表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/100

4話「山登り」透真瞬一。

 初めまして。私は透真とうま 瞬一しゅんいち。近頃、山荘に興味を持ちまして、今回こちらの見学に訪れたのですが。参りましたね。


 ですが、これで3人。私で4人目ですか。しかし、皆様よくお話を思い浮かべられるものですね。私など、自分で聞いた話しか思い出せませんよ。


 さてさて、最初に私がギブアップしそうですが、なんとか頑張ってみましょうか。



 これは私の友人から聞いた話なのですが。


 友人は山登りを趣味としていましてね。と言っても今の私達とは少し違って、もっぱら本格的な登山を好んでおりました。富士山などの有名な山は元より、休暇を取り次第、各地方の名山を訪ねる生活をしているような、本格的な山男です。


 その友人が、ある時登った山の話です。


 当時友人には、一緒に登る仲間が居たそうです。職場や住んでいる地域が異なっても、同じ地方の山に登る者同士、共に行動した方が楽しいのではないか、という理念に基づいた、言わば同好会ですね。山で飲む酒は大層美味しいそうで、重たい缶や瓶を背負ってなお笑顔でしたよ。


 気の合う仲間、同じ趣味を持った人間との楽しいひと時。きっと、友人にとっては掛け替えのない時間だったんでしょうね。他の仲間達にも。


 ある冬。K県にある有名な山を目指して、皆でスケジュール調整を頑張ってやっとの事で日程が合い、無事の登山が開始されました。


 流石に富士山などと比べれば低い山ですが、それでも名だたる名山。アタックの難易度はかなりのものだったそうです。


 ですが、そこは必要もないのに酒を背負って登るような連中です。無駄に有り余る体力を駆使して、少しずつ少しずつ、確実に登り詰めて行きました。


 頂上もすぐそこ、そんな所まで来ました。ですが、そこで吹雪が強くなり、ビバークを余儀なくされる一行。もちろん、ちゃんと準備して来ましたよ。


 ただ、それでも怖いのが、雪山でしょうかね。


 翌朝。最も体力に優れ、最も登山技術に秀でた人間のテントが、大量の雪に潰されていました。それはただひたすらに運が悪かっただけの結果。仲間全員で風雪がしのげそうな場所を選びテントを設置した以上、運次第では、私の友人が同じ目に会っていても、全く可笑しくはなかったのですから。


 吹雪の収まった山中で、仲間達は必死でテントを掘り起こしました。もしかしたら、まだ間に合うかもしれない・・・!その一心で、ひたすらにスコップを振るいました。


 そして皆は、息の上がった体で喜びに沸きました。


 生きていたのです。


 潰れたテントですが、その下にあった荷物と自分の体がつっかえ棒となり、そこに出来たスペースで窒息せずに済んでいたのです。更に荷物をなんとか開き、彼の方でも脱出を進めていたのでした。


 ですが、皆は一分の迷いもなく下山を決めていました。なんとか生存したと言っても、彼の体は凍傷にかかっているのが当然。不思議に無傷に見えますが、いくら何でもそんなわけはないでしょう。自覚症状がないのも余計に不味い。


 それでも、被害にあった彼だけは、登頂続行を嘆願しました。


 皆で日程を合わせての山登りは、滅多めったに出来ない。自分も皆も仕事が忙しくなれば、もう無理かも知れない。幸い、天候の危険は一時的なもの。天気予報によれば、何の問題もないはず。


 一堂はその熱意に押されていました。実際、彼の身振りを見ていても、どこにも異常は見受けられなかったのです。しいて言えばやけにテンションが高かったのですが、自分以外のメンバーを説得しようとなれば、それは熱心にやるしかないでしょうし。


 結局、登山は続行されました。山頂が目と鼻の先であった事。彼の体調が本当に問題なかった事(なんと、その場で腕立て伏せとスクワットを20回ずつこなしたそうです。登山の最中、雪から脱出した直後だというのに)。装備品をちゃんと掘り起こせ、他のメンバーも体力に余裕があった事などをかんがみ、彼の説得は功を奏しました。


 その時の日の出は、本当に綺麗だったそうです。忘れられない、と友人は言っていましたよ。


 登山に成功したパーティーですが、雪害にあったばかりです。油断せず、慌てず騒がず真っ直ぐ下山しました。


 帰って来た皆は、いつものように地元の温泉旅館に向かいました。山登りと温泉。それが彼らの恒例だったのです。


 ですが、旅館の人に聞かれました。


 ・・・・お一人様、いらっしゃいませんけど?・・・・。


 トイレにでも行ったのだろうかと思っていた一行ですが、いつまで経っても、彼は来ません。途中ではぐれた?旅館までのバスに乗り遅れた?


 いいえ。そんな理由ではありませんでした。


 彼の行方は、思わぬ情報でもたらされました。


 旅館のロビーで流れていたテレビ。その緊急速報で。


 ・・・K県T山登山中の登山家一行が、遭難者一名を発見しました。心肺停止状態で発見され、移送された病院で死亡が確認されました。お名前は・・・。


 皆は、テレビから聞こえた名前に振り向きました。何人かは走ってテレビ画面の前にかじり付きました。


 確かに、彼の名前でした。


 一緒に下山したはずの、彼の名前でした。


 ・・・下山中にはぐれて気付かないわけがありません。パーティー最前列と最後尾は、目端の利く人間で占めています。彼らは、隊列を乱した人間は1人も居なかったと断言しています。それに、その日は完全な晴天。誰かが消えれば、必ず気が付いたでしょう。


 理解しがたい結論ですが。


 彼は、最初から、下山していなかった。これが皆が納得しなければならなかった答えでした。


 なぜなら、掘り起こしたはずの装備まで、彼と一緒に発見されたからです。あまつさえテントまで。


 私の友人は言っていましたよ。確かにテントに触れたのに、と。でもそれは、後から雪の中から、見付かった。


 ・・・では。


 あの時、皆と一緒に登頂に成功したのは。一緒に下山したのは。誰だったんでしょうね?


 皆で集団幻覚でも見たのでしょうか?現場に有毒ガスなどの発生ポイントは報告されていませんけど。


 この話も、もう終わりですが、最後に友人の言葉を伝えましょう。


 「我々は、全員で登頂出来た。良い思い出だよ」


 そう言っていました。良い思い出。


 だからあの時の仲間達は、一緒に登ったのが、彼本人だと信じています。もしも悪霊か何かであれば、皆生還出来ていないはずだと。


 本当に。山は恐ろしく魅力的な場所ですね。



 では、次の方どうぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ