11話「退院の挨拶」神渡京介。
はい。それじゃあ、2周目ですね。
おれの次の話、実は玄武さんと似たような感じなんですよ。これも死んじゃった人が・・・ネタバレしちゃった・・・。
まあ、良いですよね。怪談て前提なんだし。
ある所に、幸子ちゃんという女の子が住んでいました。もちろん、ニックネームはさっちゃん。もしかして、日本で一番有名な愛称じゃないかな。
その幸子ちゃんは、入院中でした。でも、危険な状態とかじゃなくって、遊んでて変なこけかたをしての単純骨折。命には全く別状ありません。
幸子ちゃんはそんな状態なので、危機感や悲壮感があるわけでもなく、ただちょっと退屈でした。
両親は時間を作って毎日会いに来てくれるけど、流石にずっとは居られない。夜になれば帰ってしまう。
そんな幸子ちゃんの同室に、桜さんというおばあちゃんが居ました。愛称も同じ、さっちゃん。桜さんは、幸子ちゃんよりずっと長い事、ここに居るようで、ご家族もたまにしか来れないそうです。だからか、幸子ちゃんにも優しくしてくれて、病院生活もそう悪くはないな、と幸子ちゃんは思いました。
それでも暇は暇な毎日。両親が持って来てくれた退屈しのぎ(勉強のための本)と取っ組み合っていると、桜さんが丁寧に教えてくれました。なんと、桜さんは、元は学校の先生だったのでした。とうに引退した身とは言え、その教えは幸子ちゃんには大変ありがたいものでした。流石に1人では、飽きますからね。
そんな楽しくも退屈な1ヶ月が過ぎ、もうすぐ退院。そんなある日。
桜さんは、先に退院してしまいました。幸子ちゃんのリハビリの最中に。
看護師さんの言うには、幸子ちゃんとのお別れを惜しんでいたが、スケジュールの都合で仕方なく、との事でした。
そうこうするうち、幸子ちゃんも退院の日が来ました。病室は桜さんが居なくなって、少し寂しかったけれど、なんとか勉強が暇つぶしをしてくれました。
学校に戻るのかーダルいなー、と思いながら、楽しい我が家だった病院を後にする、その前日。
幸子ちゃんは、なんとなく寝付けません。退院に際して、テンションが上がりきっていたのもありますが。
今日は、起きているべき。そんな気がしました。
と。
こつ、こつ、こつ。
足音がします。看護師さんでしょうか。
いいえ。看護師さんは、もっと足早です。こんなゆっくりなスピードではありません。これはまるで、お年寄りのような。
こつ・・・。
足音は、幸子ちゃんの病室の前で止まりました。
・・・きっ。
そして、扉が開きました。消灯された病室の中に、外からの光が差し込みます。やはり、見回りだったのでしょうか?
・・・さっちゃん。
おばあさん。桜さんの声です。
幸子ちゃんは懐かしさと嬉しさを覚えました。
・・ですが、ふと気付きました。
おばあさんが病院に居るのは、不自然ではありません。お薬をもらいに来たのかも知れない。定期検診かも知れない。
でも、こんな遅い、就寝時間の診療なんて。
・・・元気でね。
桜さんは、そう言うと。
きい・・・。
扉をしめて、行ってしまいました。
挨拶に来てくれたのでしょうか。幸子ちゃんは、明日には退院してしまうから。ひょっとしたら、明日は桜さんは旅行か何かに出るから、今日しか余裕がなかったのかも知れませんね。
ありがとう、と返事が出来なかったのは悔やまれますが。幸子ちゃんは、気持よく眠れそうでした。
そして翌日。
お世話になった先生や看護師さん達にも挨拶して、お父さんの車で帰ります。
そうだ。
幸子ちゃんは、昨日の出来事を両親に話しました。なんだかんだ忙しくて、つい話しそびれていたのです。
昨日ね。おばあちゃんが来てくれてね。元気でねーって言ってくれたんだよ。
幸子ちゃんのその言葉を聞いたお母さんは、少し驚いていました。無理もありません。幸子ちゃんだって、夜の病院に桜さんが来るなんて思ってもいませんでしたから。
・・・・・・幸子。・・・退院したてで、体調は大丈夫か?体が重かったりしないか?
運転しているお父さんが、そう言いました。さっきまでニコニコしていたのに、なんだか真剣なトーンです。
幸子ちゃんは、全然だいじょうぶだよ、と答えました。実際、早く遊びたくてウズウズしていたのですから。
お父さんとお母さんも、ほっとしながら、家に到着です。
幸子ちゃんは、知りませんが。
皆さんご承知の通り、桜さんは、既に亡くなっていました。だから、ご両親の反応が、驚きに満ちていたわけです。
死んだはずの人間が、我が子に会いに来た。交通事故を起こさずに済んだのが奇跡でしょう。よく取り乱さずにいたものです。
・・ほんの少しの出会いでしたが。桜さんは、幸子ちゃんに挨拶がしたかったんでしょうね。ただ、それだけ。
良い話・・・かどうか、ちょっと分かりませんけど。不思議なお話。
幸子ちゃんは、大きくなったら、あるいは気付くんでしょうかね。桜さんが、無理をしてお別れを言いに来てくれた事に。
じゃ、風祭さん。どうぞ。