1話「待ち合わせ」神渡京介。
えっと・・・。皆さんも迷い込まれたんですか?
・・・そうなんですか。
おれは、神渡 京介。高校3年で、今回は受験祈願のための登山で遭難・・になるのかな?まあそんな感じです。
それで、百物語ですか。確かに一晩過ごすのに、良い暇つぶしだと思いますけど。本物の山荘でやるのって、怖くないですか?おれは、ちょっと怖いです。
まあでも、物語でもなんでも良いのなら。おれも知ってますよ。
これは、本で読んだんだっけな。
昔。つっても、江戸時代とかじゃなくて、ケータイがメジャーなアイテムじゃなかった時代ですね。
待ち合わせに時間指定や場所指定が必須だった時代。
おれらみたいな、偶然の出会いじゃなくて、ちゃんと会おうとしてた人達の話です。
とある高校生カップル。仮に太郎君と小夜子さんとしておきましょうか。
太郎君と小夜子さんは、いつも待ち合わせに使っている場所があったんです。2人がよく使う駅の、駅前通りの広場。そこが2人の憩いの場所だったんですね。
大勢の人の行き交いがあるにせよ、少しぐらいのスペースはあります。そこに小夜子さんが先に来て、少ししたら太郎君が来る。いつも、そうして待ち合わせていたようです。
晴れた日も雨の日も。雪の日も風の日も。
小夜子さんが太郎君を待つ。それは高校生活中、ずっと続けられた、大切な習慣だったようですね。
あの日も、そうした毎日の中の一日でした。
太郎君が、来なかった日も。
太郎君が来ないとは言え、小夜子さんまで学校に遅れて良いわけもありません。仕方なく、1人で学校に向かいました。
どうしたんだろう?風邪かな?学校に行けば、先生からホームルームで教えてもらえるだろうか。そんな事を考えながら、小夜子さんは電車に揺られていました。いつもとは違って、1人で。
そして学校に到着すると、そこでもまた、いつもとは違う行事がありました。全校集会です。
小夜子さん達の学校では、毎週月曜日に全校朝礼がありました。しかしその日は、月曜ではありません。
一体何があったのだろう?小夜子さんは、変な事は続くものだと思いました。
ですが、小夜子さんは少し間違っていました。
続いているのでは、なかったのです。
校長先生のお話が始まりました。
「今日は、皆さんに大切なお知らせがあります。3年B組、・・・太郎君が、亡くなりました。今朝、病院で眠るように息を引き取ったそうです」
え?
小夜子さんは、自分の耳が信じられなくなりました。
校長先生の話の内容に、自分の聞き間違いではないか、と疑いを持ちました。
・・・小夜子さんの心は、そうしなければ、壊れてしまったかも知れません。
その日一日、小夜子さんは心ここにあらずで、授業の内容など、何一つ覚えていませんでした。
そしてやっと放課後。小夜子さんは大急ぎで太郎君のお家に向かいました。何度かお邪魔した事があったので、道には困りません。
迷わず真っ直ぐ、太郎君に会いに行きました。
太郎君は、綺麗な顔で、小夜子さんを待っていてくれました。
太郎君のお父さんとお母さんが泣いているのを見て、初めて小夜子さんは、太郎君の死を受け入れました。
一緒に泣いて、泣いて、太郎君のお母さんに優しく慰めてもらって。その後のお葬式や、お墓参りも、なんとか無事に終わりました。
今でも太郎君のご両親には親切にしてもらっているそうですよ。
そして大学生になった小夜子さんは、この街から少し離れました。
年月が経ち、心の傷も少し癒え。新たな出会いもありました。
小夜子さんが再びこの街に帰って来た時。
1人ではなかったそうです。
ですが後ろ暗い話ではなく、ちゃんと太郎君のご両親にも、死んだ太郎君の分まで、精一杯幸せになって欲しい、と逆に大きな祝福を受けたり。微笑ましいエピソードでした。
小夜子さんの実家が移っているという事もないので、2人は、あの場所の近くにも寄りました。駅に来れば当然ですね。
ふと、小夜子さんはあの場所を見てみたそうです。
何度も2人で待ち合わせたあの場所を。何度も1人なのだと味わったあの場所を。
そこに、太郎君の姿が見えたそうです。
高校の制服姿の太郎君は、あの時から少しも変わっていなくて、小夜子さんは、驚きもせず、ひたすら太郎君を見つめていました。
彼女の今のパートナーは、あの場所の話を聞いていたので、黙って見守っていました。
太郎君は、ふと消えました。小夜子さんに触れるでもなく、ただ見つめ合っただけで。
太郎君のお墓参りにも向かった2人ですが、その後太郎君にまた会う事はなかったようです。
あれは、小夜子さんの幻覚だったのでしょうか。思い出の待ち合わせ場所に来たために記憶の扉が開き、自らの最も強い記憶を引き出してしまったのでしょうか。
小夜子さんが見た、以外に太郎君があそこに現れた証拠はありません。
しかもたった一度。
それでも、小夜子さんは、あれは太郎君だったのだと信じています。
太郎君は、来てくれたのです。
小夜子さんとの、果たせなかった待ち合わせのために。
そしてそれは、小夜子さんが吹っ切れた後でなければならなかった。なぜなら、離れ離れになったすぐ後では、小夜子さんは太郎君を置いて幸せにはなれなかったかも知れない。
太郎君は、会いたい気持ちを抑えて、ずっと待っていたのでしょう。小夜子さんが、再び待ち合わせられる相手と出会うまで。
だから、太郎君は一度で消えてしまった。
そう、小夜子さんは思っているそうです。
ぼくが聞いた話は以上です。
次の方、どうぞ。