31話「絵になった」神渡京介。
えーっと。おれには似合ってないかも知れませんけど。美術館の話なんです。
正直、おれも美術館てよく分かりません。いや、明野さんの悪口じゃないですよ。本当に。
で。おれもそうですけど、子供って、じっとしてられないじゃないですか。
その子もそうだったんです。
小学生の春野くんは、家族と一緒に美術館を訪れていました。ちょうど、春休みぐらいの長期休暇の季節です。お父さんお母さんは、春野くんに広い世界を教えてあげようとして、色々な施設に連れて行ったそうです。
でも春野くんは、遊園地は大好きでしたけど、博物館などはあまり興味がなかったそうです。
それはこちらの美術館も同じでした。世界的に有名な作家の企画展を実施していたんですけど、春野くんは早々に興味を失い、1人でトイレに向かいました。気分転換です。
迷子になるほど広い施設でもなし。売店でキーホルダーでも見ていようかな。トイレを出た春野くんは、素直に両親と合流しようとはしませんでした。ちょっと疲れたんでしょう。
春野くんのお小遣いでは、そこまで高価なものは買えません。とは言え、美術史の本や絵画などは別に欲しくもなかったので、困ってもいませんでした。
妙ちきりんなマグカップや湯呑など、興味のひかれるものを眺めながら時間を潰していました。
と。春野くんは、絵画を収めるフレームのコーナーに差し掛かりました。普通の綺麗なフレームから、ゴツゴツした、これに絵画を入れるの?と思ってしまうようなものまで、いくつものフレームがありました。
もっとも、春野くんの感想は、これで殴られたら痛いだろうなー、でしたが。
振り回したら面白そうだけど。それ以上の関心を持たなかった春野くんは、次のコーナーに移り、それきりフレームからは心を離していました。
そろそろ両親と合流しよう。ひとしきり売店を見て回った春野くんは、再度館内を歩き始めました。
でも、人が見当たりません。さっきまでは、歩くのも大変だったのに。
もうお昼だから、かな。確か、レストランもどこかにあったっけ。
お父さんとお母さんは、どこだろう。少し時間がたったから、違う場所に居るんだろうけど。もしかして、トイレの前で待っててくれてるんだろうか。
物言わぬ作品群を楽しむ余裕も、春野くんにはもうありませんでした。両親どころか、誰も居ない美術館。
避難訓練?トイレに入っていたから気付けなかった?
最上階まで見て回った春野くんは、いったん外に出ようと正面玄関を目指しました。とにかくそこに行けば、必ず人の出入りがある。そう考えたんです。
でも、そこにも誰もいませんでした。
途方に暮れた春野くんは、そこで立ち止まり。ベンチに腰を下ろし。
ゆっくりと、時間がたちました。
おしまい。
え?これで終わりかって?
終わりなのはしょうがないじゃないですか。実際、続きはないんですよ。
ただ、今も春野くんの姿は見えますよ。今もベンチに座ったまま、頭を抱えて、ご両親を待っているそうです。あの美術館に飾られて。
はい。春野くんは、絵の中に今も生きているんです。
皆さんは見てみたいですか?人間が絵になった作品。
おれはちょっと怖いですね。次の絵には、なりたくないんで。
じゃ、次をお願いします。