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2話「真夜中のランナー」風祭順。

 ありがとう京介君。じゃあ、次は私の番だね。席順に言って。


 私は風祭かざまつり じゅん。しがないフリーライターをやっています。今回はこちらの山荘を含む、この山系の取材をしていたんですけど、なぜか迷ってしまって。ま、屋根のある場所で寝られて、ラッキーですけどね。


 自己紹介はこれくらいにして、百物語、行こうか。


 これも本で読んだんだけど。



 昔。そうだな。10年かそこら前かな。


 マラソン選手を目指していた少年が居たんだ。まだ小学生だったんだけど、テレビのマラソンランナーに憧れてね。子供らしい可愛い夢だよね。


 でも、その子はちょっと普通じゃなかった。


 胸のドキドキに忠実に、その子は走り始めた。毎日ね。


 雨の日は、やはりテレビで見たり親や先生が教えてくれたストレッチや筋トレに励み、晴れたらまた走る。


 子供の事だから、街中を知っている範囲だけだけど、それでも靴が擦り切れるまで走った。


 子供特有の回復力、成長期、そして彼の精神力。全てが相まって、彼は速くなって行ったそうだよ。まずは学校で一番。


 そして市内マラソン大会でも、数百番目に入ったんだ。小学生がだよ。


 いつしか彼は、将来を渇望されるほどの選手になっていたんだ。そもそも、才能があったのかも知れないね。そしてその才能と、情熱が出会った。


 天才が努力を惜しまなかったら、それは成功間違いないよね。


 スポーツエリートの集まる中学校への推薦入試に合格。更に有名実業団コーチからも、何度かコーチングを受けた。せっかくの体を壊さないための教えをね。彼は努力が嫌いじゃなかったけど、その努力をやり過ぎると壊れる事までは知らなかったから、ちょうど良かったんだ。


 順風満帆。絵に描いたような、成功を約束された人生。


 羨ましいよねえ。金メダルさえ夢じゃない。更にテレビ局、スポーツ情報レポーター、コーチ、トレーナー。何でも望みさえすれば手が届く。


 でも。マラソン選手としての才能の開花が、彼にとって運が良かったのかどうかは、分からないんだ。


 走っている最中に死んじゃったから。


 死因は心臓発作。よくある話さ。ハードなトレーニングに付いて来たタフな心臓でも、事故的に死ぬなんて事は、人間には本当によくある。ポックリ逝くって奴だね。


 彼はマラソンに出会わなければ、生きていたのだろうか?それとも、走らない人生の方が、より早く心臓発作になっていたかな。


 ともかく、彼は死んじゃった。人生の成功を約束された時点で。


 ・・・でもさあ。彼は早くから頭角を現していたし、周囲の人間からも暖かいサポートを受けていた。


 いわゆる地縛霊になるかなあ?私はならないと思うんだよ。


 だって、良い人生だよ?大人にならない内に死んだから、人間の嫌な部分も見ずに死ねただろうし。幸せだったんじゃないかなあ。


 私は、そう思うんだけど。


 彼は、そう思わなかったみたいだ。釈然としないけど。


 当然のように、彼の街では、幽霊ランナーの噂が出て来た。


 若い彼の一番身近な存在は、言うまでもなく、噂好きな子供達だ。中学生になれなかった彼の無念の霊が漂っている、なんて噂はあっと言う間に広がった。


 そしてその噂は子供達の間だけに留まらなかった。


 会社帰りの社会人、買い物帰りの主婦。彼ら彼女らの中にも、そうした噂が広がって行ったんだ。


 青白い顔をした、子供のランナー。ただし、ライトの当たる場所では見えない。影のある場所でのみ現れる、暗闇のランナー。


 そしてその姿は、当時有名ちびっ子ランナーだった彼にそっくりだったそうだよ。


 おまけに足が早かったから、他人の空似でもない。


 彼しか有り得ないんだよ。子供の体格で、彼並みに早い人間なんて。


 幽霊ランナーが、唯一の合理的回答。


 でも。なんで、幽霊になっちゃんだろうね?


 恨みがあるとか、そんな話は聞いてないよ。誰かにおとしめられたわけでもない。


 だから、ここから先は私の推量だけど・・・。


 彼は、走り足りなかったんだよ。


 あっという間にスポーツエリートにおどり出た。そこまでは良い。


 でも、そこから先。彼が憧れた、本物のマラソントップランナーの世界で、彼は走れていない。


 だから、彼は、その世界に届くまで、走り続けるんだろうね。


 これは可哀想なのかな。それとも幸せなのかな。


 死んでも走りたい想いのまま走れるのは。


 ・・・分からないね。



 私の話はここまで。


 次の人、どうぞ。

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