74話「幽霊さんのスーツ」透真瞬一。
皆さんも学生服や仕事着、それにスーツなど、日常的に使う衣服に思い入れはあるでしょう。私も友人からプレゼントされたネクタイピンなどは、傷を付けるのがもったいなくて、中々使えません。親にもらったネクタイはすぐに使い古してしまいましたが・・・。
今回はそんな、我々の衣服にまつわるお話です。
これは友人から聞いた話なのですが。
友人はクリーニング屋を経営しておりまして。私も使わせてもらっているのですが、確実な仕事をしてくれて、重宝しています。もちろん、他の一般のお客様からの依頼も多く、ありがたい事に商売繁盛しているそうです。
そんな友人にも、一つ厄介な出来事がありました。
友人の店は一般的なクリーニング店と同じく、面積のほとんどが多数の預かり品で埋まっています。圧縮して保管など出来ませんからね。
しかしそんな店の一角に、一つのスーツだけを吊るすスペースがあります。
ふと目にした私は聞いてみました。「これは何か特殊な事情の品なのかい?」
友人はこう答えました。「特殊と言えば特殊。それは幽霊さんのスーツさ」
幽霊さんのスーツ。大の大人が言うセリフではありません。
ですが強く興味をそそられた私は、その日の夜に友人を誘って、より詳細な話をうかがいました。
話は数ヶ月前にさかのぼります。
友人が引き受けた一件の依頼。仕事用のスーツを綺麗にしてほしい。
いつものように受け、いつものように遂行。約束の日までに完璧に仕上げておきました。
ですが、お客様はいつまで経っても、来ません。
こういった事はままあるのですが、流石に仕事着を預けたままでは、困ったのではないでしょうか。
しかし友人は慌てず騒がず、普段どおりに預かり品にしておきました。先述した通り、よくある事なのです。
ですから、お客様の御遺族の方から死亡を告げられた時には驚いた。そう言っておりました。
スーツを返却し、ご冥福をお祈りし、一件落着。
のはずでしたが、話はそこで終わりませんでした。
翌日、職場に来て、友人は我が目を疑いました。
昨日確かに返却したはずのスーツが、店にあったのです。
遺族の方が返却されたにせよ、店の中に勝手には入れません。
不気味に思いながら、友人は再度、スーツを返却用に置いておきました。御遺族を待ちながら。
しかし、誰も取りには現れませんでした。
友人は御遺族に連絡を取りもしませんでした。無理強いも出来ない、し。それ以上に、連絡するのが怖かった。
今でもそのスーツは、店の一角を飾っています。
そして友人はそのスーツを指して、こう言うんです。
「いつか、御本人がお受け取りに来られるかも知れない。うちは信用商売だからね。大事にとっとくよ」
全く、肝の座った男です。そして私は、そんな友人が好きです。
皆さんも機会がありましたら、その店をご贔屓に。
では、次の方。