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32話「剥製」風祭順。

 じゃあ、私も美術館の話をさせてもらおうかな。私のはちょっとマイナーな芸術家のお話。何年かに一度、小さな美術館で個展を開くのが趣味の、どちらかというとアマチュアの人だったよ。私は仕事がきっかけでその人の作品を見る事になったんだけど、一目惚れだったね。それからもちょくちょく個展にお邪魔させてもらって、挨拶もさせてもらって。インタビュー記事も、それなりに良いのがまとまってたんだ。


 あんな事にならなければ。いや。そうじゃないのかな。


 今から3年前くらい。地方のニュースにはなったけど、ちょうど全国的には別のニュースでにぎわってたから、知らない人も多いと思う。


 あれは、こんな事件だったんだ。



 その作家さん、だいたいは1年おきに個展を開いてたんだ。あの年も。


 確か真夏。夏休みの子供たちを当て込んで、夏にやるんだよね。未来のために、とかで。くさいセリフだけど、本気だったんだよ。本気で、未来を生きる子供だちに芸術を知ってもらうんだ、ってね。真面目な人だった。


 それでその作家さんのメインは、像だったの。


 像って言うと一般的なのはブロンズ像とか、木彫りの像になると思うんだけど、あの人は・・・高橋さんは剥製はくせいの専門家。


 剥製、なんだけど像。つまり、架空の生き物の、架空の剥製を作ってたの。


 具体的にはグリフォンとかペガサスとかキメラとか。空想の生物を作るのが大好きで、だから老若男女を問わずに見てほしかったのね。


 その年の目玉は、メデューサ。有名な神話の怪物だけど、とても美しくて、以前に作っていた同じ神話に登場する勇者と一緒に立たせると、それは見事なものだったのよ。


 私はもちろん、初日に行ったわ。小さな美術館が、そのまま神話の舞台になってて、本当に鳥肌が立った。ここで勇者と怪物が戦ったんだと実感出来たくらいよ。それくらい真に迫った剥製だった。


 高橋さんのメデューサは、どこの美術館に飾っても目玉になる。そう確信した私は、出来る限り目立つように新聞社にかけあって記事にしてもらったの。必ずスターになるから、って。


 でも。破綻はたんも、遅くなかった。


 私はそれから別の取材に行ってて、その後の展開は新聞記事でしか追えてない。だから聞きかじりになっちゃうんだけど。


 メデューサの色が変わり始めたんですって。


 時間が経つと色が変わる仕掛けか!見物客はこぞってSNSに上げ始めたわ。初日のニュース写真という比較対象もあった事だし、高橋さんの像はかなりの人気になっていった。


 色彩の変化はあざやかだった。頭髪を形作るヘビは豊かな緑から、深い青へ。作り物めいていた白い地肌は、温かみのあるピンク色に。真っ赤だった目は、空っぽに。


 そして白い頭蓋骨ずがいこつがのぞいてたって。


 最初それが話題になった時、中まで作り込まれているなんて、なんてすごい造形なんだって、さらに人気を博したんだ。


 ただ、質感があまりに地味というか、作り物らしさがなかった。だから誰かが聞いたんだ。


 「これは、外側とは違う作り方なんですか?」って。


 そうしたら答えは、「中は本物なんですよ」って。


 彼一流の冗談と捉えたファンの方が多かった。けれど、警察官の客が来ると、どうやら本当に本物に見える、で騒ぎになった。


 展示会は中止。警察が調べたところによると、死後1年以内の死体。しかも若い女性のものだった。


 高橋さんは、警察に逮捕されても、素直だった。若い女性は、自分の展示会に足繁あししげく通ってくれたファンで、2人きりで会った時を見計らって殺害した。どんな質問にも答えたわ。


 そして動機は。彼女を永遠の存在にしたかった?芸術家の狂気?


 ではなかった。


 高橋さんはただ、「女性の像の素には女性を使わなくちゃ」とだけ答えたそうよ。


 今までの作品も全て解体されて調べられ、そしてその全てにモデルとなった動物の骨が使われていたの。グリフォンにはたか。ペガサスには馬。キメラにはライオン。今回のメデューサには、人間とヘビ。


 馬の骨については日本でも簡単に入手出来る。鷹も剥製なら。でもライオンの骨なんて、どうやって入手したのかしら。


 答えは簡単で、日本でも普通に飼育出来るの。まあ私も知らなかったんだけど。人間に危害を加える可能性の高い動物だから、自治体に届けないといけないんだけど、その条件を満たせば、飼育可能なんですって。それで寿命の来たライオンの骨を保存していたご家庭にお願いして、キメラ像に使わせてもらったんですって。キメラ像の協力者リストにも、その人の名前は載っていた。ライオンの名前までね。


 メデューサの協力者リストの中にも、被害者の名前が載ってたんだよ。高橋さんは律儀な人だったから。


 警察は一応、このケースを事件と事故の両方で捜査していた。事故、っていうのは、故人こじんの意思による標本化かも知れなかったからね。主に病院とか大学で研究されている事が多いけど、人体を用いた白骨標本や内蔵なんかを研究対象にするのは犯罪ではないんだよ。


 だから、警察はそちらの方向でも調べてみた。実は許可されたケースだったのだが、芸術家が要らぬ騒ぎを起こした?とかね。


 残念ながら、そうじゃなかった。高橋さんの供述どおり、殺人事件だった。



 私は今でも高橋さんの面会に行くんだ。それで少しお話をして、次回作の構想を聞くのが楽しみ。被害者の方には申し訳ないけどね。


 高橋さんに一度聞いてみた事があるんだ。メデューサはもちろん、他の像も解体されて、残念でしたね、って。


 でも高橋さんの答えは予想外のものだった。


 「私の作品は、メディアを通じて、世界に羽ばたきました。きっと誰の脳裏にも焼き付いたはずです。それにやっと次回作の具体的な構想がまとまってきたんですよ。風祭さんには、ぜひ次回作も取り上げてほしいです」


 高橋さんは本当に生き生きしてたよ。


 今の日本じゃ、人を1人殺したくらいじゃ死刑にはならない。高橋さんは基本的には善良な人間だから、模範囚としてかなり早く刑務所を出る事になると思う。


 私は私の気持ちに基づいて、高橋さんを追いかける。


 次回作が何であってもね。



 じゃあ、次お願いね。

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