4話「山登り」透真瞬一。
初めまして。私は透真 瞬一。近頃、山荘に興味を持ちまして、今回こちらの見学に訪れたのですが。参りましたね。
ですが、これで3人。私で4人目ですか。しかし、皆様よくお話を思い浮かべられるものですね。私など、自分で聞いた話しか思い出せませんよ。
さてさて、最初に私がギブアップしそうですが、なんとか頑張ってみましょうか。
これは私の友人から聞いた話なのですが。
友人は山登りを趣味としていましてね。と言っても今の私達とは少し違って、もっぱら本格的な登山を好んでおりました。富士山などの有名な山は元より、休暇を取り次第、各地方の名山を訪ねる生活をしているような、本格的な山男です。
その友人が、ある時登った山の話です。
当時友人には、一緒に登る仲間が居たそうです。職場や住んでいる地域が異なっても、同じ地方の山に登る者同士、共に行動した方が楽しいのではないか、という理念に基づいた、言わば同好会ですね。山で飲む酒は大層美味しいそうで、重たい缶や瓶を背負ってなお笑顔でしたよ。
気の合う仲間、同じ趣味を持った人間との楽しいひと時。きっと、友人にとっては掛け替えのない時間だったんでしょうね。他の仲間達にも。
ある冬。K県にある有名な山を目指して、皆でスケジュール調整を頑張ってやっとの事で日程が合い、無事の登山が開始されました。
流石に富士山などと比べれば低い山ですが、それでも名だたる名山。アタックの難易度はかなりのものだったそうです。
ですが、そこは必要もないのに酒を背負って登るような連中です。無駄に有り余る体力を駆使して、少しずつ少しずつ、確実に登り詰めて行きました。
頂上もすぐそこ、そんな所まで来ました。ですが、そこで吹雪が強くなり、ビバークを余儀なくされる一行。もちろん、ちゃんと準備して来ましたよ。
ただ、それでも怖いのが、雪山でしょうかね。
翌朝。最も体力に優れ、最も登山技術に秀でた人間のテントが、大量の雪に潰されていました。それはただひたすらに運が悪かっただけの結果。仲間全員で風雪がしのげそうな場所を選びテントを設置した以上、運次第では、私の友人が同じ目に会っていても、全く可笑しくはなかったのですから。
吹雪の収まった山中で、仲間達は必死でテントを掘り起こしました。もしかしたら、まだ間に合うかもしれない・・・!その一心で、ひたすらにスコップを振るいました。
そして皆は、息の上がった体で喜びに沸きました。
生きていたのです。
潰れたテントですが、その下にあった荷物と自分の体がつっかえ棒となり、そこに出来たスペースで窒息せずに済んでいたのです。更に荷物をなんとか開き、彼の方でも脱出を進めていたのでした。
ですが、皆は一分の迷いもなく下山を決めていました。なんとか生存したと言っても、彼の体は凍傷にかかっているのが当然。不思議に無傷に見えますが、いくら何でもそんなわけはないでしょう。自覚症状がないのも余計に不味い。
それでも、被害にあった彼だけは、登頂続行を嘆願しました。
皆で日程を合わせての山登りは、滅多に出来ない。自分も皆も仕事が忙しくなれば、もう無理かも知れない。幸い、天候の危険は一時的なもの。天気予報によれば、何の問題もないはず。
一堂はその熱意に押されていました。実際、彼の身振りを見ていても、どこにも異常は見受けられなかったのです。しいて言えばやけにテンションが高かったのですが、自分以外のメンバーを説得しようとなれば、それは熱心にやるしかないでしょうし。
結局、登山は続行されました。山頂が目と鼻の先であった事。彼の体調が本当に問題なかった事(なんと、その場で腕立て伏せとスクワットを20回ずつこなしたそうです。登山の最中、雪から脱出した直後だというのに)。装備品をちゃんと掘り起こせ、他のメンバーも体力に余裕があった事などを鑑み、彼の説得は功を奏しました。
その時の日の出は、本当に綺麗だったそうです。忘れられない、と友人は言っていましたよ。
登山に成功したパーティーですが、雪害にあったばかりです。油断せず、慌てず騒がず真っ直ぐ下山しました。
帰って来た皆は、いつものように地元の温泉旅館に向かいました。山登りと温泉。それが彼らの恒例だったのです。
ですが、旅館の人に聞かれました。
・・・・お一人様、いらっしゃいませんけど?・・・・。
トイレにでも行ったのだろうかと思っていた一行ですが、いつまで経っても、彼は来ません。途中ではぐれた?旅館までのバスに乗り遅れた?
いいえ。そんな理由ではありませんでした。
彼の行方は、思わぬ情報でもたらされました。
旅館のロビーで流れていたテレビ。その緊急速報で。
・・・K県T山登山中の登山家一行が、遭難者一名を発見しました。心肺停止状態で発見され、移送された病院で死亡が確認されました。お名前は・・・。
皆は、テレビから聞こえた名前に振り向きました。何人かは走ってテレビ画面の前にかじり付きました。
確かに、彼の名前でした。
一緒に下山したはずの、彼の名前でした。
・・・下山中にはぐれて気付かないわけがありません。パーティー最前列と最後尾は、目端の利く人間で占めています。彼らは、隊列を乱した人間は1人も居なかったと断言しています。それに、その日は完全な晴天。誰かが消えれば、必ず気が付いたでしょう。
理解しがたい結論ですが。
彼は、最初から、下山していなかった。これが皆が納得しなければならなかった答えでした。
なぜなら、掘り起こしたはずの装備まで、彼と一緒に発見されたからです。あまつさえテントまで。
私の友人は言っていましたよ。確かにテントに触れたのに、と。でもそれは、後から雪の中から、見付かった。
・・・では。
あの時、皆と一緒に登頂に成功したのは。一緒に下山したのは。誰だったんでしょうね?
皆で集団幻覚でも見たのでしょうか?現場に有毒ガスなどの発生ポイントは報告されていませんけど。
この話も、もう終わりですが、最後に友人の言葉を伝えましょう。
「我々は、全員で登頂出来た。良い思い出だよ」
そう言っていました。良い思い出。
だからあの時の仲間達は、一緒に登ったのが、彼本人だと信じています。もしも悪霊か何かであれば、皆生還出来ていないはずだと。
本当に。山は恐ろしく魅力的な場所ですね。
では、次の方どうぞ。