72話「酒蔵」風祭順。
これは私の駆け出しの頃のお話。はっきり言って恥ずかしいから、短めでもごめんね。
とある酒蔵に取材に行ったんだよ。季節は冬。熱燗が美味しかったなあ。
東北地方の酒造メーカーでは新参になるその酒蔵なんだけど、味はめちゃくちゃ良いんだよ。若者向けなんだけど、媚びてはない、っていうか。若い味をそのまま出してるっていうか。
そこは湯楽酒天ていうお店なんだけど、当時、店には私の他にもお客さんが居たんだ。
写真家の三好さん。私と同じ、フリー記者の内藤さん。酒飲みの田中さん。
この3人と私とで見学させてもらってたの。写真撮影とかインタビューとかもね。
それで午後4時くらいかな。試飲もさせてもらって、ほろ酔い気分で帰ろうとしたら、出れなくなっちゃって。別に酒蔵の人に閉じ込められた、とかじゃなくて、ちょうど大雨が降ってきたのよ。
私達も天気予報は知ってたから、傘は持ってたんだけど、傘も意味をなさないくらいの豪雨で。結局、酒蔵の方のご好意で、少し雨宿りさせてもらう事になったの。まだ4時だから、帰りが遅くなりすぎる、って事もないしね。
それで暇つぶしがてら、酒蔵の奥も見学させてもらう事に。手すきの従業員さんが1人いらっしゃったから、その方の案内でね。そこは昔使ってた道具の保管庫で、今はもう使ってない歴史的な資料みたいなものね。昔から受け継がれてきた道具はホコリをかぶってたけど、まだまだ頑丈そうに見えたわ。歳月の流れに耐えた道具達だから、当然かもね。
私と内藤さんはそんなでもなかったんだけど、三好さんはとても楽しそうだったわ。写真も撮らずに、酒蔵の人から話を聞いてて。やっぱり、こういう歴史のある建物が好きなんですって。
そして奥に行けば行くほど、歴史は古くなって、機構もより原始的に。
出て来るお酒も、より古く。濃いものになって行ったわ。
今のお酒みたいな綺麗さは全くない。ダイナミックなアルコール分と、雑味。お酒を飲んでいるというより、発酵食品をそのまま食べている気持ちになったわ。
少しだけ。そんな感じで注がれたおちょこは、言うまでもなく、何度も何度も満たされ続けて、ついには全員がべろんべろん。案内をしてくれた酒蔵の従業員さんもね。
お酒って、本当に怖いわね。皆も飲み過ぎには気を付けて。以上よ。
・・・だから言ったじゃない。全然怖くないって。
じゃ、じゃあ次の人、どうぞ。