93話「新作コーヒー」藤宮蛍。
いよいよ私の話も最後だねー。よくもまあネタが尽きないでくれたよ。
これも本で読んだんだけど、怖い話だったよ。だから皆も怖さを共有してね。
私、コーヒーが好きでね。よく行くコーヒー屋さんもあるんだよ。私はブラックは飲めなくて、ミルクとお砂糖を入れて飲むんだ。ちなみにコーヒー豆の味の違いは、言われてもよく分からない。
でも、こんな違いなら分かるかもね。
川井さんて人が居てね。私と同じ、コーヒー好きで、私と同じく、行きつけのコーヒー屋さんがあった。最近はカフェっていうのかな。
そこは個人経営のお店で、一杯ずつ入れてくれるサービスが売りだった。もちろん、コーヒーに合わせて、ケーキやドーナツも出て来るんだ。良いねえ。私も行きたくなっちゃったよ。
川井さんはその店が気に入って、ほぼ毎週通ってた。
するとお店のマスターも、川井さんに特別なサービスをしてくれるようになったんだ。
皆はそういうのって嬉しい?気疲れする?
川井さんの場合は、嬉しかったんだって。だから大喜びで、そのサービスを受けたんだ。
内容はねえ。まだお客さんに出す前の、新作コーヒーの試飲。
うわー。私も聞いてるだけでドキドキして来るよ。そんなの絶対嬉しいに決まってるじゃん。
川井さんも、もちろん勢い込んで飲んでみた。ヤケドしないようにゆっくりと。
・・・。さあ、お味の方は?
今までのその店のコーヒーは、良くも悪くも、豆の素性がよく出ていた。味の違いがはっきりしていたというか。だから人によってはキツいな、と感じる事もあっただろうし、川井さんみたいにやみつきになった人も居た。
で、新作の味はというと。
うーん・・・。マスターが試作品というのが分かるというか・・・。
間違いなくブレンド。それは分かる。けど、バランスを一切考えてない・・・のかそれとも考えすぎてドツボにハマっているのか、味の個性の突出が止まずにケンカしちゃってる。
結果として雑味が大きくて・・・あんまり、あんまりだった。うん。
「マスター。これのコンセプトはなんなんですか?この店だと珍しい味に思えたんですけど」
川井さんは、つい聞いてみた。企業秘密だと困るけど、試飲までさせてもらってる以上、意図を聞くくらいは迷惑じゃないだろう、と思ってね。
「これはね。今までにない味わいを追求したコーヒーなんだよ。だから原料も実は、コーヒー豆だけじゃないんだ。他に麦やなんかもブレンドしてあるんだよ」
そんな答えが帰って来た。
川井さんは、なるほどなあ、と強く納得したの。そう言われれば、確かに麦茶っぽい風味もあったような気がした。
お茶のミックスかあ。確かに新しい味わいで、作るのも難しそう。
川井さんは微笑んで、マスターを応援したわ。きっと今までにない美味しさを実現してください、って。
「ありがとう川井さん。・・・ところで。体調不良になったら、教えてね。今までにないミックスだから」
その時、川井さんは、食べ合わせの問題かな?と思ったらしいんだけど。
数日後、川井さんの体調は急変した。
健康だった肉体は、より強靭さを増し、精神的にも毎日が幸せでたまらなくなった。街ですれ違う人間全員を祝福したいくらいだった。
なんとなく分かった人も居るかも知れないけど、確かに川井さんの飲んだコーヒーは新しいブレンドが試されていた。「自家栽培」のね。
幸せになった川井さんは、そのうち結婚もして、仕事も上手くいっているそうだよ。
めでたしめでたし。
で。皆なら、飲んでみたい?幸せになれるコーヒー。
私は・・・・。
今が幸せだから、別にいいかな。
じゃあ、次。