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 クリス達は街道から少し外れた林道を走っていた。周囲には木々が並んでいるため視界は良くない。


 街道ではそろそろフゥラが敵に接触するはずだ。ここからではその様子は分からないが、今は彼女を信じてただ走り続けた。


 少し進むと街道の方で大きな土煙が上がるのが分かった。彼女が攻撃を仕掛けたのだろう。もしかするとあれが狼煙となって、街の人が異変に気が付いてくれるかもしれない。クリスは少しだけ希望を感じた。しかしそれはとても小さな希望でしかなかった。だから次の瞬間目の前に現れた光景にそれは握りつぶされてしまう。



「クソっ……!!こっちにも居やがったのか……!!」



 セオドールが悪態をついた。林の中から2体の魔獣が現れる。群れに居たものと同じ種類だ。既にこちらに気が付いているようで、散開しながらゆっくりと近づいてくる。クリスは咄嗟にセオドールにアイコンタクトを送った。彼もその意味を察しゆっくりと頷く。



「お前らの相手は俺だ!ヒエラルキア・アルヒャイ・ブロンテー!」



 そう言うと同時にクリスは立ち止まり、腕から青い稲妻を化け物に向かって放つ。


 この雷撃はそこそこの威力があるものの、事前に魔力を練り上げておく必要があるため、先ほどのような突発的な戦闘では使いにくい魔法だ。だが今回は遭遇する可能性が十分に考えられたことから、クリスは事前に数回分の魔力を練り上げておいたのだ。


 雷撃は化け物に命中しその身動きを封じる。その様子から、どうやら人間と同じように電撃が通じる相手だということが分かった。クリスの魔法が効いたことを確認したセオドールは化け物の間をすり抜けて走り続ける。



「すまないクリス!必ず戻ってくる!」



 そう言って彼は走り去っていった。クリスは今の一撃で倒れてくれることを内心期待していた。ダメージ自体は入っているようで、二体の化け物は片膝を付いている。恐らく雷撃を撃つのはあと4回が限度だろう。それ以降は別の手段で戦うしかない。最も危惧すべきは他にも個体がいる可能性だ。姿を現していないだけで近くにいる可能性がある。そうなるとセオドールの身も危ない。早くこいつらを倒してセオドールに追いつかなければ、という考えと、増援が来るかもしれないから魔法を温存しなければ、という二つの考えがクリスの頭の中で逡巡する。



「ビリビリ!ナンダヨコレ!」


「アイツコロス!」



 戦闘方針を決めあぐねているうちに化け物は体勢を立て直した。片方の化け物が一足飛びにこちらへ殴りかかってくる。クリスにはもう片方が何をしているのか見る余裕まではなかった。殴りかかってきた方の攻撃を、反射的にナイフで受け止めるが、その衝撃でナイフは曲がってしまう。



「ウオオ?ミテナイ?ミエテナイ?」



 その声は真横から聴こえた。視界から外れていたもう1体の化け物がいつの間にか自分の側面に回っていたのだ。そして、その右腕から放たれる一撃は、既にクリスの眼前に迫っていた。


 次の瞬間、予測された強い衝撃が彼を襲う。視界に星が散る。幸い致命打にはならなかったものの、衝撃でクリスは地面へ倒れ込む。そして無防備な彼の脇腹に化け物の蹴りが突き刺さる。



「ぐああっ……!!!」



 そのまま彼は後ろに蹴り飛ばされた。腹部に鋭い痛みが走る。内臓が潰れたのかもしれない、と彼は思った。首も酷く痛む。普通ならそれらの痛みに悶えるところだが、状況がそれを許さない。


 頭を揺らされて安定しない視線を化け物に向けると、それらはニタニタと笑いながら悠々とこちらへ向かって来ていた。完全に油断しきった様子だ。ここでクリスは先ほどの戦闘方針は前提が間違っていたことに気が付く。そう、この化け物は自分より強いのだ。力を温存するなどという選択肢は最初からなかったのだ。そうなれば取るべき戦略は一つ。クリスは起き上がりざまに二条の雷撃を放つ。



「ギャアアアアアアア!!!」



 雷撃は目にも止まらぬ速さで化け物に直撃した。良く狙ったわけではないためこれは偶然だ。


 彼らの叫び声が周囲にこだまする。クリスはすかさず手前の化け物に接近し、曲がってしまったナイフの切っ先を化け物の眼球に突き立てる。そしてそれをそのまま刺し込み、ぐるりと一回転させた。グリュッという音と共に、頭蓋内の物がシェイクされる感触がクリスの手に伝わった。化け物は力なく倒れ、ピクピクと弱弱しい痙攣を繰り返す。


 ナイフを引き抜きもう一体をちらり見やると、それは既に起き上がっていた。雷撃は残り二回。仕留めるだけならば問題はないだろうとクリスは考えた。


 彼は落ち着いて雷撃を撃とうとするが、先ほど殴られた衝撃で、やはり視界が安定しない。一度空中で様子を見ようと彼は空へ逃げた。化け物は空中へ上がれないようで、地上からこちらをジッと見つけている。



「へっ!そんな弱点があったのかよ」



 思わぬ必勝法を発見してしまったクリスは余裕の笑みを浮かべる。化け物は口をあんぐりと開けたまま動かない。殴られた衝撃も収まってきたところだし、そろそろこちらから止めを刺しに行くか、と思ったその時だった。ボンッという音と共に強い衝撃が彼の身体を襲う。その衝撃でバランスを崩し、彼は地面へと落下する。木より高くは飛び上がらなかったため、高さは大したことはないが、地面に激突しようものならただでは済まないことに変わりはない。彼は何とか姿勢を整えようと、上昇気流を作り出して減速を行うが、それはクリスの身体を的に変える危険な行為でもあった。地表付近で減速したクリスに魔獣の拳が襲い掛かる。



「しまっ……!!!」



 その言葉を言い終わる前に腹に強烈な一撃が繰り出される。宙に浮いていたからか、幾分か衝撃は軽減されたものの、彼の身体は吹き飛ばされ地面を転がることになった。幸い骨折はしていなかったが、腹の底から吐き気が沸いてきて止まらない。



「うっ……おえっ……」



 彼は我慢できずに地面に吐いた。心臓が早鐘のようにドクドクと脈打つ。一時的に呼吸が難しくなり、それが吐き気に拍車をかける。そんな彼を他所に化け物は一歩一歩巨体を揺らしながら近づいてくる。その姿にクリスは恐怖を覚える。


 またフゥラに助けて欲しいと思った。だが誰も助けには来てくれない。



「くそっ……!くそっ……!!どうしてこんなことに!」



 ヤケクソになりながらクリスは雷撃を撃とうとする。この距離なら外すはずがない。そう信じて一条の雷撃が彼の手から放たれる。しかしそれは目標を大きく逸れ、魔獣の後ろにあった木を焼く。


 雷撃は残り一発。当たればクリスの勝利が現実味を帯びてくる。しかし外せば化け物は彼に襲い掛かるだろう。狙いを定める手が震える。


 その時、フゥラのいる方角で大規模な爆発音が聴こえた。化け物も思わずそちらを見る。



「俺の仲間がやった。お前の仲間は全滅だぞ。今なら見逃してやってもいいんだぜ?」



 クリスは胸の奥から勇気を振り絞って不敵に笑って見せた。あれはフゥラの使う魔法の一つだったはずだ。滅多に使うことはないが、威力はかなりのものだと知っている。



「ナカマ?デモオマエハシヌ」



 化け物はクリスの脅しに一切関心を持つことなく彼へ近づく。冷酷に獲物を殺すことだけを考える化け物を見て、クリスは周囲の温度が一段下がった気がした。不敵な笑いもすぐに引っ込み、嫌な汗が頬を伝う。再び魔獣を狙おうとするが、やはり狙いは定まらない。恐怖からクリスは無駄に息を吸おうとしていた。その時だった。



(落ち着いて、大丈夫だよ。クリス)



 極限状態の中でクリスにはフゥラの声が聴こえたような気がした。聴こえるはずのないその声を聴くと、不思議と気持ちが落ち着いていく。そうだ、落ち着いてやればいい。



(さぁ、良く狙って。クリスはやれば出来るんだから)



 その言葉を信じて狙いを定める。今度は当たりそうな気がした。照準代わりにしていた中指と化け物の影がピタリと合う。



「当たれえええええええええええええ!!!!!!!!」



 クリスは彼女の言葉を信じ、残っていた魔力を全て注ぎ込んだ一発を撃ちだした。青白い閃光がクリスの腕から放たれる。それはバチバチと青い火花を散らしながら、まっすぐ魔獣へと向かっていった。



「オオオアアアアアアアアアアア!!」



 雷撃は命中した。化け物は身体から煙を吹き倒れ、焦げ臭い香りが辺りに漂う。



「終わった……のか」



 周囲は静けさに包まれ、風が木々をざわめかせる音だけが響く。それはまるで戦いの終わりを告げるようだった。街道の方からも音は聴こえてこない。もしかするとフゥラはもうシルポートへ向かっているのかもしれない。


 目下の脅威を排除し、クリスは一息つく。先ほどは恐怖で戦うことから逃げてしまった相手を二体倒した。正直なところ、誰の助力も請えないのだから半ばヤケクソであったのは否定しない。それでもこの化け物を倒せたことはクリスに達成感を与えた。二人に自慢してやろうと頬を緩ませたところで、まだ全てが終わったわけではないことを思い出す。既にセオドールの姿は見えないが、そう遠くへは行っていないはずだとクリスは考えた。



(人を背負っているんだし、すぐに追いかければ追いつけるはず)



 一刻も早く追いつかねば、と思ったクリスは自分の身体の状態をチェックする。魔力はほとんど使ってしまったが、幸いなことにまだ走ることは出来そうだった。それを確認した彼は、曲がったナイフをしまい、再び走り出した。

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