47話「中古車」水野智之。
皆さんはツーリングに出かけた事はありますか?実はぼくはあるんです。
アウトドア趣味というわけでもないんですが、虫取りには主に自転車や自動車を使うので、ツーリングを毎回しているようなものですね。山や森に入ったら、そのまま採取し続けたりするので、時間もかかりますし。
あれは大学に入って、初めての夏でした。当時やっと大学生活に慣れた頃で、ぼくらはわけもなく興奮して夏休みを迎えていました。
何人かの友人はすでに自動車免許を取っていましたが、この夏季休暇を利用して取る人も多く居ました。ぼくもその中の1人でしたね。
そして免許と同時に、手頃な自動車を見つけるために、あちらこちらを自転車で回っていたのもこの季節でした。
当時、ぼくには仲の良い人間が3人居ました。同じ趣味、昆虫好きの仲間達です。A、I、R。彼女らは奇しくもぼくのアパートの近くに住んでいたので、一緒に遊ぶのも多くなりました。
Aは大学生活の始まる前、春休みに免許を取得、そのまま自動車も購入していたので、4人の中で最も頼りにされる存在でした。本人の性格も安全運転よりだったの、なおの事です。
IとRはぼくと同じで、夏休みに合宿免許に向かいました。そして無事に合格したぼくらは、Aの自動車に乗り、4人での小旅行に出かけました。4人で交代しながら運転すれば、単純に4倍近い距離を走れます。普段なら新幹線を使うような場所まで、どこまでも自動車を走らせました。
そしてとある地方を通り過ぎようとしていた瞬間、Rが止めて、と言いました。そこは中古車店でした。
4人で車を降り、その店の品揃えを見物すると、Rが止めてと言った理由がよく分かりました。
旧式とは言え、全然綺麗な中古車がほとんど捨て値同然で売っていたんです。ぼくらの住んでいる地域からはかなりの遠方ですが、輸送費を出してもまだお釣りが来るぐらいの安値。
もちろん車の価値は見た目じゃなくて中身ですが、そこはどうせ素人のぼく達には分かりません。流石に買ってすぐに壊れたなら、交換は利くでしょう・・・多分。
そこには良い車はたくさんありましたが、ぼくは安い軽自動車を狙っていたので、あまり目ぼしいものはありませんでした。IやRは普通乗用車でも良かったので、かなり真剣に見ていましたね。
そしてRは一台の車に決心しました。この機会を逃しては二度と出会えないとまで思いつめたのです。
10年以上前の普通乗用車。事故歴はなし。今風ではありませんが、真っ赤なボディは類稀な存在感でした。
Rの車はそれから何度か乗られ、そして今はどこかの中古車店にあるのかも知れません。
Rはその年の冬に居なくなってしまいました。
何かのトラブルに巻き込まれたのか、誰かと駆け落ちでもしたのか。親しかったはずのぼくらにも、何の心当たりもありませんでしたが。
ただ一つ気になったのは、Rが失踪した直後、Rの家に合流したぼくらは、あの真っ赤な車を見ました。ピカピカに洗車した後みたいな綺麗さでした。
車を乗れる状態にしておきながら、徒歩での失踪。誘拐などの犯罪絡みとみなされ、Rの捜索は警察の手を借りながら行われ、それでも今も見付かっていません。
Iは言うんです。Rの車に乗ると、必ず体が重くなるって。
新人ドライバーの運転だから、精神的な疲労感がある。Iの言葉を聞いた直後のぼくはそう答えたんです。
でも今のぼくは、別の言葉を返すんだと思います。
実はここに来る前に、見かけたんですよ。あの車を。
相変わらず中古車店の中で真っ赤なボディを光らせて。
そして窓が開いて、誰かの手招きする手も。
あの手がRのものだったとしても、ぼくは何の不思議も感じないと思います。だってRはあの車が大好きでしたからね。
では、次の方お願いします。