51話「ホテル殺人事件」神渡京介。
これは聞いた話なんで、うろ覚えですけど。
ある冬の話です。えー・・・と。名前とかは聞いてないんで、ちょっと今考えますね。
んー。遠野くんにしましょう。遠野くん達は、家族で旅行に出かけました。季節は冬。場所はスキー場。冬休みを利用してのスキー旅行でした。
遠野くんはお父さん、お母さん、妹、弟の5人で、小さなホテルに泊まりました。前々からお父さんが来たがっていた、スキー場の近くで湖にも近い雰囲気の良いペンションです。真冬になれば、湖ではスケートも出来るとか。
雪の降りしきる中、バスで到着したホテルはまるで映画の中の風景そのものでした。白く雪化粧された西洋風の建物。例え大雪で、1週間ここに閉じ込められても、退屈はしないでしょう。
初日。遠野くんは家族と一緒にスキーを楽しんだ後、ホテルでの夕食を味わい、ゆっくりと眠りに着きました。
そして殺人事件が起きました。
当時、ペンションには10数名の人間が滞在していました。従業員5名。宿泊客12名。そのうちの夫婦の客2名が死亡した状態で発見されました。のど元を包丁で突き込まれた状態で。
朝食の席に現れなかった夫婦者を心配したホテル従業員が発見した死体は、仲良く2つのベッドに並んでいたそうです。
もちろん、すぐさま警察が呼ばれました。
しかし。
古今東西のあらゆるミステリーと同じく、その日は吹雪で、警察はおろか誰もスキー場に来れる天候ではありませんでした。
そんな時って、実際に出会ったらドキドキするものだと思いませんか?ワクワクして、まるでフィクションの世界に迷い込んだみたいだって。
でも実際には違いますよね。遠野くんは、不安でいっぱいになっていたそうです。犯人が野放し状態で、警察が来れない。避難も出来ない。
家族以外には気を張って接していた。そう聞いています。
朝食を食べて、スキーにも行けない。周囲は吹雪いている。閉じ込められている。そう思うと、あんなにも楽しかったホテルが、急に窮屈なものにさえ思えて来ました。
殺人犯が居る(自殺や心中などの可能性も探られたそうですが、素人目には分からなかったそうです)。そう思えば、ホテル内の探索も両親から止められました。
家族が泊まっていたのは3階に2つあるスイート。亡くなった2人は2階の4つの部屋の1つ。子供たちは2階でエレベーターを下りることを許されませんでした。
吹雪で通行手段がなくなっても、食料の備蓄には余裕があります。なにせ、スキー客や登山客の緊急避難先として利用されることもありましたから。新鮮な食材はともかく、全員が栄養失調にならずに1ヶ月は暮らせたでしょう。
重苦しい雰囲気の中での昼食は、忘れようと思っても忘れられるものではありませんでした。頑張って笑顔を作ってくれている従業員の中に、もしくは自分たちの隣で一緒に食事をとっている中に、殺人鬼が居るかも知れない。そういう雰囲気は、二度と味わえないでしょう。
食事をとったなら、スタッフにお礼を言って、そそくさと自室に戻りました。家族全員で一緒に居る。それだけを皆、考えていました。
「雪は明日の午後には止む。それまでの辛抱だ」
遠野くんのお父さんが言いました。
「そうよ。そうすれば警察の方が来てくれるから」
遠野くんのお母さんが言いました。
両親の子供たちを安心させようという思いやりは伝わりましたが、それに満面の笑みで応えられる器用さは、まだ持ち合わせていませんでした。
午後3時。
なんとなく持ってきていたトランプで、兄妹3人で遊びながら時間を潰し、その日は何事もなく。
キャアアアアアアア!!!
過ぎませんでした。
ホテルの1階からのはずの悲鳴が、3階の部屋まではっきり聞こえたそうです。
お父さんは、自分が帰るまで誰が来ても鍵を開けないようお母さんに言い含めて、部屋を出ました。状況を確認するために。
お父さんは、武器を持っていませんでした。下手に持つと、それで自分が怪我をする危険性もありましたし、なにより殺意を完全に決めた犯人と出会った場合、相手を殺すつもりでないお父さんでは、歯が立たないでしょう。他の客や従業員に不必要に怪しまれない、疑われないためにも、非武装が良いでしょう。
おそるおそるエレベーターに乗り、1階へ。フロントで事情を聞きます。
なんでも昼食の片付けを終えて、従業員が休憩時間に入った後、レストランルームは空になっていたそうです。そして夕食の準備のために従業員が戻ると、客席の間に死体が転がっていた。
レストランルームは扉のない、休憩室も兼ねた空間なので、お客さんなら誰でも入れます。従業員は別の場所での休憩が義務付けられているので、発見が遅れた形になりましたが。
死亡したのは一人旅の女性。しかも、刺殺されて。
今度の事で、完全に殺人事件と断定されました。最初の夫婦は、あるいは心中かも知れません。警察が来るまで、部屋を捜索する事も控えていたので(もちろん死体を動かすのもご法度です)、刃物のあるなしも正確には確認出来ていませんでしたが、今度は違います。
女性客のそばには包丁もナイフもない。にも関わらず、シャツの胸元が真っ赤に染まっている。
ちなみに拳銃ではありません。火薬の匂いが一切しませんでしたから。
ここで防犯カメラのチェックが行われました。1階にはホテル出入り口にしか設置されていないので、泥棒避けにしか機能しませんが、レストランへは玄関横を通る必要があります。しかし映っていたのは、2階のカメラと同じく、黒ずくめの人物。
犯人は2階の客が、いったん外に出てから着替えたのか、それとも別階の人間なのか。どちらにせよ、警察の到着を待たなければ、画像からの人間の識別は無理です。
お父さんは、家族で夕食に降りるべきか迷いました。カートかなにかで3階に運んだ方が良いのでは。もしくは、明日までぐらい我慢してった構いません。
フロントスタッフと相談したところ、食事を部屋で食べる許可をもらいました。レストランルームは、朝食バイキングをやっているので、そもそも自由に取りやすい構造になっています。もちろん、時間がたちすぎると食事が悪くなってしまいますが。
お父さんはカートに家族5人分の食事を搭載して、エレベーターに乗り込みました。
それが最後の目撃情報でした。
次にお父さんを発見したのは、3階のもう一つのスイートの住人でした。夕食を取りに向かう途中、エレベーターの中の惨状を発見したのでした。
後日、警察の調べによると、遺体は人体の急所を的確に突いたもので、犯人が手慣れて来ているのを指し示すものだと考えられました。
3階に閉じこもったままの家族4人は、お父さんの帰りが遅すぎるのを気にしていました。そして部屋のインターホンが、お父さんの結末を伝えてきました。
結局、ホテルの従業員の好意で、部屋まで食事を届けてもらえる事に。
お母さんはなんとか気丈に振る舞っていましたが、遠野くんは異常事態を察知しました。お父さんが帰ってこないのであれば、当然ですね。
そして遠野くんは、ある結論に達しました。
犯人は従業員。
突拍子もない勘ですが、実は当たりでした。
もちろん、結果論です。本当は家族以外全員の共犯だとか考えてました。
そして遠野くんは、武装しました。室内にあった簡易スプーンと簡易フォーク。それにおはし。これらをポケットに詰め込み、いつでも抜き出せるように。
お父さんが帰るまで、自分が家族を守らねばなりません。
電気ポットのコードを抜き去り、ロープ代わりに。これは腕に巻いておきます。そして拳をタオルで巻いて、擦過傷を防ぎます。
ピンポーン
夕食を持ってきてくれました。
お母さんが開けます。
遠野くんは開く扉の内側に隠れ、従業員の動きを見張りました。
すると、料理を運ぶワゴンの中段に、包丁を発見。赤いものが付着しているのも見えました。
お母さんの誘導に従って殺人鬼が部屋の奥に向かう中、遠野くんは行動を起こしました。
こっそり後方から忍び寄り、飛び、髪の毛を引っ掴んで思いっきり引っ張りました。
大きな音は起きませんでした。成人男性が倒れたにしては。
不意打ちで混乱状態にあった従業員は、その後の遠野くんのチョークスリーパーも防げませんでした。小さな子供の細い腕は、首を極めるのに適していました。
まず1人。タオルで猿ぐつわをかまし、後ろ手に縛り、部屋の片隅に置いておきます。
それから料理を積んだワゴンを調べます。
中段の包丁には、やはり血が付着。まさか牛肉を切ったまま、客先に出向くとは思えず。ここでお母さんも、遠野くんの判断を支持しました。
そしてお母さんの制止を振り切り、遠野くんは攻撃に出ます。
敵は自分たち以外の全員。そう仮定しました。
エレベーターは使わず、階段で1階まで降ります。閉所で襲われればひとたまりもありませんし、階段の位置エネルギーを使えば、子供の腕力でも必殺となります。
そして遠野くんは、2階まで来たところで、やはり他の宿泊客の部屋から出て来た従業員を発見しました。エプロンを返り血で染めています。
遠野くんは、迷わず突進しました。階段から部屋の前までわずか10メートル。数秒で距離を詰めた遠野くんは、うろたえている従業員の目の前でジャンプ、カートを足場に包丁をのど元に突きこみました。それから倒れた従業員の心臓、肺の位置を感覚で5箇所ほど突き刺し、完全に殺害しました。
これで2人。従業員は残り3名ですが、遠野くんは正確な人数を把握出来ていません。ですので、見かけ次第殺す。それだけを考え、1階に向かいました。
1階に降りた遠野くんを待っていたのは、フロントマンの驚きの表情でした。そして彼が猟銃のようなものを取り出すのを見て、先例にのっとり突撃しました。
本来、銃が構えられた状態でそんな真似をすれば、遠野くんは蜂の巣です。しかし、実弾の装填もおぼつかない不慣れなフロントマンは、弾を入れかけた状態で首の動脈を切り裂かれ、続いて胴体に5箇所の致命傷を負わされ、絶命しました。
返り血で全身を真っ赤に染め上げた遠野くんですが、それに構わず、レストランを目指しました。
と、ご丁寧にも厨房に居た2人が包丁を持って、こちらに向かってきてくれました。
遠野くんは安堵しました。
流石に、無実の人間を殺すのは気がとがめますからね。
体格の良い大人が2人、包丁を持って、左右から。
待ち構えていると、死にます。
なので、遠野くんは近い方の右手の男の足を目掛け、包丁を投げました。包丁が刺さるのを確認するまでもなく、素手のまま左手の男に接近、包丁での突きを誘ってから、ポケットの簡易スプーンの柄を眼球にえぐり込み、隙を作った上で首を締め上げ、とりあえず落としました。
右足に受けた包丁の傷を気にしながらなんとかこちらに向かって来たもう1人の男には、今落とした男が持っていた包丁を更に胸元に投げつけ、右腕で払わせます。またも痛みに気を取られた男は、その場で立ち止まり、簡易フォークの柄を避けられませんでした。同じ手順で同じように落とされましたが、今度は完全に呼吸が止まるまで放してはもらえません。
丹念に2人ともに5箇所穴を開けて、危険を排除。
遠野くんは、部屋に戻り、無事に警察を待ちました。めでたしめでたし。
犯人はホテルの従業員に変装した変質者・・・ではなく。元々、こちらで働いていた、全く前科のない人達でした。そんな人達がなぜ。
この事件は、いっときニュースにもなったので、覚えている方も居るかも知れませんね。
おれもよく覚えています。
あ。
その後、遠野くんは、家族とは一緒に暮らせなくなったそうです。
あれから、人を殺すのを、当然と思うようになっちゃって。いつか家族に手を出すんじゃないか、と自分で自分が怖くなって。
でも今は大丈夫ですよ?
ここには、家族は居ませんから。
・・・じゃ。次の人、お願いします。