全に木々に覆われた森の中。山荘を改造したレストランにふさわしい立地と言えましょう。
食後のコーヒーも注文しようかな。そんな良い気分で、ちらりと店内を見渡すと、自分以外はどうやら団体様。自分と同じく観光旅行に来たグループでしょうか。
そうして店内を観察していると、不思議な事に気付きました。
テーブルや椅子が大きいのは最初から分かっていました。都会とは違うなー、と感じてはいたんです。その巨大なテーブルには安心感や温かみを覚えましたし、出て来る料理とも完全に調和していました。店は正しく、一つの世界を構築出来ていたのです。
「お待たせしました」
頼んでいたコーヒーがやって来ました。このカップもやはり大きい。成人男性である友人には不都合はありませんが、女性客には厳しいのではないか。彼はそう思いました。しかし、客の1人1人を観察した上でのサービスならば、納得は行きます。
美味しいコーヒーを飲んで、今度こそ彼は満ち足りた気分になりました。
次にここに来れるのは、いつになるだろう。幸せな気持ちで、そんな事を考えていました。
そして彼は気付きました。
テーブルの上に置いたコーヒーを飲もうとして、手が届かない事に。
むしろ、椅子に座った状態で、テーブルの下が見える事に。
・・・世界が巨大化した?それとも自分が小さくなった?
どちらも非現実的すぎて、彼は思考を止めました。どちらであっても、彼には解決不可能。考える意味もありませんね。
「あら可愛い。男性などと考えておりましたものの、これはこれで十分に飾る価値がありますわね」
先ほどまで笑顔で接客してくれていた店員さんが、今は怪物に見えます。比喩表現ではなく、実際に自分の100倍のサイズでは、そう見えるでしょうね。
今や友人の身長は手のひらに収まるほどに。
それからの展開を、友人はあまり深くは語ってくれませんでした。
店内を飾るお人形さんとして過ごしながら、どうやったら戻れるのかを考える毎日。店員の行動を観察して、自分を小さくした作用の秘密を探るも、友人以降、小さくなった客は居ない。これは友人が単独客だから狙われたという事実を意味し、犯人の計画性を物語るものでもあります。
それからどのようにして友人はこちらの世界に戻れたのか。
私は、なんとしてもそれを聞き出したいと考えております。美酒、美食。それらをエサに、いつか会話を引き出したい。
これが、今の私の趣味ですね。
これで私の話は最後。お聞きくださり、ありがとうございました。
では、次の方。