77話「開かずの間」水野智之。
ぼくは研究対象の採集のために、たまに遠出するんですけど、その時はホテルに泊まるんです。やっぱり車中泊とは回復度合いが全く違いますよ。仲間と一緒なら車中泊も楽しいかも知れませんが、1人ならホテルでシャワー浴びて寝たいですね。
でもこんなホテルは、ちょっと遠慮したいですね。
N県にあるホテルには、開かない扉がある。先輩達の間にはそんな噂がありました。N県は研修にも旅行にも頻繁に訪れる場所です。そのホテルには、結局ぼくも行く事になったんです。
N県の大学との合同研修が行われるのが、ちょうどそのホテルでした。
ホテル自体は歴史ある建物ながら、時代に合わせての改修工事が行われ、全ての設備が近代的。不便さなんて全くありませんでした。
ただぼくの泊まった部屋の隣が、その開かずの扉なのは、刺激的でしたね。
ぼくの部屋は305号室。フロアの中ほどにあるにも関わらず、横の306号室には進入禁止のテープまで貼ってありました。
最初は工事中なのかと思いましたが、それなら工員さんまで入りにくくなるテープじゃなく、鍵だけで良いですよね。普通に。
ぼくも少しは気になりましたが、中には入りませんでした。ぼくは。
でも、先輩はそう思わなかったそうで。一緒に来ていた先輩の1人が噂を確かめようと、その中をのぞこうとしたらしいです。
その後、その先輩は行方不明になったきり、消息も聞きません。ニュースになったかどうかも怪しいものです。
でも、ぼくが怖かったのは、開かずの間じゃなくて。
消えたはずの先輩が最後に立ち寄った場所であるホテルが、立ち入り検査も受けてないらしい事です。
ぼくはもうN県に行っても、あのホテルにだけは泊まりませんね。
では次の方どうぞ。